(本記事は、永井竜之介氏の著書『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』イースト・プレスの中から一部を抜粋・編集しています)

日本がコロナショックから立ち直るために必要な「中国人」

リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」
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緊急事態宣言が解除され、少しずつ日本経済が再スタートを切っている。コロナショックによって多くのビジネスが大きなダメージを受け、その回復には長い時間を要するだろう。

ひとつ確かなのは、日本経済の回復には中国の存在が不可欠だということだ。取引先としての中国企業も、消費者としての中国人観光客も、他の国では代わりの利かない最重要の「顧客」である。感情的な好き嫌いは別にして、日本の回復は中国抜きには立ち行かないだろう。

だからこそ、中国の人と企業がどんなマインドを持っているのかについて再確認しておく必要がある。彼らが大切にする価値観や、タブーとなる地雷について熟知したうえで、関係を深めていかなければならない。

老若男女が共有する驚異的な中国人の愛国心

「涙が出る思いですよ」――中国の建国70周年を祝う国慶節パレードの報道を見て、上海の知人がそう言ったことに驚いた。彼女は普段、特別に愛国心が強い様子を見せるわけではないし、まだ若い。国の祝賀行事を見て20代・30代で感動する日本人はごく稀に違いない。しかし中国では老若男女が自国の経済の発展を自分事として喜び、誇りに感じている。

国に対する思いは、中国の企業に対する思いにも通じる。中国人は、自国のプロダクトが世界で活躍することをとても喜ぶ。家電のハイアール、スマートフォンのファーウェイやシャオミ、キャッシュレス決済のアリペイとウィーチャットペイ、SNSのTikTokなど、メイド・イン・チャイナのプロダクトが世界に広がっていく様子を、仲間を応援するような思いで見ている。

「愛国心」が引き金になった大惨事

こうした思いは、「スポーツ感覚」と言えばわかりやすいだろう。日本人がオリンピックやワールドカップのときにだけ発揮する愛国心を、中国人はいつでも、国・企業に対して発揮している。他人事にならず、国・企業・消費者の一体感が強いのだ。 その反面、熱烈な愛国心に反したり、政治や歴史に関するタブーに触れたりして、中国の地雷を踏んでしまったものに対しては、国・企業・消費者が一丸となって敵対する。そうした地雷への注意を怠って、大惨事を招いてしまったのが、ドルチェ・アンド・ガッバーナ(D&G)と全米プロバスケットボール協会(NBA)だ。

一度のミスで中国市場を消滅させたD&G

イタリアを代表する世界的ファッションブランドのD&Gは、たった一度のミスで中国市場を消滅させる事態に陥った。

2018年11月17日、4日後に控えた上海でのファッションショーに向け、D&Gはプロモーション動画を公開した。その内容は「箸でイタリア料理を不器用に食べるD&Gのドレスを着た中国人女性に対して食べ方を教えてあげる」というものだった。この動画からは「金銭的に豊かになって洋服は買えても、マナーが伴っていない中国人」という上目線のシニカルなメッセージを読み取ることもできる。

中国マーケティングの失敗が世界規模の炎上に

この動画は中国国内で炎上し、中国のSNSからは削除されたが、インスタグラムやツイッターには残されたままだった。そこで、海外の一般ユーザーがインスタグラムで、「D&Gの広告はアジア人差別だ」とD&Gデザイナーのステファノ・ガッバーナ氏の公式アカウントを紐づけて批判した。これに対してガッバーナ氏は挑発的に反論する暴言メッセージを送信する。ショー当日、この暴言のスクリーンショット画像が投稿され、即座に世界中のメディアで大きく取り上げられたことで、騒動は一気に世界規模に燃え広がった。

この結果、ゲストと出演者の全員が不参加を表明する事態に発展し、D&Gのショーは中止になった。さらに、世界的に有名な中国人女優チャン・ツィー氏が「今後スタッフを含めD&Gの商品は一切使用しない」と発表し、多くの芸能人や消費者が不買運動に加わっていった。EC大手のタオバオや京東は、「今後D&Gの商品は取り扱わない」と表明。その後、中国のすべてのECサイトと実店舗からD&Gの姿は消えていった。D&Gは、ひとつのプロモーション、ひとつの対応の誤りで世界最大規模の中国市場を完全に失ってしまったのだ。

NBAと中国、蜜月の関係の崩壊

さらに大きな危機に直面したのがNBAだ。中国ではバスケットボールの人気が高い。特にNBAの試合が一番人気で、中国国内だけでも5億人の視聴者がいる。ところが、ひとつのツイートが中国とNBAの関係を崩壊させていくことになる。

2019年10月4日、NBAチーム「ヒューストン・ロケッツ」のGMダリル・モーリー氏が、香港のデモを支持する内容をツイッターに投稿した。投稿はすぐに削除されたが、中国バスケットボール協会が批判を表明し、中国国営テレビはロケッツの試合中継の一時中止を決定。アリババの各ECサイトでは、ロケッツの関連グッズの販売が中止された。ロケッツのチームオーナーやNBAが謝罪したものの、ダリル氏に対する処分がないことを不服として、中国サイドの怒りは収まらなかった。

中国を怒らせたNBAの損失は?

すると今度は、アメリカ国内から「謝る必要はない」と反発が起こった。国内世論に押され、10月8日にNBAは謝罪から一転して、表現の自由を支持することを表明した。これが引き金となり、同日、中国国営テレビはすべてのNBAの試合中継と関連番組の放送を停止した。ネット配信を手掛けるテンセントも一時停止を宣言。そして、ロケッツおよびNBAとスポンサー・業務提携をしていた中国企業25社が、次々に中止を発表。NBAが20年以上をかけて開拓してきた中国市場は、わずか数日間で大きく傾いてしまった。

この件によるロケッツのチームとしての損失は60億円にのぼるとされ、NBAは放映権・広告・チケット販売・グッズ販売などの4,000億円規模ともいわれる巨大市場を失いかねない状況に追い込まれている。

中国人はこれからも「日本のお得意様」?

D&Gは失敗し、NBAは窮地に立たされた。さて、日本企業はどうだろうか。

中国は、現時点で14億人という世界最大の人口を有し、そして2020年代の間にアメリカを抜いて世界一の経済大国になると予測されている。そして、多くの中国人は歴史や政治の観点から日本を好ましく思っていないが、近くて安全な日本は、観光・買い物・医療・留学の場として高く評価されている。日本のプロダクトやコンテンツの人気も高い。

中国の人・企業とうまく付き合っていくことができなければ、アフターコロナでの日本の回復は困難な道のりになるだろう。そのためには、中国人のマインドを知り、中国市場の特徴を受け入れ、うまく立ち回っていく必要があるだろう。

リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」
永井竜之介(ながい・りゅうのすけ)
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、同大学大学院商学研究科修士課程修了の後、博士後期課程へ進学。同大学商学学術院総合研究所助手、高千穂大学商学部助教を経て2018年より現職。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。日本と中国を生活拠点として、両国のビジネス、ライフスタイル、教育等に精通し、日中の比較分析を専門的に進めている。主な著書に『イノベーション・リニューアル ― 中国ベンチャーの革新性』『メガ・ベンチャーズ・イノベーション』『脱皮成長する経営 ― 無競争志向がもたらす前川製作所の価値創造』(いずれも共著、千倉書房)がある。本作が初の単著。

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