(本記事は、永井竜之介氏の著書『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』イースト・プレスの中から一部を抜粋・編集しています)

世界最先端のデジタルイノベーションを生みだす場所

デジタル
(画像=Getty Images)

2020年現在、世界経済の1位はアメリカ、2位が中国、大きく離されて3位が日本だ。この米中日3強の様相はこれから大きく変わる。イギリスの金融機関「Standard Chartered」は、2030年には1位が中国、2位がインド、3位がアメリカとなり、日本は9位まで後退すると予測している。

実際、すでに中国とアメリカの逆転現象は起き始めている。アメリカの経済誌『Fortune』が発表する企業格づけ「Fortune Global 500」では、2019年に初めて中国がアメリカを抜いてランクイン企業数のトップに立った。また、全米科学財団の報告によると、2018年における世界の科学技術論文数で1位は中国、2位がアメリカだった。これは今後の科学技術力の指標となる。

「世界の工場」からの変化

中国の国や機関が発表するデータには疑いの目を向けられやすいが、このようにアメリカやイギリスで出されたデータ上でも、中国はもはや「安かろう悪かろう」で大量生産・大量消費を売りにする「世界の工場」でないことは確かだ。キャッシュレス決済、モバイルオーダー、顔認証サービス、フィンテック、IoT製品などが普及を広げ、至る所でAIが活用されている中国は「世界最先端のデジタルイノベーションを生みだす場所」になっている。そしてその勢いは、コロナ禍で停滞するどころか、ますます加速していっている。

コロナ禍をチャンスに変えた中国ベンチャー

中国ベンチャーたちは、新型コロナウイルス感染拡大という未曽有の危機を、デジタルイノベーションを活躍・進化させるチャンスに変えている。キーワードとなるのは「無人化」と「遠隔化」だ。

感染を抑えるため、人と人の接触をなくす「無人化」が各所で進んでいる。医療現場では、病院内の隔離患者に食事や医薬品を送り届けたり、施設の消毒・清掃を行ったりする役割をロボットが担っている。医療従事者向けに、病院内には無人スーパーや無人フードトラックが配備され、いずれもキャッシュレス決済で利用されている。市街においても、消毒や、食料・医療物資の配送にはロボット、ドローン、無人運転車が活用され、一般の消費者が利用するフードデリバリーにまで無人配送が導入され始めている。

また、AIが医師や相談員の役割を担うことで、飛躍的に効率を高める取り組みも進められている。アリババは、肺のCT画像から新型コロナウイルスを判別するAIを開発し、それまで人の目で10分前後を要したところを、わずか20秒、96%の精度で判別できるようにして、医師の診断効率を大幅に高めた。アリババやバイドゥが開発した、コロナに関する疑問に答えるチャットボット(AI自動応答システム)は、地方政府、医療機関、公共団体へ無償提供されて活躍している。同じくアリババが開発したAI電話システムには、1月下旬からの1ヶ月間で1,100万回もの利用が殺到した。

6億ダウンロードを突破するアプリも

移動と接触が制限される中、「遠隔化」も加速している。現場の医師がARグラスを装着して遠方の専門家の指示を受けながら医療を行ったり、テレビ通話やアプリでオンライン診療を実施して薬を宅配で届けたりと、医療の遠隔化が急速に進められている。メグビーが開発したAI検温システムは、1秒あたり15人の体温を遠隔で同時測定することが可能となり、駅や公共施設に導入されている。

集団感染を防ぐため、企業や学校では、自宅でのリモートワークとオンライン授業がすぐに開始された。その手段として、アリババのアプリ「ディントーク」は6億ダウンロードを突破するほどに普及を広げ、働き方改革と教育改革が飛躍的に進んでいる。フードデリバリー、生鮮食品のネットショッピング、ライブ販売、VRショッピングなど、コロナ以前から普及を進めていたものも含めて、遠隔の消費スタイルが次々に浸透・定着していっている。

重要な事実は、こうした中国ベンチャーたちによる無人化と遠隔化の取り組みは、実証実験ではなく、もうすでにサービスとして実用化されている点だ。日本の現状を見れば、現在の中国がいかにデジタル先進国なのかが分かるはずだ。

日本とは対照的なマーケティング・マインド

中国,協議再開要請
(画像=(画像=Triff/Shutterstock.com))

なぜ中国はコロナをチャンスに変えることができたのか。その背景には、2つのマーケティング・マインドが存在している。

ひとつは、「まずは自由に」の精神だ。日本では「ルールがない」は「危ないから、やらないでおこう」につながりやすい。一方、中国では「ルールがない」は「だから自由にできる」に直結する。ルールがないなら何でもあり、だ。だから中国のビジネスは、よく言えば、自由な挑戦が進んでいるし、悪く言えば、無秩序でモラルを欠いている場合もある。良し悪しはあるが、「まずは自由に」が根づいているからこそ、絶対的な秩序である政府が規制してくるまでは、前例・慣習・風潮に関係なく、自由に挑戦的な製品開発、プロモーション、販売ができる。

もうひとつは、「失敗を悪としない」の価値観だ。日本人は失敗に対して過度に憶病になる傾向があり、「失敗は恥」で「優秀な人ほど失敗しない」という価値観が支配的に広がってしまっている。対照的に、中国は1度のミス、短期的な失敗を恐れない。失敗を、トライ&エラーを重ねる学習プロセスの一部として位置づけて、「その先に成功を実現させればいい」と開き直って考えることができる。既存ルールが当てはまらず、安定して正解にたどり着ける方程式がまだ存在しない領域において、チャレンジに失敗はつきものだ。だから、新しい価値を生みだすイノベーションも、冒険的に事業を急拡大させるベンチャーも、多産多死になる。その多産多死の先にこそ、革新的な未来を実現させることができる。

「絶好のチャンス」ととらえるマインド

「まずは自由に」と「失敗を悪としない」、この2つのマインドの存在によって、中国ベンチャーはコロナ禍の中でも挑戦的にデジタルイノベーションを輩出している。彼らにとってコロナ禍は、人々が生活スタイルを変え、新たなデジタルイノベーションが広められる絶好のチャンスに他ならなかったのである。

リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」
永井竜之介(ながい・りゅうのすけ)
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、同大学大学院商学研究科修士課程修了の後、博士後期課程へ進学。同大学商学学術院総合研究所助手、高千穂大学商学部助教を経て2018年より現職。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。日本と中国を生活拠点として、両国のビジネス、ライフスタイル、教育等に精通し、日中の比較分析を専門的に進めている。主な著書に『イノベーション・リニューアル ― 中国ベンチャーの革新性』『メガ・ベンチャーズ・イノベーション』『脱皮成長する経営 ― 無競争志向がもたらす前川製作所の価値創造』(いずれも共著、千倉書房)がある。本作が初の単著。

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