熱波とコロナと「ステイケーション」
(欧州統計局「ツーリズム統計」)
第一生命経済研究所 主席エコノミスト / 田中 理
週刊金融財政事情 2020年8月31日号
欧州ではこのところ異常気象が目立ち、毎年のように記録的な熱波に見舞われている。その要因は主にサハラ砂漠上空の高気圧が北上し、欧州大陸で滞留するためだ。専門家の間では、地球温暖化が影響しているとの見方もある。2003年の熱波では、欧州全土で7万人を超える死者が出たという。その後も、ポルトガルやスペインでは大規模な森林火災がたびたび発生し、干ばつによる農作物への被害、河川の水位低下、山岳地帯における夏場の融雪などの問題が各地で頻発している。昨年はフランスなどで40℃を超える猛暑が続き、観測史上の最高気温を更新した。今年もコロナ禍で苦しむ欧州を厳しい暑さが襲っている。
度重なる熱波の到来は、人々の旅行先の選択にも影響を及ぼしている。欧州にはスペイン、フランス、イタリア、ギリシャなど世界でも指折りの観光国が多いが、最近ではわざわざ海外を訪れるのではなく、国内旅行を選択する人が増えてきた。「とどまる(stay)」と「休暇(vacation)」をかけ、近場で休暇を過ごすことを意味する「ステイケーション(staycation)」という造語も生まれている。
例えば、どんより雲に覆われがちの英国では、例年、夏の日差しを求めて南欧に旅行する人が多い。だが、熱波の影響で英国内のビーチリゾートでも日光浴が楽しめるようになったことに加えて、英国の欧州連合(EU)からの離脱問題以降、通貨ポンドの価値が下落し、英国外での購買力が低下したことも、英国におけるステイケーションの増加に影響している。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、欧州各国は感染者の多い国や地域との間で人の往来を制限してきた。足元では新規の感染者が落ち着いてきたこともあり、夏場の観光シーズンを迎えて、各国はEU域内や域外国の一部から旅行者の受け入れを再開している。とはいえ、感染再拡大への警戒が続くなか、花の都パリや水の都ベネチアがかつてのにぎわいを取り戻すには、時間がかかりそうだ。
激減する観光需要の穴埋めとして期待されるのが、国内や近隣諸国からのステイケーション需要だ。実はコロナ危機の発生以前から、欧州ではEU域内の旅行者が圧倒的に多かった。18年にEUを訪れた旅行者の81%が自国を含めたEU市民で(図表)、EU域外からの旅行者は、米国の2.1%、スイスの1.5%、ロシアの1.3%、中国の0.8%、日本の0.3%などにとどまる(当時はまだEU加盟国だった英国は6.6%)。観光分野でも相互依存を強めるEUが、ステイケーションでコロナの難局をどう乗り切るかに注目したい。
(提供:きんざいOnlineより)