コロナ禍の中で急速に悪化する宿泊業の経営環境と求められる支援

アフターコロナ
(画像=PIXTA)

要旨

●新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、サービス業、特に宿泊業に大きなダメージが生じており、緊急事態宣言解除後も回復ペースは鈍い。

●政府によるGoToトラベルキャンペーンが7月22日から開始されたが、新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で、時期尚早と批判の声も多い。

●宿泊業は資金借入によって事業を継続している状況である。今後も借入金を積み上げて事業を継続することになる可能性が高いが、事態が長期化すれば、事業の継続性に問題が生じる企業が出る可能性がある。この場合、雇用や設備投資にも悪影響が及ぶほか、コロナ収束後のインバウンドの収益機会を失うことになる。

●各地域によって感染状況は異なり、今後も状況は流動的に変化していくため、全国一律ではなく、都道府県知事など各首長が地域の特性に応じた柔軟な対応が可能になるような仕組みづくりが求められる。

新型コロナウイルスの影響により大打撃を受ける宿泊事業者

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、宿泊業をはじめとしたサービス産業が大きなダメージを受けている。サービス産業の生産活動を捉えた指数である第3次産業活動指数をみると、緊急事態宣言が発出されていた4・5月の前年同月比は、宿泊業では▲81.5%と、第3次産業活動指数全体の▲15.1%を大きく下回っており、事業活動に極めて大きな影響が生じていたことが示されている。足もとの状況を宿泊旅行統計調査で確認すると、緊急事態宣言解除後の6月以降であっても宿泊客の戻りは鈍く、「GoToトラベルキャンペーン」が月末から開始された月である7月においても、前年の5割を下回る宿泊者数となっている。

困窮する観光業を支援するため、政府は8月から実施予定であった「GoToトラベルキャンペーン」を7月22日開始に前倒しする決定を行ったが、新型コロナウイルスの感染が未だ収まっていない状況の中での実施に、批判の声も多くあがった。観光業の救済は、経済再開と感染拡大の抑制との両立が求められる中で、最も両立の難しい課題の一つであると言えるだろう。

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(画像=第一生命経済研究所)

急速に悪化する宿泊業の財務健全性

新型コロナウイルスの影響により、宿泊業の財務健全性は大きく悪化している。今回のコロナショックでは、日本銀行による新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペ等の実施により、金融機関による貸出姿勢はリーマンショック時ほど悪化しておらず、急速な資金繰りの悪化についてはかなりの部分が抑制されているものとみられる。もっとも、金融機関による貸出が今後の事業活動の継続を担保するとは言い切れない。法人企業統計によると、資本金1億円以上(※1)の宿泊業において、4-6月期の借入金(短期借入金と長期借入金の合算金額)は、1-3月期から3,138億円増加している。もちろん、この中には設備投資等に用いられる資金も含まれていると考えられ、全てを運転資金として借入が行われているわけではないが、2018 年度の経常利益が1,196億円であったことを考慮すると債務負担は非常に重いものであると考えられる。自己資本比率をみても、宿泊業の自己資本比率は急速に低下(1-3月期:35.6%→4-6月期:28.3%)している。宿泊業における固定費(2018年度)は年間で8,458億円(※2)にのぼる。現在のような経営環境が続けば、債務を積み増しながらワクチンや治療薬の開発を待つことになるが、こうした状況が長期化すれば、事業の継続性に問題が生じる企業が出ることは避けられない。「GoToトラベルキャンペーン」は、1か月間で556万人が利用しており、鈍いながらも宿泊者数の増加に一役買っている。時期尚早との批判が多かった「GoToトラベルキャンペーン」だが、少なくとも厳しい環境に立たされている宿泊事業者の支援という面では、一定の効果を挙げていると考えられる。

Go To トラベルキャンペーンが実施される理由
(画像=第一生命経済研究所)

雇用にも悪影響が

宿泊業の低迷が続いた場合、雇用にも影響が生じる。サービス産業動向調査によると、宿泊業の従事者数は約72万人に及ぶ。宿泊業は観光産業の要となる産業であるため、宿泊業のみならず、観光業全体を衰退させることにも繋がるだろう。観光庁によると、国内における観光消費27.4兆円によって生じる雇用誘発効果は441万人とされており(2018年)、宿泊事業者以外にも、近隣の飲食店や土産物屋といった事業者にも、雇用への悪影響が及ぶことになるだろう。

Go To トラベルキャンペーンが実施される理由
(画像=第一生命経済研究所)

また、これまでに投じられた投資資金の価値も失われることになる。建築着工統計調査によると、宿泊業用建築物の金額として、直近3年間では年間1兆円近くの金額が投じられている。宿泊事業者が破綻に至った場合、既存施設の活用は難しく、買い手がつかなければその価値は大きく毀損することになるだろう。

加えて、将来的なインバウンド収益の逸失も考慮する必要がある。コロナ以前は宿泊施設不足が叫ばれており、宿泊施設の不足がインバウンド需要を増加させる上での制約条件となっていた。仮に今後、宿泊業の縮小が進めば、長い目で見れば、コロナ終息後におけるインバウンド需要を取りこぼすことに繋がる。観光業は日本における数少ない成長産業になり得る業種であり、コロナ禍の中で多くの宿泊事業者が事業から撤退することになれば、将来の逸失利益は大きなものになるだろう。(提供:第一生命経済研究所


(※1) 法人企業統計では資本金1億円未満の企業についてはサンプルの入れ替えが行われるため、本稿では全数調査である資本金1億円以上の企業を対象に計算を行っている。

(※2) 法人企業統計における「従業員給与」「従業員賞与」「役員給与」「役員賞与」「福利厚生費」「支払利息等」「動 産・不動産賃借料」「租税公課」の合算金額。


第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
副主任エコノミスト 小池 理人