シンカー: アベノミクスの総括として、第1(金融政策)と第2(財政政策)の矢は放ったが、成長戦略の第3の矢が不足しているという典型的な見解がみられる。アベノミクス前は、生産年齢人口の減少を含む少子高齢化である限り、成長はできないという意見が支配的だった。結果として、企業の消極的な姿勢は続き、生産年齢人口一人当たりの設備投資は横ばい圏内の動きが続いていた。身の丈に合わせる企業の動きでしかなかったと言える。アベノミクス後は、企業の成長に対する期待が上昇したとみられ、生産年齢人口一人当たりの設備投資は急増し始めた。第1と第2の矢で経済状況を好転させ、企業心理を向上させるとともに、第3の矢もいくぶん効果を発揮したと考えられる。一方、成長戦略の柱である女性と高齢者の労働市場への参加も進んでいきたため、就業者一人当たりの設備投資はまだ横ばい圏内だ。第四次産業革命などを追い風に、これが上昇に転じた時に、デフレ完全脱却となるような企業心理の向上が確認できたことになる。(投資は短期的には需要なので、デフレ脱却には追い風である。)そして、その上昇が将来の生産性向上の鍵を握る。新政権でもアベノミクスの方針と政策枠組みが維持されることが期待される。内容の薄い典型的な見解でアベノミクスの効果を否定し、アベノミクスが維持されず、日本経済の将来の果実を失うのはもったいない。

図)生産年齢一人当たり、就業者一人当たりの実質設備投資

生産年齢一人当たり、就業者一人当たりの実質設備投資
(画像=総務省、内閣府、SG)

グローバル・レポートの要約

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

●欧州経済(9/3):回復は停滞気味だが依然進行中

9月の注目点:

・重要データ:2QのGDP成長の内訳が発表される。3Qに関する最初のハードデータ(鉱工業生産)も出て来る。弊社はコアインフレ率が前年比0.5%前後にとどまると予想している。

・ECB会合:今年に関するスタッフの予想が上方修正される可能性があるが、2021年の見通しは非常に不確実で、ECBがハト派への傾斜を維持する理由を与えている。

・各国の財政政策:EU加盟各国は9月の間に2021年の予算案を発表する予定で、ほとんどの場合はEU復興基金からのリソースが含まれよう。

・各国の政治:国会議員数削減をめぐるイタリアの国民投票は、9月20-21日の地方選挙と相まって政治的危機を引き起こす可能性がある。

・EUの政治:2021-27年のEU予算とEU復興基金に関する欧州議会の協議が行われる。欧州委員会のVON DER LEYEN委員長が9月16日に欧州議会で初の一般教書演説を行う。

●欧州経済(9/4):ECB デフレ懸念が強まる

復興基金が政治的に決断されたことにも助けられ今年は穏やかな夏だったが、それも終わりに近づき、来週はECBに再び注目が集まる。インフレの勢いは弱く、ユーロ上昇圧力もかかっているため、ECBがハト派的メッセージを変更する理由がほとんど無い。しかし弊社は、何らかの政策上の動きがあるとは見込んでいない。2021年の政策についてより明確な見通しが得られるのは、年内にもう少し経済指標が発表されてからになる。復興基金がECBの財政的安定を支える(債券スプレッドを安定させる)ことで、ECBはインフレにより注力できるようになる。弊社は引続き、今年のユーロ圏経済成長に関してECB(6月時点の予測)よりも強気で、(ECB予測には)上方修正の余地があるとみている。だが、インフレ見通しは悪化しており、ECBは追加策(また策の延長)を検討する必要があると示唆している。弊社は以前に、PEPP(パンデミック緊急購入プログラム)が2021年末まで延長されると見込んでいた。現在は、年内にそれが決定され総枠も(1.85兆ユーロへ)5,000億ユーロ拡大されるとみている。現時点では、そのうち利用されるのは合計1.5兆ユーロ前後で2021年中頃に多少縮小される、また同年末には終了すると予測している。すると来年の経済指標の内容によって、代わりにAPP(資産買入れプログラム)をどこまで拡大する必要があるかが決定される。また、来年に新しく上下対称的な2%のインフレ目標を発表すれば、経済成長やインフレが持続的に回復するという明確なサインが出るまで、ECBはハト派的姿勢を続けるように求める圧力を受ける。

●米国経済(9/2):金融政策決定枠組み変更…ハト派傾向を強めそう

FOMCは、平均インフレ率を重視する新しい金融政策決定の枠組みを発表した。弊社の見解の要点は、「前の景気サイクルでFRBがこの枠組みを採用していれば、金融政策は(実際の結果よりも)ハト派的になっていた」というものだ。特に2015-2018年には、利上げがより抑制的となり、バランスシート縮小にそれほど傾倒していなかったと考えられる。

FRBは「長期間で平均2.0%のインフレ率」を目標に

新しい(金融政策決定の)枠組みは、FRBに政策決定における柔軟性を与えることと、期待インフレ率の引上げを意図している。従来の2%というインフレ目標が(インフレ率の)天井だとしばしば誤解されていたとしても、新しい枠組みは、インフレ率が2%を下回っていた後に、それを上回る時期が来ることを許容するようにデザインされている。

政策は依然として裁量ベース、ルールに即して進められるのではない

FOMCには、完全雇用の実現、低インフレおよび適度な長期金利の維持という責務がある。インフレ平均を重視することは、ルールではない。実際のところFRBは現在、(インフレ)平均をどのように監視するかについて詳細を提供している。しかしインフレ平均をどう選択するかは、数値目標達成に向けた柔軟性を確保するために、意図的に決定される。FRBは、具体的なインフレ目標平均と、目標を達成できるという信頼性とのバランスを取らなくてはならない。これはFRBや市場が今後数年間で通過する学習プロセスとなる。

2015-16年を振り返ると、インフレ率が平均2.0%を下回っていることが重要だった。

FRBは、今サイクルで最初の利上げを2015年12月に実施した。追加利上げは2016年12月まで遅らせたが、2017-18年に利上げを継続した。FRBが平均インフレ率を目標にする枠組みにこだわっていれば、そこまで積極的には利上げを行わなかったか、利上げは全く実施しなかっただろう。また2.0%のインフレ目標が未達となっている中で、バランスシート縮小への動きが(実際には)発生していた。平均インフレ率を目標にする枠組みを導入したことは、次のサイクルではFRBがよりハト派的になると示唆している。

他のツール

FRBは、主にFFレートの操作を通じて金融政策を波及させることを確認した。 だが現状のFFレートはゼロ金利下限(ZLB)付近であり、FRBは他のツールを使う可能性があると述べている。そうした「他のツール」はバランスシート、量的緩和、場合によっては量的引締めとなり、いずれも通常のオペレーションで利用されるだろう。またこれらは、低金利かつ低インフレ環境への対応となる。

●債券市場(9/7):スティープナーを継続

最近の債券相場下落は、インフレに対する懸念や米連邦準備制度理事会(FRB)の平均物価目標へのシフトによるものではなく、新規供給の余地を生み出す意味合いがあるのかもしれない。ただ、インフレ・リスク・プレミアムが再び大きく拡大すれば、どのみち相場の下落は避けて通れなくなる。8月の米国債四半期定例入札や欧州の供給シーズン再来を受けて、我々はこれから年末に向けた債券売りやイールドカーブのスティープ化を確信している。中央銀行が任意に買い入れを強化できるため、債券相場の下落はかなり抑制的なものになるはずだ。投資家はキャリー・トレードに満足しており、スプレッド拡大の動きを抑えるのにパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)が用意されている。こうした環境では、ユーロ圏周縁国のスプレッドに良好なパフォーマンスが期待できよう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司