菅義偉官房長官の政策プランは、構造改革色が強い。逆に、金融・財政政策といったマクロ政策の特徴は乏しい。その理由は、菅氏が過去に総務大臣を経験し、その分野に強みを持っているから だろう。得意分野ではないとみられるのは、社会保障と外交である。そこを弱点にしないための工夫がこれからは欲しいところである。

特色
(画像=PIXTA)

構造改革色は強い

9月14日に自民党総裁選挙が行われる。それに当たって、3人の立候補者がそれぞれに政策プランを発表した。本稿は、その中で菅義偉官房長官の政策について検討するものである。まず、菅氏のホームページから、そこに掲載されている政策集の内容を紹介しよう。列挙されているのは、次の6項目である。

  • 国難のコロナ危機を克服
  • 縦割り打破なくして日本再生なし
  • 雇用を確保、暮らしを守る
  • 活力ある地方を創る
  • 少子化に対処し安心の社会保障を
  • 国益を守る外交・危機管理

となっている。個別項目についての説明文では、ポストコロナを展望し、デジタル化、防災対策、無利子無担保融資、GoToキャンペーン、不妊治療支援などを推進することに言及している。

そのほかに、新聞等のインタビューでは、政策集にはないテーマをいくつか挙げている。

  • 携帯料金の引き下げ
  • 地域金融機関の再編
  • 中小企業の再編
  • 横断的なデジタル庁創設
  • 厚生労働省の再編

エコノミストの視点から見て、菅氏は構造改革色が強いと感じられる。行政組織の縦割りの弊害には特に強い問題意識を持っている。また、改革の恩恵は大都市・大企業よりも、地方経済に及ぶことを念頭に置いたものも多い。地域の産業振興に軸足がある印象を受ける。

逆に、金融緩和や財政出動といった伝統的マクロ政策を重視する姿勢は今のところは薄い。筆者は、リフレ政策を重視してデフレが脱却できるとか、財政再建をしなくてもよい秘策があるとか、奇抜なアイデアマンに安易に飛びつかないところには、安心感を持つ。

ただ、例外的なテーマもある。これまでの経済財政諮問会議などでの議論では、最低賃金の強制的な引き上げには強い賛意を寄せている。最低賃金を10 年間に亘って強制的に毎年5%ずつ引き上げると、日本の生産性が上昇するという意見に賛同しているとされる。こうした例外的なケースはあるが、全体としてバランスは取れている。

軸になるのは総務省政策

菅氏の政策メニューを並べてみて、その全体像にはひとつの特徴がある。総務省の政策分野に関連する内容が実に多いところである。総務省の所管について示しておくと、行政・公務員、選挙、地方自治、情報通信、消防、郵便、統計である。菅氏の政策には、行政のデジタル化、行政組織の再編、携帯料金の引き下げ、農業・観光の支援を通じた地方創生などがある。菅氏は、2005年に総務副大臣、2006年に総務大臣を歴任している。金融政策でもなく、財政政策でもなく、「総務省政策」が菅氏の得意分野なのである。官房長官の時代にも、霞ヶ関の官僚操縦術が巧みだという評判があった。それも、総務省の行政・公務員についての知見があったからだろう。内閣人事局創設など公務員改革にも、こうした行政統治の経験が活かされている。

意外なところでは、地方経済の振興も菅氏の強みである。インバウンドの呼び込み、統合型リゾート、沖縄振興について、積極的に推進してきた。これも、地方分権の担当大臣を経験してきた賜物だろう。その経験から、地方経済を成長させるテーマについて前向きな議論ができそうだ。 反面、地方経済を引っ張っていく切り札であったインバウンド需要は、コロナ禍の下で蒸発している。それに替わる新しい成長戦略の柱をどう発見するかは、筆者が今、菅氏に一番聞いてみたい論点である。もちろん、インバウンド需要が未来永劫なくなってしまうという訳ではない。これからインバウンド需要を立て直していくという考え方も成り立つと思われる。

社会保障と外交

菅氏が政策集で掲げた6項目の中には、社会保障と外交がある。この2つは、必ずしも菅氏の得意分野ではない。次の首相を目指す人物がすべての分野に精通していて、パーフェクトの能力の持ち主である必要はないとしても、得意ではない分野が弱点にならないための工夫は必要だ。例えば、将来、社会保障と外交に特に強みを持つ人物と組んで、弱みを補完することはできる。

この2つの項目には、極めて重大な問題が横たわっていることは心得ておく必要がある。全世代型社会保障は、コロナ禍によって前提条件が大きく狂っている。労働需給が緩和して、企業が余剰人員を抱えるように変わっている。70歳までシニア雇用者を雇用延長することを努力義務化していくことは、多くの企業が消極的になっていくだろう。年金を70 歳まで受け取らずに働くという思惑が成り立たなくなると、年金収支の改善は思ったほどは進まない可能性もある。これまでは就業者数が、長期の景気拡大の中で増えたことが追い風になって、年金をはじめとする社会保障収支を改善させてきた環境は急速に変わりつつある。むしろ、社会保障政策が火種になると、そこで内閣支持率が下がって、政権基盤が不安定化する。財政再建との関係でも、社会保障費は肥大化しやすく、歳出拡大を止めることは容易ではない。菅氏は、この社会保障分野で、なるべく早く十分な知見をつくることが課題である。

もうひとつの課題は、外交経験である。各国首脳との信頼関係の構築は、いつの時代にも重要である。安部首相の下で、日本の国際的な存在感は着実に高まった。それに比べると、菅氏の外交面での力量は未知数である。

外交は、長期政権においては支持率を高める有効な手段だった。かつての小泉政権では、支持率が落ちても、その後で外交的イベントで巻き返すことが多かった。安倍政権でも、外交は得意分野だった。2016年秋にトランプ大統領が選挙戦で勝利したときは、さすがに安倍首相でも、良好な関係を築けるとは思えなかった。ピンチに見えた局面を、最大のチャンスに変えたところは、安部首相の個人的手腕を認めざるを得ない。

中国や韓国との関係も、今後は一筋縄ではいかないと思える。それをチャンスに変えられるような力量を菅氏が持っているかどうかが試される。過去に外交面での実績のない菅氏にとって、外交がアキレス腱にならないことを願いたい。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生