コロナ危機の下では、株価がとりわけ堅調である。これは、リーマンショック時とは異なる特徴だ。過去、GDPと株価の間にはほぼ一定の連動性が保たれてきた。今回は、GDPが下がっているのに、連動性が崩れて株価上昇している。これはFRBの金融緩和のお陰であるが、それがいつまでも持続可能性を維持できるかどうかは注意した方がよい。
今回は違っている
ケネス・ロゴフとカーメン・ラインハートが2011年に出版した「This Time is Different」(邦題:「国家は破綻する」(日経BP社))は、過去800年の金融危機の歴史を研究し、危機は常に「今回は違う」と言われてきた経験を明らかにしている。頭の良さそうな人が、今回だけは絶対に違うと言っていても、やっぱり後から危機を許してしまうのが特徴だと結論づけている。バブル崩壊、財政破綻、通貨危機はいずれも同様のパターンなのだ。
現在も、株価とGDPの間にある連動関係が、今回に限って変化している(図表1)。この関係は、経済成長率が上昇すると、株価は上昇する。経済成長率が下がると、株価も下落するという関係である。その関係は、コロナ禍の下では崩れていて、実質GDPが2020年4~6月は前期比年率▲28.1%(二次速報)と著しく下落しているのに、株価は高めで推移している。
過去の経験則からみると、実質GDPが年1%上昇すると、日経平均株価は約1,000円上がる関係があった。だから、実質GDPが年率▲28.1%(前期比▲7.9%)落ちるということは、日経平均株価を▲7,900円下落させる計算になる。
確かに、日経平均株価は、一時的には同じくらい下落した。コロナ禍の直前は、1月22日時点で24,031円(終値)であり、そこから3月中旬に一時16,358円(安値)になり、▲7,673円ほど下落した。しかし、それはごく一時的な変化に止まり、最近はコロナ以前の株価に接近している。実体経済の回復は、数年先になると不安視されているのに対して、株価水準の回復は過大評価にみえる。
米金融緩和の恩恵
なぜ、株価が3月をボトムにして上昇しているかという理由は、かなりはっきりしている。金融緩和の効果である。これは、日銀ではなく、FRBの大胆な利下げの恩恵である。コロナ感染が米経済によって悪化し始めた2020年3月3日と3月15日に相次いで、FRBは政策金利を引き下げた。FFレートの誘導レンジは、1.50~1.75%から0.00~0.25%へと一気に引き下げられた。トランプ大統領が国家非常事態宣言を行ったのが、3月13日のことである。米国では、4月の雇用統計が失業率14.7%に跳ね上がり、非農業部門の雇用者数は▲2,050万人と激減した。NYダウは、3月23日に18,591ドル(終値)まで下がったが、そこをボトムにして株価はリバウンドしている。その後、4月の雇用統計が発表された5月8日には24,331ドルまで戻している。
米国でも、日本と同じく株価と米GDPにも連動性が確認できる(図表2)。しかし、2020年4~6月の実質GDPは、前期比年率▲32.3%と大きく落ち込んだが、米株価は日本と同じくGDPとは連動せずに、高めで推移している。
FRBの時間軸政策
現在の株価上昇が、世界的な金融緩和によって演出されたものだとして、今後、その上昇は続いていくのだろうか。わかりやすい仮説は、FRBの金融緩和の終了が予想されてきたときに株価は下がるだろう。株式の将来配当の割引率が、ゼロ%から一気にプラスに上がる予想が起こる場合である。
しかし、緩和終了の観測と同時に、米経済の回復が連想されることは、株価上昇を意識させる面もある。仮に、企業収益がしっかり回復してくれば、株価は実体経済の強さにサポートされて、一旦下落したとしてもリバウンドしていくだろう。これは、GDPと株価の連動性が従来からの関係に戻っていく状況である。
問題は、株価上昇が金融緩和に依存度を強め過ぎた状態から、脆弱さが根強く残っている実体経済の力に牽引されるようにうまくバトンタッチができるかどうかである。例えば、米経済の回復が過大評価されたり、手前でFRBの緩和縮小が早過ぎたときには、株価がより大きく落ち込むことになる。すると、実体経済の回復に対して今度は株価下落が重石となってしまう。ネガティブ・フィードバック作用が働く場合である。その場合は、GDPも減少して、株価も低迷したままになる。そうしたリスクが意識されることは、FRBにとって都合が悪い。
おそらく、FRBはそれを警戒して、インフレターゲットの運用法を変える新しい指針を打ち出したのだろう。FRBは、8月27日に臨時の発表として、一定期間、物価上昇率2%を平均して上回ることを金融緩和維持の条件と決めた。これは、ゼロ金利が2023~24年まで続くという期待形成を生み出すものである。
FRBは人為的に株価を吊り上げていることを承知していて、その弱点を解消しようと動いてきているのだと筆者は考える。だから、パウエル議長は、かなり早めに先手を打ってきたと考えられる。
助けられているのは日本経済も同じ
株価が高く維持されていることは、日本経済にも多大なる恩恵が及ぶことだろう。2008・09年のリーマンショック時には円高・株安に悩まされていた。多くの人が、コロナ危機はリーマンショック級だと思っているが、冷静に考えてみると、当時よりも救われている部分は多くある。そのひとつが、為替・株価である。
この点は、おそらく、安倍政権の次に政権を担う内閣の経済政策運営でも、追い風となるだろう。アベノミクスが始動したときには、やはり強烈な円高・株安に見舞われていた。三本の矢は、それを是正したところが評価されている。
今、コロナ感染が日米でどうにか峠を越えて、新規感染者数が減少傾向に転じている。中国経済も成長力を取り戻して、輸出入を回復させてきている。これらは、コロナ危機を乗り切るために、次期政権にとっては幸運な環境だと思える。
株価上昇の持続性
多くの人が、株価上昇の持続可能性が失われることがないのかに関心を持っているだろう。たとえ日米金融政策が支えになっているとしても、GDPに対して株価上昇が進み過ぎると、株価の持続可能性を不安視させることになる。
最近、米ナスダック指数は、9月3日に前日比▲5.0%下落し、4日同▲1.3%、8日同▲4.1%と続落している。各国株価の中でもナスダック指数の上昇は際立っていた。少し過熱感があったのかと思わせた。これは、危険なシグナルかもしれないと思わせる。
しかし、過熱なのか、実体の変化なのかを見極めることは容易ではない。コロナ禍の下では、デジタル化への期待が高まっていて、ハイテク株が上がることは決して不自然ではないからだ。日経平均株価でも、情報通信業の株価は相対的に強い。業種別時価総額を、8月末とコロナ前の2020年1月末の間で比較すると、情報通信業は9.0%も増価している。全体の東証1部の時価総額は、同じ期間に▲3.9%下がっている。同じ期間の業種別時価総額の上昇したのは、製造業のその他製品(ゲーム機など)が10.3%、小売6.0%、医薬品1.3%などの増価が目立つ。この変化は、コロナの下での巣籠もり需要やワクチン開発期待を反映している。情報通信業の増価も、アフターコロナの成長を展望したものだと思える。
株価が過熱しているかどうかの尺度として、よく話題に上るのは、バフェット指数である。株価の時価総額(月末値を四半期平均した)を名目GDPで割ったものだ。東証1部の時価総額を名目GDPで割ると、それほど最近の株価が上昇し過ぎているようには思えない(図表3)。
しかし、今後、バブル的な過大評価が起こるとすれば、このバフェット指数のような尺度が上がっていくのだろう。その点は、注意してみておく必要がある。また、全体的な過熱の手前で、個別の銘柄、個別業種の上昇が進んでいくと考えられる。その際は、情報通信業など実体面で今後の成長が期待できる分野に一気に過剰流動性が流れ込んでくることになるだろう。株価上昇の勢いには注意しておきたい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生