次の首相には、政策の優先順位を考えて、高順位のテーマから取り組んで欲しい。具体的には、日本経済を建て直すために、コロナ収束、需要不足への対処、雇用対策、新産業育成、投資促進のための規制緩和、の順位を考える。また、安倍政権の政策には負の遺産も大きい。それを無視しての「アベノミクスの継承」は成り立たない。財政再建と金融政策の正常化にも考えを示して欲しい。
それは本当に優先順位が高いものか?
9月14日の自民党の両院議員総会で、次の自民党総裁が決まる。私たちは、次の首相が決まるに当たって、その人物がどのような経済政策を推進するのかに注目している。
そのときに気になるのは、各候補者が本当に優先順位の高い政策テーマを掲げているのか、という論点である。選挙戦の流れの中では、「私の主要政策はこれです」と見せられると、私たちは無意識に示されたテーマだけを意識するようになってしまう。そして、「全体として必要なテーマは何だったか?」ということについて、思考を奪われる結果になる。
本来は、候補者が示した政策に対して、私たちは「そのテーマは、今、本当に優先順位が高いものなのでしょうか?」という問いかけをして、候補者のテーマを吟味することが必要である。候補者が、優先順位の低いものだけを政策綱領に掲げているのならば、本当に優先すべきテーマについてどうなのかを問いただしていかなくてはいけないのだろう。
思考実験をするために、具体的にいくつかのテーマを確認していくことを行ってみよう。
(1)行政の縦割り是正 (2)携帯電話料金の引き下げ (3)産業のデジタル化推進 (4)東京一極集中の是正
まず、(1)行政の縦割りの問題である。行政組織の弊害は、政府が政策を実行するときに付随する課題である。例えば、GoToキャンペーン事業は、国土交通省、経済産業省、農林水産省にまたがる。それぞれの省庁の事務委託を別々の事業者が請け負う。それで効率的に予算を使うことになるかは注意する必要がある。政府予算は、各省ごとに決まるので、事業支出が所管ごとに分割される宿命がある。
しかし、こうした予算の効率的支出について課題があることは、果たして日本経済の現状に照らして、優先順位が上の問題とみることができるのだろうか。もちろん、「行政の縦割りが重要ではない」という意味ではない。限られた政府のリソースをそのテーマに集中させて、別のテーマを後回しにしてよいか、と確認したいのである。筆者は、行政の縦割りよりも手前に、先に取り組むべきテーマが多くあると考えている。
(2)の携帯料金の引き下げは、明らかに優先順位は後ろだろう。確かに携帯電話料金が安くなることを多くの国民は望んでいる。しかし、それを実行することが、現在の日本経済の建て直しにつながるとは思えない。
また、あえて議論すると、真面目な経済学者ならば、「携帯電話料金が高すぎる」と聞いて、「消費者がそのサービスの利用を強く望むから、料金は高くなるのだ」とそっけなく答えるだろう。筆者ならば、議論をもっと深めて、通信事業の競争政策を再検討すべきだと思う。競争圧力が働いていて、独占的利益が生じていないのならば、強制的に料金を下げる必要は大きくない。事業者の新規参入や、割安な料金プランの設定の自由度がどうかを吟味する必要がある。
(3)のデジタル化は、ここで挙げた4つの中では、最も優先順位は高いとみている。なぜならば、デジタル化は、新規需要を牽引する効果が見込めそうだからだ。デジタル化は、すでにアフター・コロナの日本経済にとって有望なテーマと考えられている。現在、大きな需要不足が発生している状況下でも、その不足を穴埋めする役割として、デジタル化の推進に伴う投資拡大は役立つだろう。ただし、目下の需要不足は大きく、デジタル化だけでは不十分だ。ほかにも、需要対策を挙げて、その1つとしてデジタル化は位置づけられると考える。
(4)の東京一極集中は、地方経済の疲弊の裏返しとして成り立つのだろう。需要不足の分野として、都市よりも地方が挙げられるから、東京一極集中の是正によって地方の需要拡大という考え方は成り立つ。
しかし、地方経済の疲弊には、目下のところ、インバウンド需要と国内旅行需要の蒸発の方が深刻なダメージを与えていると考えられる。地方再生を語るのならば、インバウンド需要などの再生にも積極的にアイデアを示した方がよい。
何が優先順位の上位にくるか
現在、経済政策の優先順位の上位にくるべきテーマは何だろうか。仮に、筆者がそれを具体的に挙げるとすると、次のようになる。
(1)コロナ感染の収束 (2)巨大な需要不足の穴埋め (3)雇用対策 (4)新産業の発見・育成 (5)規制緩和による投資促進
この5つは、短期、中長期という異なるスパンで設定されるべきものだ。筆者は、テーマの実行プランを同時につくり、その進捗管理をしていくことが重要になると考える。おそらく、(1)のコロナ収束はどの候補も同じである。しかし、アフター・コロナの日本経済を考えるときに重要になる他の論点は、必ずしも明確ではない。
感染収束が果たされると、それが需要回復をもたらす。しかし、感染収束が進んでも、しばらくは需要が戻らない問題は残るだろう。特に、個人向けサービスの中で、娯楽、飲食、教養といった業種は、需要回復が遅れて、このままではいずれ事業者の破綻が起こるだろう。そうなると、失業者も増加して、そうした作用が消費水準を押し下げる。そこで、需要不足対策と雇用対策が準備されなくてはいけない。
(2)への対応として、GoToキャンペーン事業をさらに手厚くして、インバウンド需要の減退の穴埋めをする方法はある。そのほかに財政出動を伴うサービス需要の刺激策を検討してもよい。その際には、財政支出の需要サポートが短期でしか維持できないことを確認しておく必要がある。より中長期の需要を念頭に置いて、新産業を発見し、その分野を育成していくプランも同時に必要になる。これが、(4)、(5)の視点である。
デジタル化はそうした状況では有効な指摘だ。ただし、雇用吸収力は限られるだろう。別途の雇用対策、雇用吸収力のある新産業育成を併せてイメージすることも大切だ。
負の遺産という視点
次期首相は、優先順位の高いことだけに取り組んでいけばよいか、と質問されると、それだけでは不足だと回答せざるを得ない。それは、優先順位の高さというよりも、すでに負の遺産となっている課題があるからだ。
すでに、金融政策は、政策金利をマイナスにまで引き下げている。金融システムには相当のストレスがかかっている。日銀の国債保有も巨大化していて、売るに売れなくなっている。財政再建も厳しく、これから追加的な財政出動をしようとすると、財源問題を棚上げにしてばかりはいられない。つまり、負の遺産は、何か経済政策をするに当たって、いずれ解消すべき課題として必ず付いて回るのである。これを放置しておいてはいけない。
仮に、次の首相が、優先順位の高い政策に取り組んだとしても、負の遺産を棚上げにしてばかりいると、政策は信用を失う。特に、財政再建の目処を描き直すことと、金融政策の正常化をどう考えるかという方針を示すことは、次の政権運営では必要不可欠になるとみる。仮に、「アベノミクスの継承」というならば、負の遺産も継承しなくてはならない。負の遺産の対処もまた優先順位が高い問題と言える。正確に言うならば、伝統的な金融・財政政策を正常化することを中長期的に示すことは、次の政権の避けて通れない課題と言えるのだ。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生