自民党総裁に菅義偉氏が選ばれた。これで次の首相には、菅氏が就任する見通しだ。菅氏の経済政策はその全体像が未だに見えない。アベノミクスの継承と言っても、負の遺産の部分もある。そうした問題を先送りせず、金融・財政政策の正常化・健全化を目指してほしいと願う。

国会
(画像=PIXTA)

菅義偉氏が次期首相に

自民党は、9月14日の両院議員総会で、菅義偉氏を総裁に選出した。総数534票のうち、約7割の377票を菅氏が集めた。圧勝である。2位は89票で岸田文雄氏である。3位は68票で石破茂氏である。菅氏は、地方票141票のうち89票(63%)と過半数を上回っている。これで全国でも求心力の高さを示せたことになるだろう。

この結果をみて、菅氏が勝利した背景には「アベノミクスの継承」を掲げて、それが自民党内で幅広く支持されたことがあると思える。安倍首相の支持率は、後半は低下したが、そのことだけをもって自民党内で政策の求心力が失われたとは言えないだろう。また、辞任の理由も自らの失政ではないので、アベノミクスの正当性は残っており、その路線継承を全面に打ち出した菅氏が勝利したということになる。

実は、アベノミクスの継承に賛意を示している点では、金融市場の参加者たちも同じである。アベノミクスが継承されると、海外から株式市場などに投資マネーを呼び込むのに都合がよいという思惑があるのだろう。筆者は、アベノミクスを継承する人物が政策を主導することは、資金流入を維持して相場の安定を想起させるところにあると感じている。

見えてこない政策の全体像

しかし、この総裁選挙を通じて、菅氏がどのくらいマクロ経済や経済政策運営に知見を持っているのかは、正直よくわからなかった。官房長官時代の一般的な説明を繰り返すだけで、独自の見解は前面に出てこなかったと思う。

敢えて言えば、候補者だった岸田文雄氏が良識人であることはわかった。菅氏はその岸田氏に対して、遠く離れた考え方の持ち主には見えなかった。その点では、菅氏の政策思想には特に危険さを感じない。

最近は、政治家であっても、リフレ指向を強調し、財政再建を無視して財政出動しても構わないという人もいる。菅氏にはそうした危なっかしい側面は見て取れない。そこは、一定の安心感を持ってもよい。

次に、菅氏が掲げた具体的な政策メニューについてみていこう。例えば、行政の縦割りの是正、既得権益の打破、最低賃金の引き上げ、携帯料金の引き下げ、などがある。これだけの政策の実施で経済成長率が上がるのかは全く見えない。なぜならば、これらの政策メニューはマクロ政策というよりも、ミクロの構造改革を指向しているものだからだ。

筆者は、次期首相に望んでいる経済政策には優先順位をつけて取り組んでほしいと考えている。具体的に挙げると、

(1)コロナ感染の収束
(2)巨大な需要不足の穴埋め
(3)雇用対策
(4)新産業の発見・育成
(5)規制緩和による投資促進

である。菅氏は、政策の最優先課題として、(1)コロナ感染の収束を据えることは十分に心得ていると思う。官房長官として政策をみてきた菅氏ならば、これまでの経緯を熟知している点で、ほかの人物がコロナ対策を指揮するよりは一日の長があると思う。

問題は、その次の(2)需要不足の穴埋め、つまり需給のアンバランスをどう縮小させるのかである。伝統的な金融・財政政策の余地は乏しい。代わりになる有効性の高い政策を打ちだそうとしても、そのアイデアも少ない。アフター・コロナの経済正常化をどう実現するかという構想は、誰が取り組むとしても困難な課題である。

アベノミクスの継承の問題点

安倍政権が残した問題は大きい。2020年度の第一次、第二次補正予算を通して、巨大な歳出増を決めた。その財源は、日銀が新規国債を買い取るかたちでファイナンスされるだろう。筆者は、これは財政ファイナンスに極めて近い格好だとみている。財政再建の目処も2025年度の基礎的財政収支の黒字化が絶望的で、新たな目処の描き直しが必要とされている。また、日銀のマイナス金利は金融システムに必要以上のストレスをかけていて、将来に必ず禍根を残すと予想している。金融再編を議論する手前で、異常なマイナス金利の是正をする方が先だと考えられる。菅氏は、こうした負の遺産を継承して、今後はどう対処するのかという中長期計画を描き直さなくてはいけないだろう。

おそらく、近々の問題として、追加の経済対策の議論が浮上するだろう。仮に、そこで2020年度の第三次補正を打つのならば、その財源、あるいは財政再建の方針を示すことは必須だと思えられる。安倍政権下では、コロナ対策の規模を過去最大に膨らませることが優先された。仮に、第三次補正をつくるならば、「過去最大」という言葉にこだわることをしてはいけない。より内容を詰めて、規模よりもピンポイントでの有効性を追求するべきだ。筆者は、GoToキャンペーン事業のような手法で、サービス事業者の支援を拡充することはよいと考える。地方自治体が行っている事業者支援を交付金などでバックアップすることも検討されてよい。その場合に、安倍政権のように規模の大きさを膨らませる発想に流されないことを期待したい。

次なるハードル

菅氏の政権が始動すると、当面、いくつかの大きなイベントが待っている。11月には米大統領選挙がある。場合によってはトランプ大統領が交代する。12月には来年度予算編成。そして、12月頃までには東京五輪を本当に2021年夏に開催できるかどうかが決まる。中国の習近平主席を国賓として来日してもらうか。来年10月までの衆議院の任期に対して、解散・選挙をするかどうかも懸案だ。

様々なイベントを控える中で、焦点は政権の支持率となるだろう。第2次安倍政権までの短命政権は、いずれも首相就任後の支持率が低下して、求心力を失って内閣が続かなかった。安倍政権は、株安・円高を株高・円安に逆転させて、支持率を高く維持した。長期政権を築けたのは、支持率を高く維持して、選挙に勝ち続けることができたからだ。菅氏が高い支持率を維持するには、目先のイベントを通過して、そこで失敗せず、景気回復を演出できるかにかかっている。目先、コロナ対策と米大統領選挙後の対米関係構築というハードルを上手に飛び越えられるかをみておきたい。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生