年明け早々、首都圏で緊急事態宣言が再発令されるなど、不穏な幕開けとなった2021年、「不動産のニューノーマル」はどうなっていくのでしょうか。連載2回目は「オフィスと働き方」について、不動産事業プロデューサーでオラガ総研株式会社代表取締役の牧野知弘氏のインタビューです。

=(上)から続く

(取材・構成 不動産のリアル編集部)

目次

  1. 「オフィス2023年問題」はやっかい
  2. テレワークから戻ってはいけない
  3. オフィスをレジャーランドにしても労働生産性は上がらない
  4. サラリーマンが初めて手にした2時間の自由時間
  5. 「箱」で働くよりコワーキングがいい

「オフィス2023年問題」はやっかい

牧野知弘氏
(画像=牧野知弘氏(REDSより))

牧野:ここ2、3年で渋谷に建ったような巨大なオフィスビルは、IT情報通信系の会社の需要で占められていました。それが一部であれ、「もうリモートでいい」と考えることは、これからのオフィス需要を非常に不透明にします。

オフィスの「2023年問題」も待っています。最近のオフィスの契約形態は定期借家契約といって3~5年の契約期間を設けて、その期間が終了した時点で契約は終了し、更新されないというタイプが主流です。途中解約すると残りの家賃を全額払う必要があるので、基本的にテナントは契約満了まで入居を継続するのですが、期間満了になる企業が2023年に集中しそうなんです。

このタイミングで、より小さい面積のオフィスに移転するケースが相次ぐと考えられます。一方、2023年には港区・虎ノ門など大規模オフィスビルの開業がいくつも予定されています。オフィスの需要減少と大量供給で、2023年には賃料下落の可能性が大いにあります。

――定借の問題は過去にはなかったのですか。

牧野:ありました。しかし、東京は景気の変動で、濃淡はあるものの、確実に回復してくるという方程式で乗り越えてきたのです。ところが、コロナ禍で働き方そのものが一部であれ変わってくるところに供給過剰を迎えることには、注意が必要です。そういうわけで、都心部のオフィスを中心としたようなところで形成される東京の不動産価格は、だいぶまだら模様になるんじゃないかなと思っています。

テレワークから戻ってはいけない

――テレワークの今後のトレンドについてどうお考えですか。

牧野:自宅でもオフィスでも同じ仕事をする場合や、オフィスで働く方が生産効率が高くて、在宅だと効率が落ちるという職種の場合は、オフィス回帰が自然でしょう。

では、日本全体でそうなるべきかというと、それは違うと思います。リモートにすることによって生産効率性が上がった国にこれから日本は勝てなくなるんですよ。高いオフィスの床コストや通勤コストを日本だけが払い続けて、グローバルなマーケットの中で勝ちぬいていけるとは考えにくい。

1995年から2020年までの25年間の企業分析によると、日本企業は世界の主な大企業のグローバルな成長の度合いに決定的に差がついてしまいました。日本が従来の働き方に固執をし、これがいいと言い張る理由ってなんでしょうか。90年代初期のように世界の中で勝ち残っているというのであればその論拠も正しいかもしれないのですが、現実は正反対。オフィスに来て一生懸命みんな働いているつもりになっているのに、世界から周回遅れになっているわけです。

そういう状況を脱して「リモートの方が効率性が高い、生産性が高い」という判断した企業ほど、日本の中でも先進的な企業です。情報通信系IT系からプラットフォーム系を中心に、こういった動きが加速していることはよく考えておく必要があります。

オフィスをレジャーランドにしても労働生産性は上がらない

――Googleがよく知られていますが、豪華な社員食堂があって、社員がくつろげる場所があって、というのを、いろんな企業が真似し始めたと思うんですよね。

牧野:2019年ぐらいまではすごかったですね。バランスボールを置いたりなんかして。あれは単なるブームですね。社員を遊ばせることをずっと続けられる会社は非常に少ないですよ。

――あれをやるとクリエイティブになれるそうですよ。

牧野:そういう面もあるかもしれません。しかし、ああした「箱」に社員を集めて、そこの「村」にいる村民を豊かにするのにビルという箱の中だけに固めて運動させたり、くつろがせたり、働かせたりしても労働生産性はそんなに高くならないと思います。

ちょっと嫌な言い方だけど、従業員のモチベーションを上げる方法が変わっただけで、働かせることには変わりはないんです。そのためにバランスボールを使わせることが本当に効果的かどうか。オフィスがレジャーランドみたいになったことは、時代の徒花のように感じています。気分転換も含めて精神的な健康を維持させるという意味で、ああいう形態も一つかもしれないけれども、本質は違うと思いますね。

テレワークを体験して最もはっきりしたことは、通勤することへの拒否感です。会社にバランスボール置いてあるから、社員食堂のメニューが美味しいから通勤したいという人はいるのでしょうか。会社に閉じ込めて、いい餌を食べさせて、バランスボールで運動させて、「いい卵を産め」と言われているようなものです。それで居心地のいい人もいるかもしれないけども、生産性が改善することにはならないですね。

サラリーマンが初めて手にした2時間の自由時間

――東京の統計を見たら、東京の人口が5カ月連続で転出超ですよね。これまでありえなかった事態です。

牧野:彼らは脱東京してどこに行ったのかというと、千葉・神奈川・埼玉です。感染を恐れて脱出したわけではなくて、「自分にとって生活環境が豊かなところで働くことを考えると、都心の狭いタワーマンションよりも郊外の一軒家のほうが労働生産性が上がる」と考えての移住なんですね。

そのほうがオフィスの床にパランスボールを置くよりもはるかに効用が高いですよ。テレワークが始まって、通勤しなくてよくなったことで、サラリーマンには1日2時間程度の自由時間ができました。これは、サラリーマンの歴史において初めてのことで、画期的なことです。

通勤からの解放は「時間の自由化」であり、「仕事をする場所の自由化」なんです。通勤がなくなって浮いた時間を資格取得のための勉強にあてる人もいるでしょう、趣味や料理でもいい。サラリーマンが主体的に、この時間で何をしようと考えるのは初めてのことですよ。この1日に与えられた2時間は月に44時間、年間で500時間にもなります。年間500時間の自由を得たことは、働き手の考え方にも大きな影響を及ぼすと思います。

「箱」で働くよりコワーキングがいい

――今後、販売される新築マンションはテレワーク仕様になっていくでしょうか。たとえば専有面積が広くなったり、寝室のほかに書斎が設置されたり。

牧野:そういう企画は出てくるでしょう。しかし、先ほどお話ししたレジャーランド化したオフィスと同じで、マンションという箱を充実させたところで、箱の中で365日仕事をして生産性が上がるかというと疑問です。

――あんな狭いところでは継続して生産性を上げるのは難しいでしょう。

牧野:結局、そういうのもブームにすぎないのかもしれません。「じゃあ、どこで働くのよ」という話になったとき、僕は地元・藤沢のコワーキングに行きます。自転車に乗って行けば健康で、東京よりもきれいな空気吸って、海を眺められる場所にコワーキングができてほしいですね。仕事をした後に買い物して帰る生活の方が快適でしょう。

――役所が作る勉強スペースとして図書館がありますが、図書館は仕事する場所ではありません。今後、役所がコワーキングを作るようになりますかね。

牧野:ありえますね。都心に出てこないオフィスワーカーをターゲットに、民間のコワーキングはすでに郊外に行き始めましたからね。

【プロフィール】

牧野知弘氏

オラガ総研株式会社 代表取締役
東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現:みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し、ホテルリノベーション、経営企画、収益分析、コスト削減、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT(不動産投資信託)市場に上場。2009年株式会社オフィス・牧野設立およびオラガHSC株式会社を設立、代表取締役に就任。2015年オラガ総研株式会社設立、代表取締役に就任する。2018年11月、全国渡り鳥生活倶楽部株式会社を設立、使い手のいなくなった古民家や歴史ある町の町家、大自然の中にある西洋風別荘などを会員に貸し出して「自分らしい暮らしの再発見」を提供している。
著書に『空き家問題』『民泊ビジネス』『不動産激変~コロナが変えた日本社会』(祥伝社新書)、『老いる東京、甦る地方』(PHPビジネス新書)、『こんな街に「家」を買ってはいけない』(角川新書)、『2020年マンション大崩壊』『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『街間格差 オリンピック後に輝く街、くすむ街』(中公新書ラクレ)などがある。テレビ、新聞などメディア出演多数。