サカタのタネは、花と野菜の種子を研究開発、生産、販売する大手種苗会社だ。世界初のオリジナル品種の開発にこだわり、シェアは国内首位、世界6位を占めている。同社のグループスローガンは「PASSION in Seed」(タネにかける情熱)。創業から一世紀以上にわたり品種開発に情熱を注いできた同社。坂田宏社長に事業の変遷と今後の戦略を聞いた。
独自性にこだわった品種を研究開発
安定供給のためのサプライチェーン構築
同社は1913(大正2)年、現在の横浜市神奈川区にて創業。創業者の坂田武雄氏が設立した「坂田農園」をルーツとし、苗木の輸出から花の種子、野菜の種子の研究開発、生産、販売へと事業の変遷・拡大を遂げてきた。創業108年の歴史では一貫して「オリジナリティ(独自性)」のある品種の開発に注力。また、国内外に研究施設を設け、地域のニーズに対応するための体制を確立している。
─御社は研究開発型の企業として、一貫して「世界初」の独創的な開発にこだわってこられたと聞いています。
坂田 オリジナリティ(独自性)は会社のDNAといってよいと思います。当社には国内卸売、海外卸売、小売、その他の4つのセグメントがあり、このうち国内及び海外卸売は合わせて売上の約9割を占める主力です。この卸売部門のお客様はプロの農家さんですから、私共の商品は1番良いものでなければいけません。プロの農家さんは見る目が違いますから、2番目では選んでもらえません。
─新しい品種の開発には長い年月が必要でしょうが、どのくらいかかるものですか。
坂田 目標を立てて交配し、できたタネをまき、優れたものを選抜し、そこからまたタネを採り…と、目標通りの品種ができるまで10年近くの歳月を費やします。タネを作る作業は自然相手ですから、人間の思い通りには行かない根気のいる仕事です。
─タネ作りは人間のペースでなく自然のペースに合わせてこそできるのですね。
坂田 そうですね、ですから新しい品種作りは5~10年単位で考え、常にニーズの先を見て取り組んでいます。しかもその間には多数の失敗があり、うまくいかなかったものは捨てることになります。かつて創業者の坂田武雄が成功の秘訣を聞かれたとき、彼はちょっと考えて「捨てることです」と答えたそうです。世界で1つしかないものを作るには最も良いものを選び、残りの9割を捨てることだという意味を込めていたのだと思います。
─海外売上比率が約6割と高いのも御社の特徴です。
坂田 現在、世界22カ国27拠点にネットワークを構築し、170カ国以上にタネを供給しています。ソニーの創業者、盛田昭夫さんがグローバルとローカルを掛け合わせた「グローカリゼーション」という言葉を使われましたが、私共もまさにグローバルとローカルの両輪で展開しています。例えば海外子会社の社長は基本的に現地出身者です。現地のニーズを吸い上げるため、地域の文化や慣習を理解した人材を登用しています。
─タネの安定供給のため、どんな施策を行っていますか。
坂田 1つは適地適作の徹底です。植物がたくさんタネを付けられるような条件の良い場所を常に求めていて、結果的に世界19カ国でタネを採っています。もう1つは、生産のリスク回避です。仮に1カ所で生産していると、自然環境に異変が起こってそこが全滅したらタネの供給が途切れてしまいますから、数カ所に分けて生産しています。また、北半球と南半球の両方に生産国を広げて〝地球を使ったリスク分散〟をしています。北半球と南半球は季節が逆なので、1年間に2回収穫できるのは大きなプラスになっています。
ブロッコリー国内シェア75%
プリンスメロン開発、日本の食卓に普及
スーパーマーケットや花屋の店頭に並ぶ野菜や花のうち、多くの商品が同社のタネから生まれている。野菜の代表格はブロッコリー、トマト、ホウレンソウなど、花ではトルコギキョウ、パンジーなどが挙がる。そのシェアはブロッコリーでは国内約75%、海外約65%、トルコギキョウは国内約30%、海外約70%を誇る。また、プリンスメロンやアンデスメロンは同社が開発したオリジナル品種だ。
─国内、海外ともにシェアの高いブロッコリーですが、どうやってこのシェアを確立したのですか。
坂田 最初はアメリカでF1品種のブロッコリーが広まりました。F1品種とは遺伝形質の違う2種類の親系統の交配によってできる第一代目の子ども(一代雑種)のことで、従来の固定種に比べて味やそろいなど優れた形質を持っています。アメリカの畑は面積が広いので、固定種だと生育がそろわず収穫が大変でした。一方、F1品種だと生育状況がそろった作物ができて大きな畑でも1回の収穫作業でほとんど収穫できるようになり、作付面積が増えていきました。今はアメリカだけでなく日本、欧州、中国にも広がっています。
─プリンスメロンも御社のオリジナル品種だそうですね。
坂田 プリンスメロンは、日本の甜(まくわ)瓜とフランスのメロンを掛け合わせてできたものです。創業者がフランスで食べたメロンがおいしくて、日本でもこんなおいしいメロンを作りたいと考えて手がけました。メロンでもう1つ、アンデスメロンも当社のオリジナルです。それまで日本では高価なメロンしかなく、一般の人にも食べていただけるような緑の果肉のメロンを作ろうと取り組みました。名前は「作って・売って・買ってアンしん(安心)デス」から取ったといわれています。
─花のオリジナル品種も多数誕生しています。
坂田 最近ではサンパチェンスという花の開発があります。夏の日差しや暑さに強くて色鮮やかな花を咲かせる品種であり、高温多湿な日本の夏でも楽しめます。日本はもとより欧米、アジアなどにも広がっています。
花の一本柱から二本柱に事業拡大
野菜は品目別売上65%占める主力に成長
20年5月期の売上高の内訳は、地域別では国内が4割、北中米地域と欧州・中近東地域がそれぞれ2割、アジア14%など海外比率約6割に成長している。元々、同社は海外を主力とし、創業当初には苗木を輸出、その後、花のタネの販売や育種に注力し「商社からメーカー」への転換を図った。一方、戦後は花だけでなく野菜の育種と販売にも力を入れ、「花の一本柱」から二本目の柱の「野菜」の育成に力を注いだ。
─創業から第二次大戦の前までの創業期には、主に花の海外展開が主力でした。
坂田 戦前はシカゴ支店、上海支店を開設しグローバルに活動していました。1934年にはアメリカの権威ある品評会で、「ビクトリアス・ミックス」という100%八重咲きF1ペチュニアが初入賞しました。それまで欧米では種子をまいても50%しかダブル(八重咲き)にならなかったのですが、この品種は100%ダブルになる常識を覆す開発でした。大ヒット商品になり、「花のサカタ」の基礎を作りました。
─戦後、海外だけでなく国内、また花だけでなく野菜の品種開発に注力してこられたとか。
坂田 戦争で海外支店を閉鎖するといった大きな打撃を受けて、創業者らが戦後、事業を立ち上げるに当たっては国内を重視していく必要があると考えて国内に力を入れていきました。また、花の一本柱ではリスクが大きいため「野菜」にも力を入れました。20年5月期の売上の品目別では、野菜の種子が全体の65%を占めるまでに成長しています。
─戦後の復興を経て再び海外に進出しました。この10年では海外卸売の比率が1.5倍に伸びています。
坂田 1970年代の高度成長期に入って本格的に海外進出しています。1977年にアメリカに子会社を設立、次にヨーロッパをターゲットとし、1990年にオランダに現地法人を立ち上げました。私は6年間、オランダに滞在してヨーロッパ市場を開拓しました。あれから30年になりますが、非常に貴重な経験でした。最近ではインドやベトナム、南米などにも進出しています。
21年5月期は売上高648億円の予想倍に
コロナ禍の影響あるものの野菜種子好調
同社の2020年5月期の業績は売上高616億6700万円、営業利益74億8200万円。国内卸売事業と小売事業は猛暑や台風などの天候不順により前期比減収、また海外卸売事業では円高の影響などにより前期比減収となった。一方、2021年5月期はコロナ禍の影響はあるものの野菜種子が好調に推移しており、売上高648億円、営業利益72億円を見込んでいる。
─今期(21年5月期)は増収減益の見込みです。
坂田 国内卸売事業と小売事業はコロナ禍の影響などにより減収ですが、海外卸売事業は中国向けニンジン種子の販売時期の変更に伴う売上寄与や北中米での復調などを見込み増収を予想しています。一方の営業利益は、本社の基幹システム更新費用や研究開発への費用増加のため、減益の見通しです。
─コロナ禍の巣ごもり需要でガーデニング人気が高まっているようですね。
坂田 当社でも直営のガーデンセンターや通信販売など様々なチャネルを通して販売しています。おかげさまでこの分野の売上は前期比で伸びています。初心者の方には成功体験をして継続していただけるよう、栽培指導などにも努めています。
100周年のグループスローガンは
「PASSION in Seed」
社是である「品質・誠実・奉仕」は、創業者の時代から一貫して続いている。3つの言葉のうち、「品質」を先頭にしているのが同社の特徴であり、タネの品質はもとよりサービス、人材など様々な意味から品質を最も重視している。また、2013年の100周年を機に「PASSION in Seed」をグループスローガンに掲げ、次の100年に向けた歩みを始めている。
─「PASSION in Seed」にはどんな意味が込められていますか。
坂田 日本語に訳すと「タネにかける情熱」です。PASSIONは、「People(人々)」、「Ambition(野心)」、「Sincerity(誠意)」、「Smile(笑顔)」、「Innovation(革新)」、「Optimism(プラス思考)」、「Never give up(不屈の精神)」の7つの頭文字を取っています。PASSIONは京セラの創業者、稲盛和夫さんが使っていた言葉で、稲盛さんに許可をいただいて私流にアレンジしました。
─特に最後の「ネバーギブアップ」は種子ビジネスならではの粘り強さを感じさせますね。
坂田 タネの開発生産は自然が相手であり、私共のタネが100%発芽するというお約束はどうしてもできないのですが、いかに100%に近づけるかの努力を常にしています。その意味からネバーギブアップで取り組んでいますし、それが当社の強みになっていると思います。
「花は心の栄養、野菜は体の栄養」
世界の食料供給に貢献する企業に
世界の種子市場の規模は推定で約3兆円強であり、そのうちの8割以上を穀類種子が占め、残りの約5000~6000億円を野菜の種子が占める。世界の種苗業界の上位企業は、ドイツのバイエルに買収された米国モンサント社、同じ米国のコルテバ・アグリサイエンス社などがあり、同社は推定で世界第6位に位置する。国内では、首位の同社に続き、カネコ種苗(1376)、タキイ種苗(非上場)が上位を占める。
─ 世界では人口増加と食料の問題が指摘されています。今後の種子市場をどう見ていますか。
坂田 種苗事業はより重要になり、グローバルな種子市場は基本的に健全さを堅持していくと思います。今、世界の人口は5%程度の割合で増えているので種子の需要も比例して増えるでしょう。特に野菜はミネラル関係の栄養素の食料なので、量だけでなく優れた品種が求められていくと思います。
─そういった市場環境において、どのような戦略を立てていますか。
坂田 1つは、今の主力であるブロッコリーやトルコギキョウの世界シェアを堅持すること。次に果菜類と呼ばれるトマト、ピーマン、キュウリ、スイカといった果実が成る野菜の市場開拓を図ります。花では新興国を中心にヒマワリのシェアを拡大します。これらの施策を推進して世界でメインの品目のシェアを取り、高収益体質を維持していく考えです。
─地域別では戦略的にどのエリアを重視していますか。
坂田 成長市場である新興国、特にアジアに注力していきます。もう少し先の将来にはアフリカも市場として視野に入っています。一方で、成熟市場である欧米では健康需要を取り込んでさらなるシェア拡大を図っていきます。
─御社は常に自然と向き合い最高の品種を生み出す努力を重ねて来られた。今後10~20年後にどんな会社に成長させていきたいと考えていますか。
坂田 創業者が「タネの世界には終わりがない」と言っていたように、種子ビジネスは自然相手であって終わりがない仕事です。おそらく20年後も基本は同じで、世界の食料の供給に貢献していく、そのためにより良い品種を作っていくことに変わりはありません。当社の強みであるグローバルなネットワークを活用し、日本を含めた世界市場でいかに成長していくかが鍵だと考えています。「花は心の栄養、野菜は体の栄養」をビジョンとし、世界に栄養と笑顔を供給する企業であり続けたいと思っています。(提供=青潮出版株式会社)