経営者や管理職の人にとって部下の育成方法は非常に悩ましい課題である。自分では良かれと思って伝えたことが原因で、かえって部下のパフォーマンスを下げてしまうことは少なくない。そんな難しい人材育成において効果的なのがピグマリオン効果の活用だ。ピグマリオン効果を活用すれば部下のパフォーマンスややる気を損なうことなく育成を続けていくことが期待できる。
今回の記事では、そんなピグマリオン効果の意味や活用のコツを詳しく解説する。
目次
ピグマリオン効果とは
まずは、ピグマリオン効果に関して最低限知っておくべき事柄(意味や由来、発見の経緯など)を紹介する。
ピグマリオン効果の意味
ピグマリオン効果とは、他人から期待を寄せられることによって勉強や仕事などのパフォーマンスが向上する心理的な効果である。例えば上司が部下に対して「君ならば良い結果を残してくれると期待している」などと声をかけることで部下がより優れた成績を残せるようになった場合には、ピグマリオン効果が発揮されたといえるだろう。
「ピグマリオン」という名前の由来
ピグマリオンという名前は、ギリシャ神話におけるキプロス島の王様「ピグマリオン」の逸話が由来となっている。その逸話とは「王様が自ら彫り上げた女性の像に恋をし本物の女性になることを願ったところ、それを見た神様が女性の像を本物の人間に変えてくれた」というものである。つまり「期待すればそれが実現する」というのがこの逸話の要旨だ。
そこから転じて「期待をかけると成果が高くなる」という効果から、「ピグマリオン効果」と名付けられたといわれている。
ピグマリオン効果が発見された経緯
ピグマリオン効果は、米の心理学者ローゼンタール氏が1964年に行った実験で発見されたといわれている。この実験は、ある小学校で子どもたちに知能テストを受けさせる形で行われた。その後、テストの結果とは関係なく無作為に数人の子どもを選定しその名簿を「今後成績が向上する生徒である」として担任の先生に伝えた。
つまりランダムに選定した子どもを「伸びしろがある子ども」として担任の先生に思い込ませたのである。その後、驚くべきことに「伸びしろがある」と伝えられた子どもたちは、ランダムに選ばれたにもかかわらず成績が伸びる結果となった。実験結果をまとめた論文内では、先生が伸びしろがあると信じ込んだ子どもたちに対して期待を持って接するようになったことが成績向上の要因であるとしている。
この実験をきっかけに教育やビジネスなど幅広い現場で「期待をかければ成績が上がる」という効果が広く認識されるようになったのだ。
ピグマリオン効果が効果を発揮する場面
ピグマリオン効果は、主に従業員や部下のモチベーションを高めたい場合に効果を発揮する。例えば営業部門で上司が部下に期待を寄せることで部下の営業成績が向上する効果が期待できるだろう。また総務や法務といった売上の獲得に直結しない部門でもピグマリオン効果を活かすことで業務の品質やスピードが向上する効果が見込める。
ピグマリオン効果と類似する理論3つとの違い
ピグマリオン効果と類似する理論として「ゴーレム効果」「ホーソン効果」「ハロー効果」と呼ばれるものがある。この章では、ピグマリオン効果とこれらの違いを解説する。
ゴーレム効果
ゴーレム効果とは、他人に対して期待できる要素がないと思うことで相手のパフォーマンスが低下する心理的効果を意味する。例えば従業員や部下に対して「仕事ができないね」「成長が感じられない」などと伝えることでさらに仕事の成績が低下する現象がゴーレム効果に該当する。つまりゴーレム効果は、ピグマリオン効果と正反対の効果というわけだ。
なおゴーレム効果は、ピグマリオン効果と同様にローゼンタール氏によって提唱された理論である。ゴーレムという名称は、呪文で動き出す意思を持たない泥人形の名前から来ている。「この泥人形からおでこにある文字を1文字取り除くと土に戻ってしまう」という性質がゴーレム効果の由来だ。
ホーソン効果
ホーソン効果とは、他人から注目されることでその期待に応えるために成果を発揮しようとする人の心理的効果を指す。例えば定期的に上司が部下にフィードバックを与えたり表彰制度を導入したりするとホーソン効果によって従業員や部下のやる気を高めやすくなるだろう。つまりホーソン効果とピグマリオン効果は、モチベーションやパフォーマンスが向上する要因に違いがあるといえる。
ホーソン効果は「注目」が要因となる一方でピグマリオン効果は「期待」が要因となるわけだ。
ハロー効果
ハロー効果とは、評価対象となる人物が持つ一部の特徴によってその他の部分に対する評価がゆがめられてしまう効果である。例えば「見た目が良い人は仕事ができる」「コミュニケーション力がある部下ほど営業がうまい」などと評価するのがハロー効果の最たる例だ。ハロー効果への対処を怠ると従業員や部下を正しく評価できなくなる恐れがあるため注意を要する。
例えばコミュニケーション力に難を抱える部下がいたとしよう。この部下に対して「コミュニケーションが苦手だから成果を残せないだろう」という理由で低い評価を下すと他の能力(傾聴力や問題解決力など)に秀でた人材を有効活用できず会社の業績に悪い影響を与えるリスクがある。また「能力がない」という前提で部下に接することでゴーレム効果により部下の能力が実際に低下するリスクも否めない。
つまりハロー効果は、従業員や部下に対する正当な評価や人材育成にとって妨げとなる要因というわけだ。ピグマリオン効果の獲得を目指すと同時にハロー効果の排除にも努めなくてはならない。
人材育成におけるピグマリオン効果の利用例
人材育成の場において、ピグマリオン効果はどのように活用できるだろうか。ここでは、新人教育および部下のマネジメントにおけるピグマリオン効果の利用例を紹介する。
新人教育
職場のOJTにより先輩社員が新人社員を教育するケースを見ていく。例えば先輩社員が新人社員に対して大きな成長を期待して接するようにすると、新人は先輩の期待に応えようと努力し作業スピードが向上するだろう。先輩が新人社員に適切に声をかけることで、コミュニケーションの活性化も期待できる。
また先輩社員自身も部下を指導する経験値を上げることができるため、将来管理職になる際に求められる指導力が身につく。
部下のマネジメント
ピグマリオン効果は、部下のマネジメントにおいても大いに利用できる。部下に仕事を任せる際に期待していることを伝えると、部下は上司の期待に応えるべく努力するだろう。適切に声をかけることで部下も上司に相談しやすくなり、報連相の好循環が生まれる。上司は、こまめに相談してくる部下をより気にかけるようになり、さらにピグマリオン効果は高まる。
ピグマリオン効果で人材育成の効果を高めるコツ6つ
では一体、ピグマリオン効果をどのように活用すれば人材育成の効果を高めることができるのだろうか?この章では、ピグマリオン効果を駆使して部下のやる気や生産性を高めるコツを6つ紹介する。
1.常に肯定的な態度で接する
大前提として常に肯定的な態度で部下や従業員に接することがピグマリオン効果を発揮するうえでは不可欠だ。常に肯定的な態度で接することは、成果を出したときはもちろん失敗したときや成果を出さないときでも否定的な言葉を投げかけないということ。例えば同じミスを繰り返す部下に対しては「なんで同じことを繰り返すのか?」などと否定的な意見を投げかけるのはおすすめできない。
「このミスをなくせばより一層成果を出せるようになる」などと肯定的な態度で注意するのが好ましい。
2.成果のみならず目標達成までのプロセスも評価する
ピグマリオン効果を発揮するには、成果を発揮したときだけ褒めるのでは不十分である。なぜなら成果を発揮したときだけ褒めるやり方だと最初から優秀な人材だけがさらに優秀となり現時点で思うような結果を残せない人材の能力やモチベーションの向上にはつながりにくいからだ。成果を褒めるのはもちろん設定した目標を達成するまでのがんばりを評価することではじめて実績や能力に乏しい部下や従業員の能力・やる気の向上につながっていく。
3.裁量をより多く与える
常に期待を持って接すると同時に部下や従業員に対してより多くの裁量を与えることもピグマリオン効果を発揮するうえでは重要なコツである。例えば「君ならこの仕事をこなせる」と伝えたにもかかわらず細かい作業一つ一つについて上司から指示を与えたり上司からの許可が必要であったりする場合、部下は「本当は期待していないのではないか?」と疑問に思う可能性がある。
このような疑問を部下が抱いてしまうとピグマリオン効果が発揮されにくくなる可能性が高い。そのため部下や従業員に対して裁量を多く与えて本当に期待していると信じ込ませることが重要だ。
4.期待を抱きすぎない
ピグマリオン効果を得るためだからといって過度な期待を従業員や部下に抱くことは危険である。なぜなら過度な期待を持って接することでそれが相手にとって大きなプレッシャーとなるリスクがあるからだ。部下や従業員が大きなプレッシャーを感じるとかえってモチベーションや仕事の成果が下がってしまう事態になりかねない。
相手の能力や性格などを考慮して現実的に実現可能なレベルの課題や仕事に対してのみ期待を持つのが好ましい。
5.結果を出せないときはヒントを与える
期待をかけたからといって必ずしも部下の能力が向上したり期待通りの結果を出してくれたりするとは限らない。想定に反して結果を出せない部下がいる場合、上司は部下に対して結果を出すためのヒントを与えることが重要だ。ヒントもなしにただ待っていると結果を出せないことで部下の自信が損なわれてしまい仕事に対するモチベーションが低下する恐れがある。
そのような事態を避けるためにもヒントを随時提供してあげることで部下や従業員が良い成果を上げることをサポートすることが重要だ。
6.公平な評価制度を設ける
直接的にピグマリオン効果を活用するうえでは関係ないが公平な評価制度も人材育成の効果を高めるうえでは非常に大切である。仮に期待をかけて社員が従来よりも良い成果を出しても公平な評価制度(≒成果を出すことで評価が上がる)がないと社員は「がんばって結果を出しても評価してもらえない」という考えに至る可能性が高い。
その結果、次からは期待をかけてもがんばってもらえなくなり、成績にも悪影響をきたすリスクがある。このような事態を避けるためにも努力や結果に応じて評価が上がる公平な評価制度をしっかりと設けることが望ましい。
ピグマリオン効果の注意点
ピグマリオン効果を利用した人材育成には、さまざまな効果が期待できるがいくつか注意点もある。実践の前に以下の3つの注意点について確認したうえでピグマリオン効果をより一層高めよう。
褒めすぎに注意
肯定的な態度は、ピグマリオン効果を得るための重要なポイントの一つだ。しかし褒めすぎてしまうと部下は現状に甘んじたり手を抜いたりする可能性も出てきてしまう。ありのままの自分を認めてもらえる安心感は必要だが、「現状維持でいい」とまで思われてしまうとそれ以上の成長は望めない。ピグマリオン効果をより高めるには、褒める部分とタイミングが重要だ。
褒めるときは「能力ではなく行動を褒める」「成果を出した直後に褒める」といったことを意識すれば褒めすぎによるスポイルは防止できる。
過剰な命令や要求をしない
部下の成長を促すために高い目標を設定するケースもあるだろう。しかし過剰な命令や要求は、部下のやる気をそぎ仕事に対する意欲を奪ってしまうこともある。そのため部下へ命令や要求を出すときは、これまでの実績や性格、私生活面の問題などを総合的に配慮したい。例えば育児や介護などを抱えている部下の場合は、それなりの配慮が必要だ。
部下の大きな負担とならず、達成感を得やすいレベルの仕事となるよう十分に考えたい。
挑戦の機会を多く与える
部下が期待通りの成果を連続して上げられるようになったら挑戦の機会も与えよう。ステップアップできる仕事を与えて部下の成長を促すことで部下は自分が認められていることを実感し、仕事に対するモチベーションも上がるだろう。ただし部下が負担に感じるほどのノルマを与えないように注意することも必要だ。
部下が悩んでいるようなら部下自身で考えるように適切に声をかけ、悩みに耳を傾けることも必要になるだろう。
適切な部下のマネジメントで業績向上へ
ピグマリオン効果を活用すれば従業員や部下の人材育成においてより大きな成果を上げることが期待できる。最終的には、業績の向上にも結びつくため、経営者や管理職の人は、ぜひピグマリオン効果を意識して人材育成に努めてみよう。
ピグマリオン効果に関するQ&A
Q.ピグマリオン効果の由来は?
A.ピグマリオンという名前の由来は、ギリシャ神話におけるキプロス島の王様「ピグマリオン」の逸話からだ。逸話の内容は「王様が自ら彫り上げた女性の像に恋をして本物の女性になることを願ったところ、それを見た神様が女性の像を本物の人間に変えてくれた」というものである。
「期待すればそれが実現する」という逸話の要旨が転じて「期待をかけると成果が高くなる」という効果をピグマリオン効果と呼ぶようになったといわれている。
Q.ピグマリオン効果のメリットは?
A.相手に対して期待を持った態度で接することにより、相手の能力を実際に高める効果が期待できる点だ。ピグマリオン効果は、相手の能力とは関係なく効果を発揮することが多い点もメリットといえる。ピグマリオン効果は、相手へ影響を与える点が大きな特徴であり、相手の一部を見て全体を評価してしまうハロー効果とは異なる点に留意したい。
Q.ピグマリオン効果の欠点は?
A.相手が自分の能力や成果に満足かつ慢心している場合、ピグマリオン効果は逆効果となる。相手の向上心をそぐ危険性がある点が、ピグマリオン効果の大きな欠点だ。どんな性格・心理状態の人でも効果を期待できるわけではない点には注意したい。
人材育成の場でピグマリオン効果を利用する場合は、相手の性格や心理状態をよく観察し、現状に甘んじていないか、慢心していないかなどを確認することが重要だ。
Q.ピグマリオン効果の具体例はある?
A.会社の人材育成の場では、新人教育や部下のマネジメントなどにピグマリオン効果を利用できる。新人や部下に期待していることを伝えることで相手は期待に応えようと努力し、実績を上げていく。先輩や上司に気にかけてもらっていることを感じれば相談や報告もしやすくなるだろう。コミュニケーションの機会が増えることで、さらにピグマリオン効果が高まることも期待できる。
Q.ホーソン効果とピグマリオン効果の違いは何?
A.ホーソン効果とは、他人から注目されることでその期待に応えるために成果を発揮しようとする人の心理的効果を指す。一方ピグマリオン効果は、他人から期待されることでその期待に応えるために成果を発揮しようとするものだ。
つまりホーソン効果とピグマリオン効果は、モチベーションやパフォーマンスが向上する要因が主な相違点だ。ホーソン効果は「注目」が要因となる一方でピグマリオン効果は「期待」が要因となる。
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