企業の内部留保は、働き方改革や新型コロナウィルス感染拡大による経済不安などで触れられることもある言葉だ。内部留保が多い企業は倒産リスクが低いともいわれ、内部留保を高めて無借金経営を目指す経営者もいるのではないだろうか。今回は、内部留保の基本や自己資本比率との関係性などについて解説する。
目次
「内部留保」は企業に残っている現金なのか?
内部留保とは、簡単にいえば会社内部に留保(蓄積)された利益を指す。では、会社内部に留保された利益とは、どのようなものだろうか。会社は、1年間の売上から経費を差し引いてもうけ(所得)を得る。しかし1年間のもうけは、すべて会社に残るわけではない。なぜならもうけのなかから、もうけに対する税金を支払ったり、株主に配当金を支払い還元したりする必要があるからだ。
その残りが企業の内部に留保される。1年間に企業内部に留保される金額は、おおむね以下の通りだ。
- 1年間の内部留保金=所得金額(売上-経費)-社外流出金(税金や配当金など)
近年、国会などで使い道を議論されている内部留保は、1年間の内部留保金のことを指すわけではない。財務諸表に表示される内部留保とは、あくまで会社設立初年度からの累計金額である。そのため「現金が今会社にどのぐらい残っているのか」を示すものではないことに注意したい。
論者によって相違があるが、内部留保は貸借対照表の「利益剰余金」を指し、例えばその金額が1億円であれば、「●社は1億円の内部留保がある」とされる。
内部留保の誤解
内部留保はあくまで過去の利益の累積であり、「内部留保が残っているから企業が怠慢である」といった文脈はおかしい。なぜならば、企業は獲得した利益を再投資し、利益を上げていくことを期待されているからであり、企業の投資は、投資したその事業年度に経費になるわけではない。
確かに、一部の人件費や広告宣伝費、接待交際費などは経費になるが、再投資した利益は、在庫や売掛金や固定資産、または投資先の株式などとして貸借対照表の資産の部に残ることになる。
そのため、仮に利益が1億円あったとしても、その内8,000万円で機械を購入すれば、内部留保は1億円残っているが、企業には現金2,000万円しか残っていない。このような面で、内部留保と企業に残っている現金は異なる。
・貸借対照表から見る内部留保
貸借対照表において、資産の部に計上されているのは企業の資金の運用先であり、負債の部と純資産の部に計上されているのは、企業の資金の調達先である。
負債の部に計上されているものは「他人資本」とされ、借入金など将来的に支払いが必要な資金調達である。純資産に計上されているものは「自己資本」とされ、株主の払込資本と企業が蓄積してきた利益とで構成されている。内部留保は、株主から調達している資本であるとも考えられる。
内部留保はコロナ禍で重要性が増している
日本企業は伝統的に内部留保が手厚く、利益を出しても内部留保に充てられるばかりで、「還元」されないといわれてきた。なお、「還元」は以下の2つが想定されている。
- 従業員や役員などへの賞与や報酬
- 株主への配当
再評価された日本企業の姿勢
新型コロナウィルス感染拡大以前の社会では、このような日本企業の姿勢はさまざまな批判を受けてきた。一般市民からは「大企業ばかりがもうけて、働いている人々に全く還元されない」といった意見、投資家からは「株主への還元が乏しい」といった意見である。
しかし、コロナウィスルの感染拡大により、内部留保を手厚くする日本企業の姿勢は結果的に再評価されることになった。内部留保が多い企業には、「倒産リスクが少ない」といった強みがあり、事業の個別の失敗以外にも、景気変動や自然災害といった外部環境リスクにも強い。
また、倒産のリスクが小さければ、金融機関からの得られる信頼性高く、特にリスクを嫌う投資家からは、安全な投資先として一定の資金を得ることが期待できる。
・リーマンショック以降から内部留保は特に手厚くなっている
日本企業は、リーマンショック以降、アベノミクスでの好景気の後押しもあって内部留保を増やしてきた。日本は、リーマンショックにおいて、世界で最も長期的かつ深刻な影響を被った国の一つであり、東日本大震災の影響も大きく被っている。そのため、突然の景気変動や自然災害に耐えられるよう、内部留保を充実させてきたと考えられる。
そのため、2020年に発生した新型コロナウィルスの感染拡大による急激な市場縮小や、産業構造の変化にも対応できるのではないかとされている。
・内部留保と倒産リスクの関係性
そもそも、内部留保が多いとなぜ倒産リスクが少ないのだろうか。
株主配当などの自己資本に対する対価は、必ずしも一定の支払い義務があるわけではなく、利益が出ていないならば、支払わないという選択もできる。逆に、支払利息や元本返済などの他人資本に対する対価については、返済の猶予などの条件変更を行わない限り、利益の有無に関わらず契約通りに支払わなければならない。
そのため、通常、大規模な景気後退や災害が発生した際には、政府による金融支援が行われ、追加の融資や元本の返済猶予、利息の免除などを行うことで他人資本のデメリットを減殺することによる企業の倒産防止が行われるのである。
中小企業にとって重要な内部留保
内部留保の確保は、大企業はもちろん中小企業においても極めて重要である。特に中小企業は、外部からの新規の自己資本調達が難しいため、内部留保を積み上げて自己資本を増やしていくしかないからである。
自己資本比率との関係
中小企業が金融機関から融資を受ける際に、真っ先に確認されるのは「自己資本比率」である。
自己資本比率とは、総資本のうち純資産が占める割合だ。企業が財務分析をする上でさまざまな指標が用いられるが、自己資本比率を使うと自己資本に依存している割合を求めることができる。
自己資本とは、自分の力で蓄積した資本を指す。「企業全体の資産のうち返済する必要のない資本がどれだけあるかを示す」といってもいいだろう。一般的には、自己資本比率が高いほうが財務健全性は高いとされている。
自己資本比率が高い場合は、返済のことを考えずに済むため経営的な安定を図りやすくなるだろう。例えば、新型コロナウィルスの影響といった社会情勢の急激な変化やさまざまな外的要因があっても、自己資本が充実していれば倒産せずに持ちこたえることが期待できる。
また急に資金が必要になった際には、自己資本比率が高いほど金融機関から融資を受けやすくなるだろう。自己資本比率は、次の計算式で求めることができる。
- 自己資本比率(%)=自己資本÷総資産×100
自己資本比率を高めるためには、利益を上げ、内部留保を増やしつつ、借入金を返済していくことが必要だ。
自己資本比率が高ければ、借入や融資などが少なく、堅実な経営ができている企業と判断される。そのため、自己資本比率が40~50%を超えると金融機関からの支援が受けやすくなる。
ただし、自己資本比率が高いほど高評価であるとはいえ、自己資本比率100%の会社である無借金経営の会社が必ずしも良い会社とは限らない。適切な資本の借入を行い、必要な投資を効率的に行っていく必要があり、経営者はその会社の事業形態にふさわしい自己資本比率を保っていく責任がある。
自己資本比率の割合による企業の評価
それでは、自己資本比率の高低によって、企業は金融機関からどのような評価を受けるのだろうか。
・自己資本比率が継続的にマイナスの企業
金融機関から、債務超過企業として格付けされることになる。自己資本比率による評価のなかで最悪の評価であり、銀行からの融資はほぼ受けられないと考えていいだろう。
一時的に自己資本比率がマイナスになっている企業でさえも、融資を受けることは難しい。融資を受けるためには、自己資本比率をプラスにしていくための合理的な計画を提出しなければならない。
・自己資本比率が0%~20%の企業
赤字に陥っているわけではなく、今後成長していく可能性もある会社であるが、倒産リスクはやや低い程度であり、銀行が積極的に融資することはないため、事業計画書などによって説得すれば、融資が可能になることがある。
・自己資本比率が20%~40%の企業
自己資本比率としては平均的な水準であり、銀行からは普通の会社とみなされる。倒産リスクも「高くも低くもない」という程度であり、金融機関から融資が受けられる可能性は高い。
株式会社は1円から設立可能であるが、設立当初から金融機関の融資を受けたいならば、一定の自己資本を保有しておく必要がある。なお、融資を受けたい金額の3分の1から4分の1以上は自己資本を入れる必要があるとされており、自己資本比率の評価指標と一致する。
・自己資本比率が40%を超えている企業
銀行はその会社を優良企業とみなし、積極的に融資するだろう。金融機関からの機動的な融資を期待している起業家は、まずこの程度の自己資本比率を目指すといいだろう。
・自己資本比率が70%以上の企業
金融機関から、超優良企業と評価されるレベルである。経営破たんに陥るリスクは極めて低く、銀行は融資しても貸し倒れリスクがほぼないため、低金利、無担保での貸付けも可能となるため、メリットは極めて大きい。
自己資本比率が高ければプロパー融資を受けられる可能性が高い
通常、中小企業に対する金融機関の融資は、「プロパー」と「保証協会付」に分けられる。
保証協会付であれば、万が一貸し倒れが発生した場合でも、金融機関は保証協会から一定の補償を受けられるが、審査に時間がかかったり、保証料を支払うため実質的な利息負担が大きくなったりする。
自己資本比率が高いなど、金融機関からの評価が極めて高い企業は、「プロパー」での融資を受けることができる。審査期間が極めて短い機動的な融資を受けられたり、保証協会の保証料がない非常に低利の融資を受けたりすることが可能である。
無借金経営の企業がもうかるといわれる2つの理由
「収益性の高い企業は無借金経営が多い」といわれることがあるが、それには、主に2つの理由がある。
(1)利息の支払いや借金の返済がない
無借金経営で利息の支払いがなければ、利息関連コストはなく、借入の返済の必要がなければ、多額の借金を抱えている企業よりもキャッシュフローの圧迫は少ないため、機動的な設備投資等が可能になる。
(2)収益性が高くなければそもそも無借金経営はできない
通常の会社であれば、内部留保だけでは十分な事業拡張ができず、借入などに頼ることによって事業拡張を行う。しかし、収益性の高い会社のなかには、得られた利益だけで十分な投資ができる会社もあり、そのような会社は結果的に無借金経営になるのである。
つまり、無借金経営が高収益性を生んでいるばかりではなく、収益性が非常に高いために、結果的に無借金経営になっている場合もあるのだ。そのため、無借金経営をことさらにもてはやすのではなく、顧問税理士等としっかりと相談した上で、その企業に最もふさわしい自己資本比率はどの程度か探っていく必要があるだろう。
適切な内部留保の確保を意識
内部留保は、企業がこれまでに蓄積してきた利益の累計額である。内部留保が高ければ、融資を行う金融機関からも、自己資本比率が高く倒産リスクは低いと判断され、プロパー融資などを受けられる可能性も高い。
ただ、内部留保を究極的に高めている無借金経営企業が必ずしも良いというわけではなく、自社の業態や経営目標に合わせて、適切な内部留保の確保を意識して欲しい。
内部留保でよくある質問
Q.内部留保とは何?
A.内部留保とは、簡単にいうと会社内部に留保(蓄積)された利益のこと。会社は、1年間の売上から経費を差し引いてもうけ(所得)を得るが、そのすべてが会社に残るわけではない。なぜならもうけのなかから、税金や株主配当金の支払いをする必要があるからだ。必要な支払いを行ったあとの残りが企業内部に留保される。
1年間に内部に留保される金額は、おおむね以下の通りだ。
- 1年間の内部留保金=所得金額(売上-経費)-社外流出金(税金や配当金など)
財務諸表に表示される内部留保とは、1年間の内部留保金のことを指すわけではなく、あくまでも会社設立初年度からの累計金額である。そのため現金が今会社にどのぐらい残っているのかを示すものではない。
Q. 内部留保は何に使う?
A. 内部留保の使い道の多くは、利益を生むための投資に使われることが多い。なぜなら、そもそも株主が期待する企業の事業活動とは、企業が獲得した利益を再投資し利益を上げていくことだからだ。
もちろん内部留保を使わず、社内に蓄積し続ける企業も多い。なぜなら内部留保を潤沢にしておけば、社会情勢の急激な変化などがあっても会社を持ちこたえさせることができるからだ。
Q. 内部留保が多いとどうなる?
A. 一般的に内部留保が多いと倒産リスクが低くなるとされる。これは、自己資本と他人資本(借入金など)の性格の違いによるものが大きい。株主配当などの自己資本に対する対価は、必ず支払う必要はないため、利益が出ていない場合は「支払わない」という選択もできる。
一方、支払利息や元本返済などの他人資本に対する対価については、返済の猶予などの条件変更を行わない限り、利益の有無に関わらず契約通りに支払わなければならない。
通常、大規模な景気後退や災害が発生した際には、政府による金融支援が行われ、元本の返済猶予、利息の免除など他人資本のデメリットを減殺する対策が行われる傾向がある。しかしそもそも内部留保が多ければ借入金の返済に悩むことなく、業績を回復させることが期待できるだろう。
こういった理由から内部留保が多い企業は、倒産リスクが低いといえるのだ。
Q.内部留保と自己資本比率との関係とは?
A.内部留保と自己資本比率の関係とは、比例的な関係にあるといえる。内部留保が多ければ自己資本比率も高くなり、内部留保が少ないと自己資本比率も低くなることが多い。
自己資本比率とは、総資本のうち純資産の占める割合である。一般的には、自己資本比率が高いほうが財務健全性としては高い。自己資本比率の計算式は、以下の通りだ。
- 自己資本比率(%)=自己資本÷総資産×100
自己資本とは、自分の力で蓄積した資本を指す。「企業全体の資産のうち、返済する必要のない資本がどれだけあるかを示す」といってもいいだろう。自己資本比率を高めるためには、利益を上げ、内部留保を増やしつつ借入金を返済していくことが必要だ。そのため自己資本比率が高いということは、内部留保が多いことを意味する。
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