本記事は、西尾太氏の著書『人事の超プロが本音で明かすアフターコロナの年収基準』(星雲社)の中から一部を抜粋・編集しています

「目先の年収だけ」を基準にすると、必ず転職に失敗する理由とは?

転職,失敗
(画像=ABC/PIXTA)

●「転職で年収アップ」の落とし穴

キャリアアップの方法は、今いる会社で昇進することだけではありません。「年収基準」と比較して自身の年収が低すぎる場合は、転職するのもひとつの方法です。

ただし、転職サイトの求人広告によくある「転職で年収アップ」といったフレーズに惹かれて転職するのはすすめられません

私はこれまで25年以上、人事の仕事にたずさわってきましたが、「年収アップを目的とした転職に成功した人」をほとんど見たことがありません。年収アップを目的としている転職希望者の採用を避けるのは、実は人事の世界の常識にもなっています。

なぜなら企業側と転職希望者のニーズが100%マッチすることはまずありません。前職で得たスキルや経験が、転職先では活かせないケースが多々あります。転職先の会社が求めるニーズと転職希望者が求める方向性が大きくズレていて、長く続かない事例は本当に多く、企業側も前職以上の給与を払うことはかなりリスクが高いです。

では、転職を成功させるには、どうしたらよいのでしょうか?

それは、年収ではなく、「自分が本当にやりたいこと」を優先することです。年収を下げてでも自分がやりたいことをするのが、実は転職を成功させる最善の方法なのです。

「あなたの希望年収は800万ということですが、当社では600万になります」

面接でこのようにいわれたときに、「それでもやりたい」という人が転職に成功し、一時的には収入が下がっても、結果的には年収が上がっています。

「お金」だけが目的の転職は、まず成功しません。それどころか「年収」を目的化すると道を誤ります。これは私自身の実体験でもあります。

●年収を目的化すると道を誤る理由

私が新卒で入った会社は年収が低く、当時結婚を考えていた現在の奥さんの年収のほうが高いくらいでした。これはまずいと考えた私は、結婚を機に年収の高い会社に転職しました。目的の第一は「お金」です。

たしかに年収は上がりました。月収は30万円くらいでしたが、営業職でインセンティブなどがあり、年収としては900万以上になるときもありました。

でも、本当につらい7年間でした。生活のためだけに仕事をしていたと言ってもよく、家族を逆恨みしたくなるようなときさえありました。

そんな状態に危機感を覚え、私はまた転職しました。その会社で私の年収は600万程度に下がりましたが、不思議と気持ちが楽になりました。

転職活動中に面接を受けた会社では、500万といわれたこともあります。そのときに思ったのです。「これくらいが自分の本当の実力なんだな」と。

私は前職で900万の年収をもらっていても、なぜか嬉しくありませんでした。私の営業スキルからすると釣り合わない年収だと自覚していたこともあり、むしろ不安のほうが大きかったのです。

転職して年収が下がり、ようやく自分の市場価値を正しく認識できた気がしました。

転職先の人事の仕事にやりがいを感じた私は、上司が厳しい人だったこともあって、事業戦略、組織戦略、人事戦略など、高度な勉強にも取り組むようになりました。そして人事部長となり、最終的に年収は1000万を超えました。

お金を目的にしなかったことで、結果的に転職が成功し、年収も上がったのです。こうした事例は私だけではありません。

●「本当にやりたいこと」が年収アップの最短ルート

逆説的なようですが、転職に限らず、年収アップを実現するために重要なのは、年収アップを目的にしないことです。

それよりも「自分は何がしたいのか」をよく考えてみましょう。

自分がやりたいことをやって年収も上がる。もちろんこれがいちばん理想的ですが、残念ながら人生そんなに簡単にうまくはいきません。

やりたくないことをやって年収も下がる。逆にこれがいちばん避けたい状態です。

では、やりたくないことをやって年収を上げるか、年収が下がってでもやりたいことをやるか。これは人によって考えが異なるでしょう。

私は、たとえ年収が下がっても「自分がやりたいこと」を実現するのが、遠回りのように見えて、実は年収アップの最短ルートなのではないかと確信しています。

それは、仕事が楽しくなるからです。

かつての私がそうだったように「やりたくないこと」「嫌なこと」は長続きしません。たとえ一時的には年収が上がっても、継続的にそれを得ていくことは難しいでしょう。

私は師である小田全宏先生からこんな話を聞いたことがあります。

「『楽』と『楽しい』は、正反対なんですよ」

「楽」と「楽しい」は、同じ「楽」という漢字で表しますが、その意味するところは真逆だというのです。

「楽」とは、苦労しないで簡単に何かを手に入れたい。努力をせずに何かを得たい。要は、かける時間を短くしたい=「できるだけやりたくないこと」。

一方、「楽しい」は、手に入れるのは時間がかかるけれど、「ずっとやっていたいと思うこと」。没頭して何時間でも、やり続けていたいと思うこと。

その通りだと思いました。私はゴルフが好きで毎月のようにゴルフをしていますが、よいスコアを出すのは「楽」ではありません。必死に練習しても、なかなか思うように上手になりません。でも「楽しい」です。何時間やっていても飽きません。

楽しいからこそ、練習も一生懸命して、少しずつでも上達しています。

仕事も一緒です。私が「楽しい」と感じるのは、苦労して頑張った仕事をやり遂げたときです。「楽」な仕事は簡単にできますが、「楽しく」はありません。

たとえばマラソンや登山もそうでしょう。42.195キロを走ることや険しい山を登るのは絶対に「楽」ではないはずですが、だからこそ達成感が大きく、それが「楽しい」からこそ、多くの人が挑戦するのだと思います。

「年収基準」で必要とされるスキルをすべて習得するのも、決して「楽」ではありません。しかし「自分が本当にやりたいこと」であれば、自身の能力を伸ばすことも、必要な知識を得ることも「楽しく」感じられるはずです。

仕事に対して高いモチベーションを維持し続けるためには、「楽しい」が絶対に必要になります。それが成果につながれば、必然的に評価され、給与も上がり、人間関係もよくなります。

すると、ますます仕事が楽しくなってきて、より高いモチベーションを持つことができるのです。

こうした好循環をつくることが、結果的に年収アップの道につながることを、ぜひとも覚えておいてください。

人事の超プロが本音で明かすアフターコロナの年収基準
西尾太(にしお・ふとし)
人事コンサルタント。フォー・ノーツ株式会社代表取締役社長。「人事の学校」「人事プロデューサークラブ」主宰。1965年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。いすゞ自動車労務部門、リクルート人材総合サービス部門を経て、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)にて人事部長、クリエイターエージェンシー業務を行なうクリーク・アンド・リバー社にて人事・総務部長を歴任。これまで1 万人超の採用、昇進面接、管理職研修、階層別研修を行なう。パーソナリティとキャリア形成を可視化する適性検査「B-CAV test」を開発し、統計学に基づいた科学的なフィードバック体制を確立する。中でも「年収の多寡は影響力に比例する」という持論は好評を博している。著書に『人事担当者が知っておきたい、10 の基礎知識。8 つの心構え。』(労務行政)、『人事の超プロが明かす評価基準』(三笠書房)、『働き方が変わる、会社が変わる、人事ポリシー』(方丈社)、『プロの人事力』(労務行政)などがある。

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