マーケット業務に関わる金融関係者の「あるある」のひとつに、やたらと「カタカナ」を使いたがるというのがある。ただ不思議とそれは「カタカナ」であって「英語」ではない。本来、商品内容や運用手法、或いはその内在リスクなどをお客様に正しく理解して貰うことが一番重要な課題であるプライベートバンカー(以下、バンカー)にとって、変に「カタカナ」を多用した会話は厳に慎まなくてはならない。

一方で「ボラティリティ」など、翻訳しても適切な日本語がない単語もある。こうした単語はそのまま使うしかない。下手に日本語化すると、むしろ余計な誤解を招く可能性さえある。

「そのほうがプロっぽいとでも思っているのかも知れないが…」

プライベートバンカー,超富裕層
(画像=Graphs / pixta, ZUU online)

しかし筆者でもその会話に違和感を持ったり、むしろ「専門家然として気取りたいのかな?」と思ってしまったりするカタカナの使い方がある。たとえば利回り変動などを説明する時に使われる「ベーシスポイント(bps)」という言い方がそれだ。使い方としては、仮に金利が1.10%から1.20%へ0.10%上昇したような場合、単純に「金利が0.10%上昇しました」とは言わず「金利が10ベーシスポイント上昇しました」などと使う。言っていることは全く同じであるが、何故か「0.01%」を「1ベーシスポイント」と言い換える。「1%の上昇」と言えば分かり易いところを、わざわざ「100ベーシスポイント(bps)の上昇」と言ってみたりする。中にはそれを「100ベーシスの上昇」と更に省略してしまう人もいる。

もしかすると、債券市場などの市場関係者同士では「パーセント」で言い表すよりも、「ベーシスポイント」と言い合ったほうが分かり易いのかも知れないが、少なくとも一般人の会話には普通は出てこない単語だ。明らかに「パーセント」のほうが分かり易い。

さらに上級編となると「ボラティリティ」のようにある程度普及してきたカタカナ語と、既に一般的に使われているカタカナ語を組み合わせて使う場合がある。例えば一時期投資信託で流行った「ボラ・コン」などがそうだ。使い方としては「この投資信託にはボラ・コンが入っているのでシャープレシオが高い」というような感じだ。さて「ボラ・コン」の「コン」とは何を省略しているだろう。

そう、答えは「コントロール」だ。「ボラティリティ・コントロール」という運用手法を説明する時に、全部語らないで「ボラ・コン」と省略してしまう。省略さえしなければ、英語の分かる人ならばほぼ理解するものを、あえて省略するからかえって意味が全く見えない単語となる。そのほうがプロっぽいとでも思っているのかも知れないが、筆者でさえ、初めて某投資銀行の商品開発担当者のプレゼンで耳にした時は何のことだかさっぱり分からなかった。当然のことながら、外国人の上司には「ボラティリティ・コントロール」ときちんと説明しないと通じない。

超富裕層に鼻をへし折られたプライベートバンカーの話

最近は新聞等でも普通に良く使われる「オルタナ」という単語も省略さえしなければ、まだ英語としてなら通じる可能性があった典型的な表現だ。「オルタナ」とは株式や債券などの「伝統的な資産」の代替(alternative)として、アセット・アロケーションの中に不動産や商品、或いはヘッジファンドなどの「非伝統的な資産」を組み入れるようになったことが語源だ。従ってカタカナで「オルタナ」と言っても、投資を意味する「インベストメント」を「インベス」とでも略しているようなもので、英語を理解する人でも意味が分からない。ただ「オルタナ」と呼んでいる人は結構いる。

これは実際にあった話だが、ある時バンカーが新規で取引開始になるかというお客様(超富裕層)に、国際分散投資の効用をザっと話した上で「オルタナとしてリートを増やされたらどうでしょうか?」と切り出した。するとそのお客様は特に他意なく「オルタナって?」と聞き返された。もしあの時、彼が「オルタナティブのことです」とさらりと回答すればその後も話はスムーズに進んだかも知れない。だが残念なことに、彼は滔々と前述の代替資産としての非伝統的資産のことを話し始めてしまった。これがお客様のどこかお気持ちを逸らしてしまったのは、同席していた筆者にも手に取るように分かった。

問題は超富裕層には良くある話なのだが、そのお客様がネイティブのように英語を話される方だったことだ。バンカーの彼にとっては、天使がちょっと意地悪をしただけなのだが、説明を聞いた後、「あ、alternativeのことね」と発音もイントネーションも完璧な英語で応じられてしまった。些細なことだったのだが、これが何故かそれまで意気軒昂だった彼の鼻をへし折ってしまったようで、その後のセールストークがなぜかしどろもどろになってしまった。結局、筆者もフォローに入ったが、その提案はひとまず却下されてしまった。