要旨

SDGs債,取組み
(画像=PIXTA)

ESGやSDGsといった概念を前面に持って来た債券の募集が増えている。世界的には、発行体は国、地方公共団体、金融機関、民間企業など様々である。SDGs債という概念に含まれる様々なラベルの債券を整理するとともに、投資家の投資する意義、発行体の募集する意義といったものを考えてみたい。国際的な原則やガイドラインも作成されているが、まずは、発行体が適切に運営し情報開示を行うことが重要であろう。また、投資家も貼られたラベルのみで飛びつくのではなく、十分に投資する意義を理解しておく必要があるのではなかろうか。

環境に対する意識が高まる中でグリーンボンドの募集が増加している中で、この1年では、ようやくサステナビリティボンドの募集も見られるようになって来た。投資家は、サステナビリティボンドの仕組みを理解するとともに、的確な投資スタンスを持ち、開示される情報を受止める努力も必要だろう。持ち切り運用だからと言って、購入したら償還まで何もせず放っておくことは、SDGs債への投資に際して適切ではあるまい。

SDGs債は、様々なESG関連債券を包含する概念

昨今の起債市場を見ると、低金利の長期化とスプレッドの低位安定もあって、投資家にとって魅力的な投資対象を見付けにくい状況にある。金余りの運用環境に浸っている機関投資家は、基本的に“買いたい弱気"の状態にあり、必ずしも債券の購入に対して積極的ではない可能性が高い。そのため、投資家の背中を軽く押すことによって、投資家が積極的な投資姿勢に転じる可能性は高い。資金調達を行う発行体側の立場で考えると、年限の長期化やスプレッドを厚くするといった取組みによって利回りを引き上げることも可能だが、将来時点での償還年限構成を考えると闇雲な長期化は不適切であり、問題の先送りに見えるかもしれない。また、将来の経営責任者から「安易な負債の長期化」と指弾されるかもしれない。一方、スプレッドを厚めにすることも、年限や格付け、業種といった主要な要素から導出される概ねの適正水準から殊更に厚く設定することは、実勢から外れるもので市場の秩序を乱すことにも繋がりかねない。近年、頓に発行頻度の増えているグリーンボンド等のSDGs債については、仮にグリーニアムと呼ばれる割高感はなくても、投資家はESG投資の一環として購入したと説明できることに加え、投資意欲を表明しESG関連債券への投資残高を公表することで、株式だけでなく他の資産においてもESG投資を実践していることを、公表できる有益なツールとしても利用可能なのである。ESG関連という投資商品に付されるラベルは、機関投資家の背中を軽く押すのに適切な存在である。

ESGに関連する債券は、歴史的に見ても、グリーンボンド、ソーシャルボンド等々様々な呼称を持っている。これらは、ICMA(国際資本市場協会)の策定したグリーンボンド原則やソーシャルボンド原則に基づくもので、実際にICMAが策定・公表している原則及びガイドラインには、以下のようなものがある。

Green Bond Principles(グリーンボンド原則)
Social Bond Principles(ソーシャルボンド原則)
Sustainability Bond Guidelines(サステナビリティボンド・ガイドライン)
Sustainability-Linked Bond Principles(サステナビリティリンクボンド原則)

時にESG債といった表現を見ることもあるが、実際には、Gの“ガバナンスボンド"といったものは考え難く、代わりに環境要素に配慮したE(グリーンボンド)と社会活動の要素を意識したS(ソーシャルボンド)に加わる第3の柱は、これまた“S"ではあるが、サステナビリティ要素を意識したものである。実際に、原則まで策定されているのは、グリーンボンドおよびソーシャルボンドの次に、サステナビリティリンクボンドである。したがって、全体をESG関連債券と呼ぶことは決して誤りでないが、実際にはGovernanceよりSustainabilityの方が債券市場で強く意識されており、少なくとも“ESG債"と呼称するのには違和感がある。日本証券業協会も2019年4月に公表した『SDGsに貢献する金融商品ガイドブック』において、“主に国内市場で用いられており、海外市場においてはその限りではない"という注釈を付しているものの、“SDGs債"いう呼称を打ち出している。

なお、SDGs債に関連する債券のラベルは、順次、ますます多様化されており、それはより斬新なラベルを張ることで投資家にアピールしようとしているものと考えられる。“ジェンダーボンド"は、明らかにソーシャルボンドの一種であるし、“トランジションボンド"は全体では必ずしも環境に優しいと言えない企業等が、温室効果ガス排出削減等の取組みを行うプロジェクトにリンクしたものとして発行されており、グリーンボンドを拡大解釈したものと考えられる。また、アジア開発銀行の策定した「海洋保全と持続可能なブルー・エコノミーのための行動計画」に沿ったものとして、海洋保全に関連したプロジェクト向け債券に付された“ブルーボンド"は、単なるグリーンボンドの一種と理解するよりも、サステナビリティボンドに含まれるものと解することが可能である。このように、投資家にアピールするために様々な呼称・ラベルが作られているが、各々が適切な基準に合致することが必要であり、また、資金調達以降もプロジェクトの状況について十分な開示・モニタリングを行われる必要がある。決して環境に優しいだろうといったイメージだけを付与するものであってはならないだろう。

SDGs債に投資する意義

株式領域におけるESG投資によって期待される効果は、企業のESG努力に見合った中長期的な業績の安定性・サステナビリティの向上の結果として実現される、長期の投資におけるリターンの安定及び向上と整理することができる。一方、債券領域については、債券そのものにリターンの上方硬直性が存在することから、株式と同様の発想に基づいた利回り向上意識したESG投資は、単純には馴染まない可能性が高い。

SDGs債の認証基準には国内外様々なものがあり、発行体も国、地方公共団体から政府関係機関、民間企業など多様である。世界的に権威を有すると認められる認証基準もあるが、「お金に色はない」以上、起債によって得られた資金を異なる用途に回しても投資家にはわからない可能性がある。

例としてSの要素を考えると、そもそも地方公共団体や政府関係機関の存立目的は社会や公共に資するためであり、いずれもソーシャルボンド発行体としての素地を有している。また、インフラサービスを提供する企業や政府関係機関等の発行する債券は、すべからくサステナビリティボンドと呼ばれてもおかしくない。適正な認定基準と運用が確保されなければ、グリーンウォッシュと批判されるように、SDGs債というラベルの意義が失われるだろう。少なくとも、紐付けられたプロジェクトの状況に関する情報の十分な開示が求められよう。

アセットオーナーがESG投資に注力している姿勢を関係者に強く意識してもらうためには、ESG投資を冠した株式運用やSDGs債を購入する債券運用を採用することが有用である。実際に、新規に募集されるSDGs債に対して、投資家が購入意欲を表明することが行われている。ESG投資に取組む姿勢を容易に明らかにすることができるため、投資家側にも単なるリターンを超えたメリットがあり、まさに投資家と発行体の両者に「Win-Winの関係」が構築されるのである。

但し、債券投資にリターンの上方硬直性があり、「お金に色はない」中でSDGs債を割高に購入することに対しては、受託者責任の観点からの疑義が呈される可能性がある。特に、曖昧な認定基準・運用の中で、グリーニアム等と呼ばれる割高さは容認されるべきでない。しかし、ESGに適切に取組んでいる企業については、経営が安定し信用リスクの振れ幅が小さいと考えられる。その結果として、社債に対する要求スプレッドが縮小するとも考えることが出来る。将来的には、ESGやSDGsに適合し難い企業の社債のみに対して、更なるスプレッドの上乗せが要求されることになるのかもしれない。

サステナビリティリンクボンドの新展開

2020年度に入って新しく日本の公募普通社債市場で見かけるようになったのが、サステナビリティリンクボンドである。公募社債において確認されたのは、12月に募集された芙蓉総合リースの第27回債が最初であろうか。その後も、複数の銘柄が募集されている。2020年度後半に見られた起債では、各々が異なる仕組みを採用していた。サステナビリティリンクボンドは黎明期にある債券種類のため、仕組みついても試行錯誤の最中であり、どのような仕組みが最終的に市場における慣行として定着するかは、興味深い。いずれも「サステナビリティパフォーマンスターゲット」(以下、SPTと略す)を設定するところまでは同様であるが、SPT達成の有無による影響が異なる。なお、SPTの具体的な定義は各々の起債で異なっているが、概ね再生可能エネルギー使用率等を採用している。SPTの設定内容が適切なものかどうかも、投資家は、ラベルに惑わされることなく、サステナビリティリンクボンドとしての適格性を吟味する必要があるだろう。

以下では、サステナビリティリンクボンドの具体例を幾つか見て行きたい。まず、芙蓉総合リース第27回7年債は、当初4年間が固定の0.38%クーポンであり、その後の償還までの3年間は、発行体がSPTを達成した場合にはクーポン水準が変更されず、未達成に留まった場合にはクーポンが0.48%に上昇する仕組みとなっている。次に、2021年3月に募集された高松コンストラクショングループ第2回5年債は、5年間のクーポンを固定した上で、SPTを達成できていない場合には、償還時に金額100円あたり0.50円のプレミアムを支払うものとする。償還時点でのプレミアム支払いではあるが、5年の保有期間に均すと0.1%の利回り上乗せ効果に相当する。芙蓉総合リース債とは異なり、償還時点での債券保有者しかプレミアムくぉ受取ることができないため、発行体がSPTを達成できるかどうかの見通しによっては、社債券の売却判断に影響する可能性があるだろう。そもそも、日本の社債は多くがバイアンドホールドの対象となっており、殊更に売却を抑制する効果が生じるかどうか疑問であるが。

同じく3月に募集された野村総合研究所第8回12年債は、当初10.5年間は0.355%クーポンであり、SPTを達成した場合には、発行体の選択で期限前償還を可能とし、SPTを達成していない場合には、残りの1.5年は0.811%クーポンにステップアップした利息を支払う仕組みとしている。つまり、SPTを達成できると考える投資家にとっては10.5年債であるが、あくまでも期限前償還を可能とする条項であって、発行体の状況によっては期限前償還をスキップされる可能性が残っている。

2021年度に入ってからも、サステナビリティボンドの募集は続いており、特に秋以降に募集されたものは、SPTを未達成に終わった場合、所定の額の外部団体等への寄付を発行体が約束するものとなっており、このようなSPT未達の場合に発行体が寄付を約束する形が定番になって来たようだ。約束した寄付を実行しなかった場合には、資本市場における発行体の信用が失墜することになるだろう。投資家は、発行体に対してサステナビリティを意識した経営の実行を求めるものの、固定利付である債券の特性を考えると、SPT未達の場合にクーポンのステップアップ等直接のメリットがなくても構わない。ESGやSDGsを推進するという観点が重要であり、通常の債券と同程度の利回りが確保できていれば十分であろう。SPT未達成の場合に、必ずしも利回りの向上を求める必要はない。むしろ管理上は、クーポンや償還元本が購入当初から変更される方が、面倒かもしれない。

これらサステナビリティリンクボンドの仕組みを概観すると、大きく二点の課題を指摘することが可能である。まず、発行体にとってはSPTを達成することによって、支払う金額を抑制したいインセンティブがあるものの、利回りが向上するタイプの仕組みの場合、投資家からすれば経済効率の面からはSPTを達成できない方が望ましい。つまり、投資家と発行体の利害が真っ向から対立する可能性があるということなのである。確かに企業がSDGsに即した経営目標を設定することは現代の潮流であるが、SPTの設定次第では緊張感のない基準となっている可能性がある。また、SPTの達成についても、発行体が自ら判定することは、お手盛りになる危険性がある。SPT目標の設定や達成の判定に関しては、第三者による厳格な認定と判定を求めることが必要である。

次に、いずれのサステナビリティリンクボンドも、発行体は超過利息の支払いや寄付の義務を回避できるよう、SPT達成に向けた経営努力を行うと期待されるが、その一方で、発行体による買入消却がいつでも可能と規定されている。そのため、時価であれば、いつでも発行済の社債券を買取ることが可能である。つまり、金利が上昇してしまっていたり発行体の信用状況が大きく棄損されているような状況であれば、アンダーパーでの買取りが可能となっている。そのような状況では、債券を買入消却することによってサステナビリティリンクを生じさせなくすることが可能である。信用状況の悪化している場合には、SDGsへの配慮を捨て、利益確保の観点から買入消却に向かう可能性を否定できない。サステナビリティリンクボンドについては、発行体が買入消却を行わない旨を宣言することが、必要ではなかろうか。


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德島 勝幸 (とくしま かつゆき)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 http://www.nli-research.co.jp/

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