「来年のマーケットはどうなりますかね?」師走を迎えると友人・知人のプライベートバンカー(以下、バンカー)から、そんな質問をよく受ける。年末年始、彼らバンカーがお客様である富裕層宅を訪問し、ご挨拶をする際に必ず話題になるのが今年の資産運用の成果であり、来年の見通しだからだろう。富裕層から切り出される前に、バンカーが自ら口火を切って誘い水を向けることもある。

一見、他愛もない会話のように思われるかもしれないが、バークレイズ・ウェルスISSヘッドとして富裕層ビジネスの最前線に立った経験から言わせていただくと、ここで注意しなければならない「心構え」がいくつかある。これは「年末年始のご挨拶」に限った話ではなく、本来はバンカーが常に心掛けるべきことだ。ぜひ参考にしてほしい。

心構え【1】 富裕層に一番に「ハウスビュー」を伝えること

プライベートバンカー,資格
(画像=repinanatoly / pixta, ZUU online)

「言うは易く行うは難し」という言葉があるが、その典型例が「ハウスビューを一番に伝えること」である。最近は独立系ファイナンシャルアドバイザーとも呼ばれるIFA(インベストメント・ファイナンシャル・アドバイザー)も富裕層と積極的に取引しているが、そもそもプライベートバンクに所属しているバンカーとIFAの最大の違いの1つに「ハウスビュー」の有無がある。

プライベートバンクには筆者がバークレイズ時代に率いていたようなリサーチ部門や各商品部門の専門家が、グローバルなネットワークを駆使し、常に市場動向や投資環境、そして商品の適合性(対市場、対投資家の投資家特性)などを分析検討し、アップデートする体制が確立されている。その膨大な分析結果やデータから作り出されているのが、いわゆる「ハウスビュー」と呼ばれるものだ。

当然のことながら「ハウスビュー」の内容はプライベートバンク毎に異なるものだ。だがそれはプライベートバンクが自社の看板に賭けて「これがベスト」と考えているものであり、お客様である富裕層はその看板や、従来からのトラックレコードなどに大きな信頼を寄せている。時々成績優秀(あくまでも預かり資産の額や年間の手数料収入などによる評価として)なバンカーが誤解しがちなのがこの点である。富裕層がまず知りたいのは「ハウスビュー」であり、バンカー個人の見立てや考え方のプライオリティはその次ということだ。

たとえば、バンカーと富裕層との取引でトラブルが発生したとしよう。プライベートバンクでは、その取引が正式な「ハウスビュー」に沿ったものであれば、充分なサポート資料が用意されている。あるいは仮にその資料が不足していたとしても専門チームがきちんと対応にあたることができる。加えて、重要なのはコンプライアンスの見地からも富裕層に対して正しいフォローアップができるということだ。

「禍を転じて福と為す」ではないが、上記のような総合的なバックアップ体制が評価されて、富裕層のさらなる信頼を獲得し、取引が拡大できた事例はたくさんある。

心構え【2】 「直近バイアス」の罠に注意すること

行動経済学の世界では「○○バイアス」などと人間の行動特性を分析することが多い。ここで注目したいのは、人間は「直近バイアス」と呼ばれる思考に陥りやすいとされていることだ。それは何かと言えば「人間は遠い過去よりも最近の出来事に高い価値を感じる」というバイアスが働きやすいということだ。

いうまでもなく、この約2年間は多くの人が「新型コロナウイルスの感染拡大」という問題に振り回された。足元では「オミクロン株」という変異株の問題が持ち上がり、多くの情報が飛び交っている。こうした状況下、2022年以降の投資環境を考える際にも、「直近バイアス」のおかげでどうしてもオミクロン株に代表されるような話題になりやすい。

お客様である富裕層とのやり取りでも、「直近バイアス」が働きやすいし、そのほうが会話も弾むかもしれない。しかし、その盛り上がった会話が結果として「来年も大変な1年になりそうだ」という悲観的な感情を(必要以上に)膨らませることにもなりかねない。そのような雰囲気ではとても商談を進めることはできないだろう。

筆者は直近の話題を全否定するつもりはないが、くれぐれも「直近バイアス」の罠に陥らないように注意すべきである。

心構え【3】 資産運用は長期間にわたって行うものと心得よ