~2020年実施のGoToトラベルから変更された、注目すべき5つのポイント~
要旨
- 昨年 12 月に一時停止された GoTo トラベルキャンペーンは、2021 年 11 月 19 日に閣議決定された経済対策の中で再開が盛り込まれており、内容についても大きく 5 つの変更が見られた。
- 感染予防に関して、これまでは事業者による感染予防対策の徹底という条件に止まっていたが、ワクチン接種証明・陰性証明の活用利用条件として設定される。
- クーポン付与金額を平日 3,000 円、休日 1,000 円と、平日の付与額を休日と比較して大きくすることで、かねてから観光産業の課題となっていた旅行需要の平準化を促進している。
- 交通付き旅行商品の割引上限額を増額することで、コロナ禍で特に打撃を受けた飛行機や新幹線等の交通機関の利用を促進し、地方が他県から観光客を誘致することを後押ししている。
- クーポン付与額を定率から定額の変更することで、高価格帯の旅行商品に恩恵が偏ることを是正し、低価格帯の旅行商品の割引率が相対的に高まる仕組みになっている。
- 割引率を段階的に引き下げることで、制度終了前後における駆け込み需要と反動減を抑制する ことが可能になり、GW後は国による事業から都道府県による事業となることで、各地域の実態 に合わせた運営が可能になる。
2020年実施のGoToトラベルキャンペーンから変更された、注目すべき5つのポイント
新型コロナウイルスの感染拡大によって打撃を受けた観光産業を後押しするために、政府は2020年7月22日から国内旅行代金を国が支援するGoToトラベルキャンペーンを開始した。GoToトラベルキャンペーンはコロナ禍で抑制された宿泊需要を喚起する上で重要な役割を担ったものの、感染状況が再び悪化したことにより、2020年12月28日から一時停止されることとなった。長期間停止されていたGoToトラベルキャンペーンであるが、2021年11月19日に閣議決定された経済対策において、GoToトラベルキャンペーンの再開が盛り込まれた。再開時期については未決定ではあるものの、内容については主に5つの点が変更されている。
第一に、ワクチン接種証明・陰性証明の活用が挙げられる。2020年のGoToトラベルキャンペーン時にはコロナワクチンの接種が開始されていなかったため、事業者による感染防止対策の徹底という条件に止まっていたが、新たなGoToトラベルキャンペーンにおいてはワクチン接種証明・陰性証明が利用条件として設定される。
第二に、旅行需要平準化の促進が挙げられる。新たに実施されるGoToトラベルキャンペーンでは、クーポン付与金額を平日3,000円、休日1,000円と差をつけることで、平日での旅行需要を喚起することが目指されている。かねてから旅行需要は休日に偏っており、旅行需要の平準化が課題となっていた。古いデータにはなるが、観光庁「GWにおける観光旅行調査」における2009年のデータによると、年間旅行量の多くが年末年始やゴールデンウィーク、土日に集中しており、平日での旅行量はわずか16.5%に止まっている(※1)。平日に旅行をしにくい現役世代と時間に余裕のある高齢者との間に生じる公平感については議論の余地があるものの、これまで高齢者の宿泊需要は他の年代と比較しても大きく減退しており、この部分を下支えする可能性があるという点においても平日と休日のクーポン付与金額に差をつけることは意味があるものと考えられる。
第三に、地方への観光への配慮が挙げられる。新たなGoToトラベルキャンペーンでは、交通費を含む旅行商品について、交通費を含まない旅行商品と比較して、支援額が上乗せされている。コロナ禍では県を跨いだ移動が手控えられ、旅行の目的地が遠くから近くに変化してきている。この点については、内閣官房・経済産業省が公表するV-RESASでも確認できる。都道府県内での旅行が2019年比で伸びる一方で、都道府県外での旅行は全体としてはかなり低迷していることが示されている。また、目的地が近くになったことに伴い、新幹線や飛行機の利用機会が大きく減少している。観光庁が公表する旅行・観光消費動向調査を見ると、コロナ以降、新幹線や航空といった長距離移動に関する旅行単価が低下する一方で、ガソリンの旅行単価が上昇している。 コロナ禍で旅行の目的地が近くなったことに加え、不特定多数と同乗する交通機関よりも、家族や友人と車で移動することが選好されたものと見られる。交通付き商品の割引額を増額することで、交通機関の利用を促進するとともに、地方が他県から観光客を誘致することを後押しすることも可能になる。
第四に、低価格帯旅行商品の実質的な割引率の引き上げが挙げられる。割引率・割引上限を引き下げて、地域共通クーポンを定額化することで、低価格帯旅行商品の割引率が実質的に引き上げられることになる。2020年のGoToトラベルキャンペーンでの支援額の上限は、1人1泊当たり上限2万円(日帰り旅行は上限1万円)であり、そのうち35%が割引、15%がクーポン付与という形で、定率で支援額が決定されていたため、宿泊旅行の場合は4万円、日帰り旅行の場合は2万円の旅行商品を購入することが支援額・支援割合を最大化する最も効率的な選択となり、それ以上の高価格帯や低価格帯の旅行商品に恩恵が及びにくい構造となっていた。特に、低価格帯の事業者からの不満は大きく、問題点として指摘されていたため、その点が今回是正された形だ。
第五に、ソフトランディング措置が挙げられる。新しいGoToトラベルキャンペーンでは、段階的に割引率が低下する設計になっている(GW前:30%→GW後:20%上限)。割引率を段階的に引き下げることにより、キャンペーン終了前の駆け込み需要とその後の反動減を一定程度抑制することが可能になる。また、GW後についてはGoToトラベルキャンペーンが国による事業から都道府県による事業へと移行するため、より地域の実態に合わせた運用が可能になる。2020年のGoToトラベルキャンペーンにおいては、地域における観光産業の重要性や感染動向によらず、基本的には一律の運用がなされていたが、都道府県が事業者となることで、各地域での状況による運営が可能になるだろう。
昨年実施されたGoToトラベルキャンペーンは、観光産業の後押しになったと見られるものの、実施を急いだこともあり、感染拡大への影響や旅行商品の価格帯での不公平感等、多くの指摘がなされた。来年実施が見込まれる新しいGoToトラベルキャンペーンについては、上述の指摘への対応に加え、観光需要平準化や地方への配慮、キャンペーン終了時におけるソフトランディングなど、様々な点を考慮した制度になっている。(提供:第一生命経済研究所)
(※1) 暦の日数と旅行量のデータは2009年以降更新されていない。その後、2019年4月からの有給休暇の取得義務化によって連休や土日祝日での旅行需要の集中は幾分緩和された可能性はあるが、依然として平日での旅行需要は小さいと考えられる。
第一生命経済研究所 経済調査部
主任エコノミスト 小池 理人