要旨
政府のガソリン補助が始まった。仮に、ガソリン・灯油に最大1リットル5円の補助を行うとしても、2人以上世帯で月当たり239円の軽減にしかならない。また、893億円の予算枠では、5円の補助をせいぜい2.8か月しかもちそうにない。そうした価格補助は、減税と同じで、効果の持続性には限界がある。
家計への効果
1月27日から、ガソリンなど燃料価格を抑制する制度が発動された。仕組みは、レギュラー・ガソリン1リットル170円を超過したとき、超過分を石油元売り会社に補助するかたちで、小売価格を引き下げるものである。その場合の上限は5円になるので、例えばガソリンの1リットル175円になりそうなときは、補助後の価格は170円になる。筆者の計算では、原油市況WTIとガソリン価格が連動しているため、1バレル+7.6ドルの値上がりでガソリン価格は+5円上昇することになる。従って、1バレル85ドルが92.6ドル以上になると、補助の効果は出尽くして、その後のガソリン価格は値上がりしてしまうことになる。
では、1リットル5円の範囲の補助によって、家計はどのくらい恩恵を受けるのであろうか。2020年の総務省「家計調査」では、2人以上世帯のガソリン消費量は年間407.3リットルであった。仮に、最初の発動週に行われる1リットル当たり3.4円の補助であれば、月当たり115円(年間1,385円)の支出増を政府の支援で肩代わりしてもらえる計算になる。これが1リットル5.0円であれば、月当たり170円(年間2,037円)となる(図表1)。このように計算してみると、恩恵は意外に小さいことがわかる。
また、この価格補助は、灯油にも適用される。その補助額はガソリンと同額に設定されるようだ。そうすると、2人以上世帯の灯油消費量は、2020年166.5リットルなので、ガソリンと合算すると、1リットル5円の支援は家計に月当たり239円(年間2,869円)の恩恵を与える。灯油を合算しても、やはり恩恵は小さい。
なお、こうした支援は金額こそ小さいが、家計が感じる物価上昇の痛みを封じるには、一定の効果がありそうだ。なぜならば、消費者が感じる物価上昇の痛みは、購入頻度が多いものによって生み出されやすい。食料品やガソリン・灯油はその代表例だ。最近の消費者庁「物価モニター調査」では、物価上昇の実感が強いものとして、食料品やエネルギー品目が上位に挙げられている(図表2)。従って、ガソリン・灯油の価格上昇が一時的であっても抑えられれば、物価上昇の実感は多少は緩和される。
支援効果の持続性
実は、ガソリンの消費に占める自家用の割合は、全体の約3割程度である。もっと大きいのは営業用の消費量である。つまり、ガソリン価格が軽減される恩恵は、運輸などの事業者にも及ぶ。
そこで、日本全体に1年間で及ぶ恩恵を、ガソリン・軽油・灯油の供給側の統計から導き出した(重油は含まず)。2020年度の消費量は757億リットルである。仮に、1リットル当たり5円の支援が行われるとすると、年間3,787億円の支援が行われることになる。
しかし、経済対策におけるガソリン補助は予算措置が893億円しかない。これは、政府が1年間に亘って、5円の支援を継続するのではなく、もっと短い期間だけ支援を実施する考えであることを反映している。その期間を計算すると、約2.8か月になる(=893億円÷3,787億円×12か月)。
このガソリン補助のための893億円は少なすぎるという見方もあるが、筆者はもともと2~3か月間の原油高騰を緩和できればよいという考えで始められたものだと理解している。急激な原油高騰を一部だけでも緩和できればそれでよいという意味なのだろう。
補助金によるインフレ対策の限界
経済対策の歴史の中で、国民の生活をインフレから守ろうとする試みは幾度も行われてきた。記憶に新しいのは、民主党が2009年に衆議院選挙のマニュフェストにガソリンの暫定税率の廃止を掲げたことだ。
しかし、幅広い範囲でのインフレの痛みの中で、ガソリン・灯油だけを補助金を使って一時的に安くしようとしても、それは所詮限界がある。この安くする原資は税金だから、姿を変えた減税を時限的に実施するのと同じだ。だから、減税の原資に限りがあるように、価格補助の継続性にも限界がある。
それに、ガソリン・灯油への価格補助の場合、「なぜ、脱炭素化を目指す政権が化石燃料の援助を行うのか?」という疑問を持つ人も多いはずだ。化石燃料を割安にするとCO2排出量は増える。もしも、必需品の支援ならば、食品や医薬品の価格支援の方を優先する考え方もできる。なぜ、ガソリンの減税が優先順位が上位なのかという説明もほしいところだ。
仮に、コロナ禍での家計の負担増が問題だというのならば、輸入物価の上昇が円安によって進んでいることも考慮する必要がある。岸田政権は、この点をどう捉えるのだろうか。筆者の解釈は、円安の痛みがあっても、為替レートを人為的に動かすことは適切ではないので、代わりに賃上げを促進することで、家計が物価上昇に対して耐久力を持てるようにするしかないというものだ。おそらく、岸田政権もそのように考えているだろう。
現在、2022年の春闘が始まり、労使がともに一致点を見出そうとして、できる限りの賃上げを目指している。官民が賃上げに力を注ぐことは、インフレ対策としての正当性もあると考えられる。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生