この記事は2022年2月25日に「第一生命経済研究所」で公開された「コロナ禍が明らかにした失業者救済措置の課題 」を一部編集し、転載したものです。
- コロナ禍が長引く中、雇用維持のために敷かれた雇用調整助成金の特例措置も長期化している。この中で明らかになった日本の失業者救済措置の3つの課題を指摘する。
- 第一に支給スピードの遅さ、利用者の利便性だ。コロナ危機当初は海外に比べて支給スピードの遅さが目立った。先にお金を配って後に返却を求めるアメリカの施策に対し、日本の雇用調整助成金は休業の事実が発生した後に申請、支給が行われる。この点で、危機時における企業の資金繰りへの配慮を欠いた設計になっていた。
- 第二に、雇用調整助成金から漏れる人たちが発生したことだ。休業手当を支給しない企業では雇用調整助成金が機能しないケースが生じた。また、個人事業主であるフリーランス・ギグワーカーには既存の社会保障が手薄であり、急遽別の財政措置を用意する形での対応がなされた。日本はなおフリーランス・ギグワーカーを個人事業主として扱う方針だが、海外では職種等に応じて雇用者としてみなす方向性を示す動きがある。日本でも実態に即した法整備が必要である。
- 第三に、特例措置が長期化する中で、雇用調整助成金が「成長産業への労働移動を阻害している」という批判が高まっている点だ。ただ、不況期には待遇改善等の伴う良い労働移動は難しくなるのが自然だ。失業給付の上乗せ等で対応したアメリカでは、日本よりはるかに大きな規模の失業が生じ、経済回復の進む中でも雇用の回復が遅れ、供給制約が深刻化している。概して危機時には保護重視、平時には労働移動重視の政策が望ましいと考える。労働移動を促す観点では、雇用調整助成金の在り方のみではなく、労働移動を妨げるその他の仕組み―退職金制度や副業禁止規定等の見直しも不可欠だ。
※本稿は(株)常陽産業研究所への寄稿に加筆・修正を行ったものである。
長引く雇用調整助成金の特例措置
2020年から続く新型コロナウイルス禍はおよそ3年に亘ろうとしている。この間、感染拡大防止のために経済活動に制約が課される中で、雇用維持政策の柱として機能したものが雇用調整助成金だ。雇用調整助成金は雇用保険の事業として平時から措置されているものだが、コロナ対応のために支給水準充実などの特例措置が敷かれた。当初一時的な施策として打たれた特例措置は、コロナ禍長期化の中で当初予定からの延長が繰り返されてきた。特例措置実施後の雇用調整助成金の支給額は、コロナ流行後の2020年3月から2021年12月の累計で5兆円を超えた。
雇用調整助成金は企業が休業者に支給する休業手当の企業補助を通じて、雇用環境の悪化を極小化することを目指したものだ。政府の分析によれば、雇用調整助成金は2020年の完全失業率を2.6%pt程度抑制した効果があったとされている。人数にすれば約180万人相当だ。急速な経済収縮の中で、雇用調整助成金をはじめとする政府の大規模な財政支援が雇用維持に貢献したことは疑いないだろう。
その一方で、長期化するコロナ禍は日本の失業者救済措置の課題も浮き彫りにした。本稿ではコロナ危機で明らかになった3つの課題について解説していく。
課題①:支給までのスピード、政策の情報提供体制、デジタル化
まず、2020年のコロナ危機当初に、雇用調整助成金をめぐって問題となったのは支給までのスピードだ。急速に経済活動の縮小が進む中で資金繰りに窮した企業にとって、支給までのスピードは生命線だ。雇用調整助成金は企業が休業手当を支払った後に申請を行い、そのあと数週間後に着金となる。
これに対し、アメリカでコロナ危機当初に打ち出されたPaycheck Protection Program(給与保障プログラム)は、困窮企業への融資を行うものであったが、最大の特徴は「雇用を維持した企業に対しては最大1000万ドルの返済を免除する」としたことだ。融資の名を冠してはいるが、実質的には雇用維持に対する給付にあたるものだった。日本の雇用調整助成金は、「雇用を維持する」「休業手当を支払う」ことを条件に企業が助成金を支給するものだ。アメリカはまず融資として企業に資金を提供した後に、「雇用を維持していなければ」返済を求める、という方法をとった。アメリカの制度は順番が反対になっており、困窮企業への速やかな支援につながった。
イギリスでは、コロナ感染拡大を受け、給与の8割を政府が給付する制度が設けられた。日本の雇用調整助成金は企業の支給した休業手当(労働基準法の最低ラインは平均賃金の60%)のうちの一定割合が支給される。イギリスの仕組みは日本の雇用調整助成金に似た制度に見えるが、イギリスの制度では“従前の給与額”×80%が支給される。実際の休業手当支給額を基準とせず、従前の給与額を基準としたため、助成金を給与支払い前に受け取ることが可能なスキームになっていた。この点も給付のスピードに配慮した仕組みになっていた。
また、これらの経済政策の「利用しやすさ」にも違いがみられた。イギリス政府のサイトでは、新型コロナウイルスを受けた経済対策を含め、政府サービスの情報が一元的に整理されており、コロナ関連の経済対策についても、業種や企業規模などに関する質問に答えていくことで、その人が受けられる様々な政府支援が一括で表示される。日本でも首相官邸のHPにおいて、経済対策をまとめたページが設置されたが、それぞれの政策名称をクリックすると、経済産業省や厚生労働省など所管の官庁や金融機関のサイトへ飛ぶ形になっていた。現在は改善が図られているが、自分がどういった支援を受けられるのか、それぞれの情報から照合していかなければならず、諸外国と比べて政策の情報発信に課題が残った。また当初は雇用調整助成金のオンライン申請の仕組みも整っておらず、ハローワーク(公共職業安定所)での対面手続きが必要だった(現在はオンラインでの申請が可能)。
これらの出来事は日本の行政サービスのデジタル化の遅れを浮き彫りにし、その後の「デジタル庁」発足につながることとなった。
課題②:雇用調整助成金から漏れる人たち
政府は雇用調整助成金を雇用維持策の柱とする一方で、2020年7月から別制度である「新型コロナ対応休業支援金・交付金」を創設、受付を開始した。この制度は企業ではなく、休業させられた労働者自身の申請で支給される点が特徴だ。創設の背景には、一部で休業手当の支給を見送る企業があったことがある。
見送りの理由の一つは、雇用調整助成金が先に見たように利用する企業側にとって資金繰りの観点で使いにくい制度になっているという問題だ。雇用調整助成金は「休業手当を支払ったこと」を要件とした後払いの助成金であるため、支給されるまでの期間は企業側に持ち出しが発生する。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う需要の蒸発によって、資金繰りに窮している企業にとっては、この一定期間の持ち出しが助成金利用のハードルになった。
また、雇用調整助成金の抱える根本的な課題として、労働基準法の休業手当は、新型コロナによる休業を行った際に、必ずしも事業主に支払いが義務付けられているものではない、ということが挙げられる。休業手当は「使用者の責」での休業時に労働者に支払うことが労働基準法で義務付けられている。ただ、新型コロナについて厚労省通達では、(1)原因が事業の外部より発生した事故であること、(2)事業主が通常の経営者として最大の注意をつくしてもなお避けることのできない事故であることの2点が満たされれば使用者の責には当たらず、支給義務も発生しない旨が示された。つまり、企業側が休業を回避するために最大限の努力をすれば、休業は不可抗力とみなされ、休業手当の支払義務は生じない。支払義務が発生しない以上、休業手当の支給も事業者側の判断、雇用維持への意志にゆだねられることになる。休業手当が支給されなければ、その助成のための雇用調整助成金の支給も進まない。こうなれば困るのは休業によって無給状態に陥る労働者である。
雇用調整助成金の支援から漏れたのはこうした人たちのみでなく、近年増加しているとされるフリーランスやギグワーカーと呼ばれる人たちも含まれる。フリーランスは企業と雇用関係を結ばずに特定の組織などに属さず、独立して仕事を請け負う働き方だ。内閣府(2019)では306万人~341万人程度がこのフリーランス形態で働いていると推計している。ギグワーカーも広義のフリーランスの一種で、インターネットなどを通じて単発で配達などの仕事を請け負う人たちを指す。基本的に雇用関係を結ばないために個人事業主扱いとなるが、雇用調整助成金の対象は雇用者だ。コロナ禍でこうした人たちのセーフティネットの格差が露になった。
既存の社会保障制度には、業務起因のケガや病気に対する補償を行う労働者災害補償保険(労災)や、失業時などに支給される雇用保険などがある。また、すべての労働者に適用される労働基準法は、労働時の契約や労働時間などについて規定し、労働者の権利保護を図っている。しかし、これらの法律・制度の多くは雇用されている人を対象としているため、非雇用者を対象としていないものや、雇用者と非雇用者との間で給付内容などに差があるものが多い。例えば、労働基準法には休業手当の規定が存在しており、企業が使用者の責にあたる理由で労働者を休業させる場合には、平均賃金の6割以上の休業手当を支払う義務を定めている。雇用調整助成金は、この休業手当の支払いのために企業に助成金を支給する制度である。加えて、健康保険には病気・けがで働けない日数×月給×3分の2が支給される傷病手当金の仕組みがある。しかし、労働基準法の対象は労働者であり、個人事業主扱いになるフリーランスの場合は法制度がそもそも適用されない。雇用調整助成金もまた雇用保険に加入している労働者に支払う賃金を助成の対象としている。傷病手当金は雇用者が加入する健康保険には備わっているが、自営業者などが加入する国民健康保険には存在しない制度だ。個人事業主であるフリーランスにはこうしたセーフティネットが備わっていないのだ。
フリーランス形態の人たちのセーフティネットがないことから、今回政府は一時的にフリーランスを対象とした財政措置を急遽用意することで対応した。国民健康保険の加入者にも傷病手当金を支給できるよう自治体への財政支援を行ったほか、フリーランス向けの融資、給付を措置した。制度の穴を急遽用意した財政措置でカバーする形となったわけだが、本来的には必要なセーフティネットは恒久的な仕組みとして用意しておくことが望ましい姿だろう。
こうした経緯もあって、2021年9月からフリーランスの人も労災保険に任意加入することができるようになった。労災保険には、以前から雇用者以外も例外的に加入を認める特別加入の仕組みがあったが、ここにフリーランスを加えた形だ、保険料は自己負担となるが、事故の際の保険給付は一部を除いて概ね雇用者に近い給付が得られる。
もっとも、フリーランス、ギグワーカーをあくまで個人事業主として扱う日本に対して、海外ではこうしたフリーランスの一部を雇用者と同等に扱う動きが出てきている。2021年12月に欧州委員会はギグワーカーの保護を目指す法案を示した。個人事業主であっても、以下の5つの基準のうち2つを満たせば従業員とするものだ。
- (1)企業が報酬の水準や上限を定めている
- (2)仕事の成果を電子的に監視している
- (3)仕事の選択や労働時間・休暇の自由、委託業者の利用(再発注)を制限している
- (4)服装や行動に制限を設けている
- (5)顧客基盤の構築や第三者のために働く発展性を制限している
フリーランスという働き方は「雇用関係を結ばない」ことによって、複数の企業から仕事を個人で請け負うなどの多様な働き方を可能にしている。これらすべてを「雇用」に内包することは、柔軟な働き方を阻害することになる。しかし、職の安定化を図る上で、特に専門性の低い単純労働に従事するフリーランス・ギグワーカーは積極的に雇用化して雇用者のセーフティネットを受けられるようにすることも検討していくべきではないか。2000年代における非正規雇用の拡大は、働き方の多様化に貢献した一方で、リーマン・ショック、今回のコロナ危機においても雇用調整圧力が集中したのは非正規雇用の人たちが中心だった。さらに遡れば、「フリーター」という言葉も生まれた当初は「自由な働き方をする若者」を指すポジティブなニュアンスが強い言葉であった。しかし、バブル崩壊に伴う経済環境の悪化によって、職の不安定さなどを象徴するネガティブワードに変わってしまった。「フリーランス」が同じ轍を踏まぬように、働き方の多様化の中、すべてを一概に個人事業主として扱うのではなく、その実態に即した法制度の整備が求められている。
課題③:成長産業への移動阻害との批判とどう向き合うか
長期化する雇用調整助成金・特例措置をめぐっては、既存雇用へのつなぎ止めが成長分野への労働移動を抑制しているとの批判もある。本来であれば失業して別の企業に移動するはずだった人が既存企業に留まることになり、経済の新陳代謝を阻害している、との考え方だ。
ただ、不況期には経済環境悪化の下で求人も少なくなり、良い形での労働移動ができる可能性は低くなるのが通常だ。加えて、現在の日本では成長産業への労働移動は稀であり、転職者はほとんどが同じ産業で転職をする。産業構造の大きな変化をもたらしたコロナ禍のなかにあっても、この傾向は変わらなかった。ここを公的職業教育等の充実によって変えていくべき、という議論はあっても良いと思うが、不況によって選択肢の狭まった状態にある失業者にこれを求めるのは酷であろう。
日本よりも流動的な労働市場を有するアメリカでは、コロナを経て日本をはるかに上回る規模の失業者が生じたが、経済回復過程に入っても失業した人たちが労働市場に十分に戻ってこない、という悩みに直面している。アメリカで起きている大量離職現象は「the Great Resignation(大退職時代)」とも称されるようになっている。アメリカはコロナからの早期経済回復を遂げているが、需要が回復する中でもそれに対応した財・サービスを供給できる雇用がなく、深刻な人手不足は物流や生産工程におけるサプライチェーンの停滞を招き、経済成長の足枷となっている。一度離職した人たちが、経済回復後にすぐに労働市場に戻ってくるとは限らないのだ。
以上を踏まえると、概して危機時には保護を重視した施策が、平時・好況時には労働移動を重視した施策が望まれるのではないか。日本がコロナ危機の中で雇用調整助成金を通じて雇用維持を重視した政策を取ったことは評価されても良いと考える。雇用の悪化がアメリカほどにはならなかった日本では、経済回復過程で極端な人手不足を起因とするアメリカのようなサプライチェーン危機が起こりにくいはずだ。
より議論が交わされるべきなのは、「危機時」ではなくコロナ後の「平時」における雇用調整助成金の在り方だろう。待遇の向上する良い労働移動が実現しやすい平時・好況期にこそ、既存雇用を延命する雇用調整助成金よりも労働移動の促進に重きが置かれるべきである。また雇用調整助成金のみならず、長い勤続年数を優遇する退職金・退職所得税制や副業禁止規定など、労働移動のインセンティブを削ぐ仕組みは多岐にわたる。これらを包括的に見直す視点が必要だ。(提供:第一生命経済研究所)
【参考文献】
田中・西濱・桂畑・星野(2021)「コロナ禍と世界経済」金融財政事情研究会
第一生命経済研究所 経済調査部
主任エコノミスト 星野 卓也