本記事は、上田篤盛氏の著書『超一流諜報員の頭の回転が速くなるダークスキル - 仕事で使える5つの極秘技術 -』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています。
★ 会話と思考の瞬発力、未来予測のために
諜報員には記憶力が必要だ。
最大の理由は、秘密の活動に従事する諜報員が重要なメモを落としてしまったり、持ち物検査をされたり、逮捕されてメモを取り上げられると大変なことになるからだ。諜報員は、メモを紙に書いても、スマホに記録してもいけない。
相手に接近してほしい情報を聞き出そうとするときには、メモを取ることがご法度の場合もある。
「メモを取ってもいいか」と聞くだけで、緊張感が生まれたり、相手が警戒して、話すことを
ビジネスパーソンは、諜報員のようにメモができないという状況はないだろうが、記憶力が良ければ良いに越したことはない。
昨今では、インターネット上でなんでも調べられて、記憶力の重要性は下がっている。たしかに、それは正しい面もあると思う。しかし、記憶力を高めておいて損はないと私は考えている。
また、お話しすることは、会話術や分析術を高めるときにも役立つ。
この2つは、記憶がものを言う。
人と話をするときも、自分ひとりで考えごとや戦略を練るときも、いちいち情報を得るために、インターネットにアクセスしていては時間がかかってしまうし、思考が止まる。
また、少し先の未来を見通す洞察力は、目の前の情報を過去の情報とリンクさせて解釈することで可能になる。過去の情報を引き出せない人は経験が活かせないし、失敗を続けてしまうのだ。
諜報員は過去の経験を呼び起こし、それを現状に照らし、「何か変だな」と感じる力を持つ。それが、ちょっとした先にある未来の兆候を感じ取ることにつながる。
一片の兆候を探知する感知力、その背後にある真相を探る洞察力、これが未来予測のセンスであると私は思う。
ビジネスパーソンは「タテの変化」に気づくことが大切だ。タテの変化とは、過去と比べて現状がどのように変わったか、それはなぜか、ということだ。
つまり、因果関係を探る思考である。そして、未来予測は、因果関係というミラーを通して行なうのである。
その際のタテの変化が兆候である。兆候を探知できるかどうかは想起力にかかっている。
それを鍛える秘訣は好奇心である。関心があることに対する周辺記憶はどんどん蓄積される。正確な記憶でなくてもいい。
「なんか過去にも同じようなことがあったな、でも過去とは何か違っているな」と感じることが重要だ。
変化の詳細は、そのときそのとき調べればいい。だが、調べる入り口に立つカギとなるのは、好奇心によって高められた関心領域に対する周辺記憶なのである。
これらの理由から、ビジネスパーソンも諜報員の記憶術を知っておいたほうがよいと私は考える。
タテの変化に気づくために記憶を使う
★KGBが使う3つの記憶術
記憶術に関するビジネス書はよく売れていて、ビジネスパーソンにとって記憶力を高めるスキルはまだまだ人気が高いことがわかる。
勉強に使ったり、対面で使ったり、思考の質を高めるために、記憶術が役に立つのだろう。
『KGBスパイ式記憶術』(デニス・ブーキン/カミール・グーリーイェヴ)という本がある。
この本では記憶術の三原則として「関連付ける」「情報を視覚的にイメージする」「感情を伴わせる」を挙げている。
重要なことは情報を記憶できるかよりも、記憶した情報を必要なときに呼び起こし、引き出し、活用できるかどうかなのだ。
すなわち、記憶すること自体よりも、記憶に
●関連付ける
何かを覚えるときに、すでに知っていることに関連付ければ簡単に覚えられて、必要に応じてすぐに思い出すことができる。
簡単な例では、単語を覚える語呂合わせのようなものがある。
私が高校生のときに、lamentableという単語を覚えるのに、ラーメンにコショウをかけすぎて、目から涙が出て悲しい、というイメージで覚えるという方法を聞いた。
半世紀近くたってもこの単語の意味が「悲しむべき」と覚えている。
これが「関連付ける」ということである。
●情報を視覚的にイメージする
「情報を視覚的にイメージする」とは、物事を頭の中に映像化して覚えることである。
論理よりも、視覚イメージで記憶するほうが得意な人は多い。
記憶力を向上させるためには、記憶したいことを意識して視覚化するといい。
今日、スーパーでどんな商品を買ったのか。
ポリ袋にどんな商品を詰め込んだかはなかなか思い出せない。だが、買い物カゴに商品をつめ込んだときのイメージをよみがえらせると思い出せる。なぜならば、立体的に整理して入れるので、イメージが再現しやすい。つまり、イメージを可視化して記憶するのだ。
●感情を伴わせる
「感情を伴わせる」とは、物事を覚えるために意識して感情移入することである。
人間の脳は、強烈な感情を伴う出来事を最優先に記憶しようとする。つまり、記憶力は、感情によって活性化されるのである。
楽しかったこと、悲しかったこと、悲劇的なことは記憶によく残る。だから、記憶したい情報に対して、意識的に感情を込めることが重要になる。
ビジネスパーソンも、この三原則は覚えておいたほうがいい。
〝関連付け〟〝視覚イメージ〟〝感情〟を使って記憶する
★三原則をさらに有効に使いこなす!
『KGBスパイ式記憶術』では三原則を応用して、「場所記憶法」「ストーリー記憶法」「変換法」などの代表的な記憶術も紹介している。これらは、スパイも使っている記憶法だ。
●場所記憶法
場所記憶法とは、自宅の見取り図などをイメージして、それに関連させて記憶していくという手法だ。
1.玄関、2.トイレ、3.浴室、4.洗面所、5.キッチンといった具合に、自分の家に入ってから右回りでも左回りでもいいので、「場所」を用意する。その場所に覚えることを関連させたイメージをつくって記憶する。
たとえば、関係のない単語を5個覚えていく場合を考えてみよう。覚える単語は次の通りだ。
自転車、本、馬車、アイス、医師。
その場合こう考えてみよう。
- 玄関に大きな自転車が突っ込んできたイメージをする。
- トイレで本を読んでいるイメージをする。
- 浴室で馬車の形をした石けんを使っているイメージをする。
- アイスを食べた後に、洗面所でうがいをするイメージをする。
- お医者さんがキッチンで健康食をつくっているイメージをする。
こうしたイメージを順番につくっていって、場所をイメージしながら、覚えた単語を順番に記憶から引き出すことができる。
●変換法
数字を覚えるときには「変換法」を使う。
たとえば、00はおおかみ、04はおしぼりといった具合に置き換える語呂合わせも変換法のひとつだ。「なくよ(794)うぐいす平安京」などは、とても有名だろう。
私の自動車のナンバーは「6415」なので、「むじいこ(無事故)」で覚えた。昔の私の電話番号は「971-2317」は「こないにいさんいいな(来ない兄さんいいな)」。少々苦しくても、意外と大丈夫である。『KGBスパイ式記憶術』では、数字を次のように数字の形によく似た物に置き換えている。
- ボール、帽子、指輪
- ロウソク、
槍 、羽根 - 白鳥、カタツムリ、電気スタンド
- 口ひげ、雲、ラクダ
椅子 、帆船、風向計- クレーンのフック、ひしゃく、ヤシの木
- 象の鼻、手押し一輪車、茎の付いたスイカ
- ドアノブ、電気スタンドの支柱、ゴルフのクラブ
- メガネ、砂時計、自転車
- ひもの付いた風船、鎖の付いた片眼鏡、棒付きキャンディ
数字を覚える場合は、こういった似た形のものに置き換えると記憶はぐっと強まる。さらに、ストーリーもつくってみるとより覚えられる。
たとえば、「10268」という数字を覚える場合は、ロウソク、帽子、白鳥、象、自転車をイメージする。
さらに記憶を強めたいなら次のように考えてみる。
ロウソク(1)が倒れて、帽子(0)に火がつく。
それを消すために、白鳥(2)が水の入ったバケツくわえて運んでくる。象(6)も水を鼻から噴射して消火活動をしてくれている。
あなたは自転車で(8)消防署に助けを呼びに向かう。
こういったストーリーをつくって数字を覚えると記憶は強まる。
〝場所〟と〝変換〟で記憶を強める
★西洋スパイと忍者に共通する記憶術
少し話が脱線するが、記憶術に関しておもしろいと感じたことがあった。
陸軍中野学校では、甲賀流忍者の継承者である藤田西湖という人が、忍者の術を講義した。先にも述べたが、忍者は諜報員の先駆者だ。
記憶術は、西洋のスパイだけのものではなく、忍者も使っていたのだ。
忍者は諜報員との共通性が多い。両者ともに困難な状況を克服し、単独で情報を収集して状況判断する。捕虜になろうとも生き延びて、その情報を報告する。
情報を集める忍者も、いつ敵に捕まるかわからないのでメモなどはご法度であり、記憶力が必須であった。
テレビなどで忍者が屋根裏に忍び込むシーンを見たことがある人も多いと思うが、暗闇の中でメモは取れない。
江戸の忍者は遠い地方に出かけて、帰って来てから報告するので、何日も記憶しておく必要があったので、忘れないようにするため独自の方法を考え出した。
忍者は変換法や連想法に似た技を活用していたようである。これはKGBの「関連付ける」技術である。
覚えるものを何かに置き換えて記憶する方法であり、たとえば、数字は体の部分や食べ物に置き換える変換法で記憶した。
たとえば、1=頭 2=額 3=目 4=鼻 5=口 6=喉 7=胸 8=腹 9=尻 10=足。
体の上から順に下りていき、その場所から数字を連想した。「置き換える術」は、原理としては西洋の諜報員の記憶術と同じである。
また、忍者には「
たしかに、体に痛みを感じながら記憶していくと忘れにくくなりそうだと思う。
刃物で自分を傷つけることはないが、体の部分をたたいたり、つねってみたりしながら記憶していくのは効果がありそうだ。
体に刺激を与えながら覚える
株式会社ラック「ナショナルセキュリティ研究所」シニアコンサルタント。
1960年広島県生まれ。防衛大学校(国際関係論)卒業後、陸上自衛隊に入隊。2015年定年退官。
在職中は、防衛省情報分析官および陸上自衛隊教官として勤務。93年から95年まで在バングラデシュ大使館において警備官として勤務し、危機管理などを担当。
情報分析官としての経験、独自の視点から執筆する著書は好評を博している。
『未来予測入門』(講談社)、『情報戦と女性スパイ』『情報分析官が見た陸軍中野学校』『戦略的インテリジェンス入門』『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』『武器になる情報分析力』『インテリジェンス用語事典(共著)』(いずれも並木書房)、『中国の軍事力―2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社)など著書多数。
現在、官公庁および企業において、独自の視点から「情報分析」「未来予測」「各国の情報戦」などに関するテーマで講演を行なっている。※画像をクリックするとAmazonに飛びます