本記事は、上田篤盛氏の著書『超一流諜報員の頭の回転が速くなるダークスキル - 仕事で使える5つの極秘技術 -』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています。
★ 自分ひとりでインテリジェンス・サイクルを回す!
ビジネスパーソンが諜報員から思考法やビジネススキルを学ぶ場合、まずは情報組織のインテリジェンス・サイクルを理解しておくことは、〝イロハのイ〟である。
ビジネスパーソンの場合は、ひとりでこのサイクルを回すことになるので、もう少し、平たく考えてみよう。
【サイクル1】何を調べるのかを決める
どんな情報を集めるのかが明確になるように、疑問点、すなわち問いを設定する。
たとえば、この書籍を売るために、「諜報員のスキルが学べるビジネス書は誰が買うのか?」という問いを設定する。
さらに、購入読者のカテゴリー、入手ルート、紙の書籍と電子書籍の動向、売れる価格帯とページ数など、問いを解明するための枠組みを設定する。
【サイクル2】情報収集
問いと枠組みに合致した情報を集めるために、インターネット、新聞、書籍、雑誌などの公開情報を探ったり、直接的、間接的に人から情報を集める。
【サイクル3】情報を処理
集めた情報を、フグの扱いと同じように、「選別」「分類」「評価」「保管」に区別し、処理する。
【サイクル4】情報を分析、インテリジェンスを作成する
集めた情報を使いながら、インテリジェンスを作成し、それが未来をより良くするための戦略、対策になる。
【サイクル5】配布や戦略立案
国家情報組織の要員は政策には関わらないので、インテリジェンスを配布して終了となる。
ビジネスパーソンの場合は、インテリジェンスをまとめて保管しておくことになる。
または、ビジネスパーソンはインテリジェンスを配布するだけでなく、自社の戦略立案まで行ない、経営者や上司に提供する場合がある。
情報分析のために作成したインテリジェンス・プロダクトは、再生しやすいように整理して、索引、キーワードを付けて保管する。
諜報員はインテリジェンスをつくるために活動する
★ 精度の高いインテリジェンスのつくり方
繰り返しになるが、諜報員は、情報を分析し、意思決定、行動に活かしている。つまり、適切な意思決定と行動は、情報分析とインテリジェンスが決定するといっても過言ではない。
このことは、ビジネスパーソンも全く同じである。ビジネスパーソンが筋の良い意思決定と行動を行なうためには「インテリジェンスとは何か?」といった本質論を考えることは避けられない。
そこで、「インテリジェンスにはどんな種類があるか」という「問い」を考えてみよう。
インテリジェンスには、「基礎インテリジェンス」「動態インテリジェンス」「見積もりインテリジェンス」の3種類がある。順に説明しよう。
【基礎インテリジェンス】
相手国の地理、歴史、政治、社会、経済、軍事などの、動きや傾向を把握するためのインテリジェンスである。
たとえば、今回のウクライナ危機で「ロシアはウクライナ全土を支配するために侵攻したが、苦戦している」と分析する人がいる。しかし、これは、「ウクライナには4,000万人以上の人口がいる。面積は日本の1.6倍である」という基礎情報を押さえた分析には思えない。
むしろ、ロシアがウクライナに軍事侵攻する以前から、「人口や面積から、ロシアが攻め込んでもなかなか全域を支配するのは難しい」というインテリジェンスが浮かび上がるのではないか。このように、平素から基礎データを集め、現状の特質を判断するのが基礎インテリジェンスである。
【動態インテリジェンス】
対象国で、現在進行形で起きている物事を分析するためのインテリジェンスである。
たとえば、「ロシアが2月24日に軍事侵攻をした」というインフォメーションから、「ロシアはなんのために軍事侵攻をしたのか?」などの問いを設定して、それに答えるのが動態インテリジェンスである。まさに今起きていて、どんどんと変化しつつある状況の本質を浮き彫りにする。
【見積もりインテリジェンス】
未来予測のためのインテリジェンスである。
つまり、「今後、〇〇が起こるかもしれない」といった将来を見通すためのインテリジェンスだ。
「中国はロシアの軍事侵攻の教訓を基に台湾への侵攻を行なうだろう」といった類である。
これは、しばしば、長期、中期の戦略立案の基礎になるインテリジェンスであり、基礎・動態インテリジェンスを積み上げて作成する、最高峰のインテリジェンスであると言える。
インテリジェンスには3つの種類がある
★ 戦略につながる情報分析術
情報分析は「現状分析」と「未来予測」に分けられる。
現状分析は、言葉通り「現在どうなっているか?」を明らかにする。一方の未来予測は「未来はどうなっているか?」ということになる。未来は現在の先にあるので、現状分析と未来予測は切っても切り離せない。
さらに、現状分析は前述のインテリジェンスの種類に対応させて、「基礎分析」と「動態分析」に分けることができる。
つまり、基礎分析は基礎インテリジェンスを作成するためのもので、動態分析は動態インテリジェンスを作成するためのものと言える。
【基礎分析】
過去から現在までの状況を幅広く把握する。そして、状況の特質を見つけることが肝要だ。「経済」「政治」……など、カテゴリーごとに情報を分けると、状況の特質を浮き彫りにできる。
たとえば、「近年、デフレの状況が続いてきた」が、これは情報をカテゴリーごとに分析すれば、「冷戦崩壊による対立構造の解消(政治)」、「人口オーナスの発生(社会)」、「グローバル化による安価な輸入品、技術革新による効率的な製造体制(技術)」といった状況の特質が見えてくる。
こうした状況の特質を押さえておくことが、大きな変化の兆候(予兆)を捉えるのに重要である。
【動態分析】
「誰が、何が、いつ?」という、情報の主語と述語をはっきりさせる。その上で「なぜ、それが起きたのか?」という原因と結果を明らかにする。
さらに「自分たち(自分)にとって、どういう意味を持つか? どんな影響があるか?」を明確にする。
たとえば、前述のデフレの例で言えば、「最近の物価高騰は、デフレからインフレへの転換の兆候であり、その背景には、米中を中心にした大国間競争の復活(政治)、グローバル経済の反作用としての関税戦争(経済)、新興国の発展と人口オーナスがもたらした人件費増大(社会)、といった状況の特質がある」といった分析を行なう。
基礎分析と動態分析の2つを統合させることで、「これから何が起こるか?」を予測することができ、未来に向けた正しい意思決定と行動を起こすことができる。
要するに、平素からの地道な現状分析こそが、未来を予測して、未来に向けた成果をつくると言える。
平素からの地道な状況把握が効果的な戦略につながる
★ 成果につながる問いは4つある
インテリジェンスの作成と情報分析を行なう上で最も大切なことが、問いの設定と再設定である。
現場の諜報員も、本部組織の諜報員も、常日頃から、問いの設定を綿密に行なう。
そもそも問題意識を持たない諜報員は存在しないし、問題意識を持つための具体的な行動が問いの設定である。
問いの設定は、情報を集めるときには「何のために集めるのか?」と考える。
しかし、「何のために集めるのか?」の前提には「何を成すべきか?」がある。しかし、「何を成すべきか?」が明確になっていない人が多い。だから、どんな情報を集めるかという問いも立てられない。
そこで、私はビジネスパーソンに「自分は何をしたいのか?」と考えることを大切にすることをおすすめする。
「この新商品を売りたいな」と思えば、「誰が、この新商品を買ってくれるのか」という情報上の問いは自然に出てくる。
これが最初の問いになるわけだが、最初の問いというのはザックリしていて良い。なぜならば、自分の成すべき戦略もまだ明確ではない段階だからだ。
本当に自分にとって最良の戦略につながる意思決定は、問いを再設定することでだんだんと研ぎ澄まされ、明確になる。
問いを再設定しなければ、自分が本当に知らなければならない「キークエスチョン」は不明確なままだ。これでは、成果につながるアウトプットを出せない。
まず、問いには大きく2つの種類がある。
「現在の問い」と「未来の問い」だ。
現在の問題を解決するためのものが「現在の問い」であり、未来の脅威に備えたり、未来を理想の状態にするためのものが「未来の問い」である。
現状を打破したいのに未来のことを考えても意味がないし、未来に備えたいのに今のことを考えても意味がない。
次に、「YES/NOで答えられる問いか、それとも答えられない問い」なのか、を明確にする。
YES/NOで答えられない問いとは、「いつ、誰が、なぜ、どのように」という要素が含まれているような問いだ。
YES/NOで答えられる問いを「クローズドクエスチョン」、答えられない問いを「オープンクエスチョン」と言う。
つまり、問いには以下の4種類があることになる。
- 「現在の問い」×「クローズドクエスチョン」
- 「現在の問い」×「オープンクエスチョン」
- 「未来の問い」×「クローズドクエスチョン」
- 「未来の問い」×「オープンクエスチョン」
ただし、これは難しく考える必要はない。ひとつの問いが見つかれば、残りの3つの問いは自然に見つかるからだ。
たとえば、
「この書籍Aはヒットしているか?」(「現在の問い」×「クローズドクエスチョン」)という問いを立てるとする。
すると、
- 「どんな商品が、なぜヒットしているのか?」(「現在の問い」×「オープンクエスチョン」)
- 「この書籍と類似したB商品はヒットするか?」(「未来の問い」×「クローズドクエスチョン」)
- 「どんな書籍をどのように売ればヒットするか?」(「未来の問い」×「オープンクエスチョン」)
という問いが、自然にあぶり出される。
つまり、ひとつの重要な問いを考える。それが、現在の問いであれば、未来の問いへ、「クローズド」な問いであれば、「オープン」な問いに再設定すれば良い。
さらに問いを再設定する手法には、視野を広げる、焦点を広げる、過去からの流れを捉える。逆の視点から考えるなどの方法がある。
これは、虫の目(焦点を絞る)、鳥の目(大局的に見る)、魚の目(過去からの傾向・潮流を見る)、コウモリの目(逆転の発想)で見る思考法である。
4つの目を駆使して、思考を縦横斜めに柔軟に行き来させることがキークエスチョンに早く行き着く秘訣である。
虫、鳥、魚、コウモリの目で問いをつくる
★ 行きづまったときの6つの型
問いの設定と再設定は非常に重要であるため、ある定型式の技術をご紹介しておきたい。
先に紹介した4つの問いを立てても、4つの目を駆使しても、キークエスチョンに至らない場合には試してほしい。
これは、米情報局DIA(国防情報局)が、初級分析官用のマニュアルで紹介している手法である。例題は次のとおりだ。
最初の問いは、「中国はイランに弾道ミサイルを売っているのか?」というものだ。次の6つの型に当てはめることで、問いの質はさらに上がる。
(1)言いかえ「イランは中国から弾道ミサイルを買っているか?」
(2)180度回転「中国はイランに弾道ミサイルを売っているだけではなく、逆にイランから弾道ミサイルを買っていないか?」
(3)焦点の拡大「中国・イランの間に戦略的協調関係は存在するか?」
(4)焦点の集約「中国はイランにいかなる種類のミサイルを売っているか?」
(5)焦点の変換「イランが中国のミサイルを欲しがる理由は何か? イランは購入したミサイルの支払いを、どのように行なっているのか?」
(6)理由の追究「中国はなぜイランにミサイルを売却するのか?」→「それはなぜか?」→「イランに影響力を及ぼしたいからだ」→「それはなぜか?」→「中国は湾岸地域における米国の権益を脅かしたいからだ」→「それはなぜか?」→「米国のアジア地域に集中する力を撲滅したいからだ」→「それはなぜか?」……
意思決定、行動決定がなかなか定まらないときに、これらのどれかを当てはめることで、突破口が見つかるだろう。
「⑥理由の追究」の問いの型は、現在の問いを未来の問いに転換することにも役立つ。
初めに設定した問いが、自分が本当に解くべき問いではないことはよくある。一番いい問いとは、「解くことができる問い+解くと効果がある問い」だ。
発想を転換しながら効果的な問いを見つけ出す
株式会社ラック「ナショナルセキュリティ研究所」シニアコンサルタント。
1960年広島県生まれ。防衛大学校(国際関係論)卒業後、陸上自衛隊に入隊。2015年定年退官。
在職中は、防衛省情報分析官および陸上自衛隊教官として勤務。93年から95年まで在バングラデシュ大使館において警備官として勤務し、危機管理などを担当。
情報分析官としての経験、独自の視点から執筆する著書は好評を博している。
『未来予測入門』(講談社)、『情報戦と女性スパイ』『情報分析官が見た陸軍中野学校』『戦略的インテリジェンス入門』『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』『武器になる情報分析力』『インテリジェンス用語事典(共著)』(いずれも並木書房)、『中国の軍事力―2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社)など著書多数。
現在、官公庁および企業において、独自の視点から「情報分析」「未来予測」「各国の情報戦」などに関するテーマで講演を行なっている。※画像をクリックするとAmazonに飛びます