アートに興味はあるけど、なんとなく敷居が高くて……と、もう一歩を踏みとどまっていた層にも「すごくわかりやすい!」と好評な、やさしい解説をしてくれる元美術教師の『美術解説するぞーさん』 ──今回は、これまでいそうでいなかったニュータイプの「美の伝道師」である美術さんから、自身の生い立ちや活動に加え、「日本の美術教育の現状」「実例を交えた作品の鑑賞法」「アートをより深く楽むコツ」……etc.と、たっぷりお話を伺いました。
目次
最初は不純な動機で美術教師を目指していた?
大学を卒業後、神奈川県の公立中学校で、つい最近まで美術教師の職に就いていたという「美術解説するぞー」さん。(※以下、美術さん)いかにも温厚そうな風貌と柔らかなしゃべり口調とは裏腹に……高校・大学時代はバリバリの体育会系だったのだそう。
美術さん:高校と大学で計7年、ずっとラグビーをやっていました。高校時代、興味があったのは「美術」よりも「教育」でした。
──そのころから「人に教えること」は好きだったんですね。では、「美術」に目覚めたきっかけは?
美術さん:最初の動機は、かなり不純です(笑)。理由は「美術の先生」という職業がすごく楽(ラク)そうに見えたから。もともと美術は好きなほうだったし、高校の芸術選択科目も美術だった。けれど、僕が通っていた高校の美術の先生は授業を一切しないんですよ。必要な材料と簡単な絵の描き方が黒板にバーッと書いてあるだけで、あとは放ったらかし……。奥の部屋までたまに質問しに行くと、ずーっと自分の絵を描いていた。「これはいい職業だな」……と(笑)。
なので、家庭の経済事情も考慮し、国公立の「美術教師になれる大学」ということで東京学芸大学を志望しました。中学校の教員養成過程の美術専攻です。
──教員養成課程とはいえ、実技試験とかもあるんですよね?
美術さん:ガッツリあります! ありましたけど、入学試験は油絵一本でした。目の前にいるモデルさんを6時間で描く……みたいな。たしか「そのモデルさんを通じて感じたことを描きなさい」という課題だった。抽象でも可です。
──学科と実技の点数比率は?
美術さん:学芸大は半々くらい? 試験で天才的な絵を描いたとしても、学科が全然ダメなら落とされます。画家と違って教員は美術だけができればいいわけじゃなく「一般教養もあって絵もそこそこ描ける」という人材が求められているからです。美大や藝大は学科がある程度ダメでも実技がすごければ合格できますが……。
現役で見事合格を果たした、美術さん。しかし、大学で「教育に関するスペシャリスト的なハウツー」を学んでいくうちに、「あの先生みたいにやっていたらダメじゃん!」という事実に気づいたと苦笑いします(笑)。
美術さん:あんなことが許される世界ではない──まあ、冷静に考えればわかるんですけどね(笑)。でも、講義はどれも面白かったし、いくつかの中学や高校へ教育実習に行けば、いろんなことに興味も出てきて……。
在学中に美術臨床士(アートセラピー)の資格も取得しました。ファイナンスとはまた異なった美術の教育効果だったり、癒しの効果だったり……「ウェルビーイング(=心身・社会的に良好な状態)をテーマになにかできないかな」と、自分でも作品を制作しながら、おぼろげに考えていました。
そして、大学を卒業して約9年間、ある中学校の美術の教員職に就いたわけです。
──教員生活の“現場”はいかがでしたか?
美術さん:授業をやっているときはとても楽しかったですね。自分が発した言葉に対して予想以上の反応が返ってきたりして……。逆に僕が学べだこともたくさんあった。のべにすれば約5000人の生徒を担当してきました。ある程度の傾向はありましたが、全員が全員、個性もまったく違っていたし……。
ただ反面、「なんで自分はこんなことやっているんだろう?」「こんなことするために教師になったんじゃないのに…」と疑問を抱いてしまうようなこともありました。
──どんな「疑問」だったのでしょう? せひお聞かせください!!
美術さん:一番僕が解せなかったのは「美術教育の在り方が杜撰すぎた」という現状です。
「絵画・彫刻・工芸・デザインの4項目をまんべんなく3年間で学ぶこと」が中学の美術教育の基本方針なのですが、ぶっちゃけた話、3年間絵画しかやらない先生もいたりするんですよ。正確な指摘をすれば「履修漏れ」なんですけど、それがまかりとおってしまっている。なぜかと言えば、「美術=なんかよくわからんスピリチュアルなもの」「結局は先生の好みで決まっちゃうものじゃん」「本物っぽく描けてたら上手い」……といった固定概念が学ぶ側に少なからずあるからです。「日本の美術教育の闇」ですね。
なおかつ「一般の受験には必要のない科目」でもあって、「不要4科目」なんて呼ばれたりしていている。その蔑(ないがし)ろな扱いが、教員を辞める契機の一つのなったのは否定できません。
せっかく美術の楽しさを知ってくれた生徒たちが作品を懸命につくって、満足そうにそれを持って帰ったとしても……美術教育に熱心じゃない親御さんだと、そのまま捨てられてしまうことがあるとも聞きました。
──それはひどい!
美術さん:そういった事例を目の当たりにしているうちに、「もしかしたら美術は子どもに教えるより、むしろ大人に啓蒙したほうが、僕一人で伝えられないことを代わりに周囲の子どもたちに伝えてくれるんじゃないか」という着眼に行き着いたわけです。だから一念発起で、2022年の2月に教員を辞め、独立しました。
SNSで伝えきれないことはワークショップで…
独立後は、教員時代からスタートしていた「SNSによるやさしい美術解説」をメインとして精力的な美術啓蒙活動を行なっている、美術さんは、昨今におけるインターネット社会の伝播力をこう分析します。
美術さん:ネット上で届けられるものは全部ネット上でまんべんなくお届けする──SNSをフル活用すれば1万人以上の方がフォローしてくれるので、そのほうがよほど有意義なんじゃないか……と。深度的にはやや浅くはなってしまいますが、より大人数に向けて「美術の楽しさ」を伝えられることができるのが最大のメリットです。
──SNSをはじめとし、どんなネットツールを利用しているのでしょう?
美術さん:メインはInstagramです。Facebookはインスタと紐付けしています。さらに、インスタやFacebookでは伝えきれないニッチな部分はYouTubeで。TwitterとTikTokは今後もうちょっと頑張りたい。すべてのSNSに同じ投稿をなされる人もいますが、僕はとりあえず、ツールごとの属性を把握したうえで、役割分担を明確にしながら活用することを心がけています。
──その「役割分担」をもう少し詳細に?
美術さん:Twitterは、拡散力に優れている。TikTokは若年層に強くて、Facebookは中高年層に強い……そんな感じです。インスタでウケが良かったコンテンツがTikTokだと全然ダメだったり……反対のパターンもあります。たとえば、ポケモンとのコラボ彫刻で知られているダニエル・アーシャムの作品をTikTokで紹介したら150万再生とか、すごくバズりました。けれど、インスタだと大した数字が稼げなくて……。「再生数」は1万ちょっとでした(笑)。
ただ、「実際に会って話さないと伝えられないこと」っていうのは確実にあるもの──そこで、美術さんが独立と同時に設立したのが『Biju Art &Experience』です。
美術さん:「Biju」は「教授」──「教えを授ける人」をなぞっています。ここを「美を授ける場所」にしたいという想いを込めました。ワークショップを中心に、「体験」と「交流」と「知識」がリアルの場を伴いながら、自然と身に付く……というのがコンセプトです。
このスペースでは「対面で交流する醍醐味」や「リアルにモノをつくる難しさや楽しさ」を伝えられたらいいな……ということで、おもに「初心者でもわかる美術制作体験と講義」をやっています。元教員という経歴もあって、そっちのほうが僕は得意だし、魅力も感じるので。
──どれくらいの頻度で?
美術さん:週2〜3回です。生徒さんは固定ではなくスポットで、枠は2時間。最大8人で、現時点でおそらくのべすると500〜600人くらいの人に受講していただきました。一回完結型で、二回目の授業は初回を受けていなければ理解できない……といった形式は(現時点で)取っていません。
自身のコレクション作品の魅力を、やさしく解説!
さて。ここらあたりで、美術さんが購入して所蔵している作品を題材として、その「美術講義」がどのくらい「わかりやすい」のか、読者の皆さまにも体感してもらいましょう。
美術さん:まずはこの絵を観てください。
松村咲希(マツムラサキ)さんという、京都を拠点に活動なされているアーティストさんの作品です。僕が美術コレクションを始めてまもなくのころに購入したのかな? 彼女自身、大変勉強熱心ですし、作風もどんどん変わっていっています。
この絵って、じつは白い下地の上に描かれているんです。白い部分には何も描かれていないのに上から塗っているように見えませんか? 逆に盛られている部分が下に見えたりもして……。このように「視覚効果を狙った色の並び(コンポジション)」という概念はカンディンスキーなどの抽象絵画から生まれたものなのですが、そういう美術史を背景とするアカデミックな面も踏襲しながら、新しい面づくりに取り組んでいる、非常に有望な作家さんです。
──ほうほう…。そう説明されたら、なんとなくそんな気もしてきました!!
美術さん:(笑)。じゃあ、次のこの絵を観てください。
VIKI(ヴィキ)さんという、(東京)藝大を卒業されたばかりの、まだ20代前半の若手作家さんです。「感熱アーティスト」とも呼ばれています。
この人は多才なアーティストで他にもたくさんの種類の作品がありますが、このレシートコラージュの作品はその横にあるキャプション(=説明書き)とセットになっているんです。
藝大の卒展で初めて観たのですが、これと同じタイプの作品が何十個も壁に並べて展示されていました。藝大の卒展って作品は売っていないんです。だから、本当は(説明書きの)どこにも値段も書かれていないし、販売済みを意味する赤シールも貼っていない。だから、鑑賞者も彼の作品を見ると同時に、途端に値段を見始めるんです。「え? この絵が100万?」「こっちは6千円だよ」「赤シールが貼られているってことは売れちゃっているんだね」……みたいに、そこばかりに見入ってしまい、やがて本作のほうは見なくなる……。
そして、ブースを出ていく最後にステートメントが記されてるキャプションがあるんです。「ほら、値段に目が行ったでしょ。価格に誘蛾灯のごとく引き寄せられてしまう現代アートってなんなんでしょうね?」という問題提起が為されているわけです。作家側の意図としてはこの赤シールにも値段にもなにも意味はない。作品にコラージュされている有象無象のレシートに記載されている金額の合計でしかないんです。
これって、レシートでしかできないことじゃないですか。仮に、僕が絵の具で描いた絵に適当な値段をつけても無作為じゃなくてカッコよくない。でも、レシートだと作家さん自身も出せない数字で作為が消える──「偶然を活かす」という美術的試みは、60年代に流行ったムーブメントなのですが、彼はそれをレシートの数字で再現してみせたわけです。「レシート」が持っている属性や素材要素などを熟知したうえで、作品中に世界観が閉じ込められている。レシートに記されている購入物を凝視してみると、なんとなくその人物像が浮かび上がってくる。黒くなっている部分も感熱紙の特性を利用したもので……素晴らしい才能だと思います。
──VIKIさんもすごいけど、美術さんの解説も相当わかりやすくてすごすぎます!
美術さん:ありがとうございます(笑)。
「美術」が義務教育に組み込まれている国は珍しい?
ところで、よく「日本人はアートリテラシーが低い」といった批判を耳にしますが、なにを持って「アートリテラシーが低い」とするのかは難しい問題だと、美術さんは慎重に言葉を選びます。
美術さん:ちなみに「展覧会に行く人の数」は、諸外国と比べても日本人はかなり多いほうに属するんですよ。
──たしかに、有名な画家の展覧会だと、休日に行けば一つの作品を観るのに行列しちゃったりしますもんね。
美術さん:ただ、その背景には「メディアの力」があって……。メディアが「この展覧会に行くのがオシャレ」的な演出をすることで、多くの人たちに足を運ばせるといった動線があるわけです。でも、重要なのはむしろその先──そこからなんらかの学びや感動を得ることなのではないでしょうか。
たとえば、フェルメールを観て、その素晴らしさを心底から堪能できているのか? 「2年前にフェルメール観たよ」で終わってしまうケースが大半で、それはあまりに惜しい……そういう意味だと、日本はまだ遅れていると解釈できるのかもしれません。
知識ベースでインテリチックにマウントを取り合いながら「フェルメールって何年にこういう背景で、画材はなになにを使って絵を描いていたんだよね」「知ってる知ってる!」……みたいに表面的な部分じゃなく、もっとフェルメールの芸術性だとか背景にも深く触れてほしい、本質にどっぷり入り込んでもらいたいんです。
じつは、世界的に見て「日本は美術の授業が公的にきちんと行われている」という事実をご存知ですか?
──え! ホント!? 知りませんでした!!
美術さん:義務教育に「美術」が組み込まれている国って、案外珍しいんです。だけど、僕はそれが逆に弊害になっているとにらんでいます。
つまり「義務教育として教える」ということは、教員側も「生徒を評価しなければならない」わけで、そうなったら教員側もなんらかの基準を設けざるを得ない。結果、テストでも「フェルメールのこの絵は何年に描かれたものでしょう?」「この絵を描いたのは誰でしょう?」みたいなクイズ形式の問題しかつくれなくなってしまう……。
こうした画一的な教育方針によって、コミュニケーションやセラピーやエモーショナルな側面──アート言葉を読み取るような教育が置いてきぼりになってしまったのです。
なるべく現代の身近なものに例えて、わかりやすく…
「鑑賞者側にアートのエンタメ性を伝えて、リテラシーを育てること」を目指しつつも、「鑑賞者」の気持ちや意欲・欲求などを、できるだけ「表現者側=アーティスト」に近づけたい……と語る、美術さん。そんな熱い想いを一人でも多くの美術ファン、あるいはその予備軍に伝えるため、一体どのような工夫をなされているのでしょう?
美術さん:とにもかくにも「わかりやすい言葉で伝える」──これはマスト! 小学生に伝える場合はより噛みくだいた言葉を使うべきだし、ある程度理解している大人なら、噛み砕きすぎても時間の無駄になる。年齢に合わせて話すことがポイントです。もちろん“伝える側”にも、相手がどれくらいの知識を持っているかをジャッジする観察力が必要になってきます。
──そのジャッジ、少なくともボク(=筆者)にかぎってはバッチリだと思います!
美術さん:(笑)次に、「こうであるべき!」「こうじゃなきゃダメだ!」「これさえ知っておけばOK!」……といった断言調は一切なく、「こういう見方もあるよ」「こういう考え方知っていた?」……と、サジェスチョン型の“問いかけ”を心がけています。そのうえで、ご自身で良し悪しの判断をくだしてもらうのが理想ですね。
──そのセオリーも、ここまでは完ペキだと思います!
美術さん:(笑)もう一つは……これは僕の永遠の課題でもあるのですが、ただその伝えたいことを機械的に知らせるだけではなく、楽しく学べる演出を加えることを意識しています。
──その具体的な試みとは?
美術さん:「図をふんだんに使うこと」と「なるべく現代の身近なものに例えること」ですね。
たとえば、「図像学」について説明するとしましょう。「文字の代わりに形でこれとこれをこんな風に配置したら、こういう意味になるよ」という、いわゆる「かたち言葉」みたいなものが昔はあったんです。「髑髏=死」「百合=貞操や処女」……とか。そういう代表的なものをいくつか憶えれば、その組み合わせである程度、絵画を理解できるようになる……といった学問です。
それを紹介する場合、僕は最初に『ドラゴンボール』の「カメハメ波」ポーズを例にします。このポーズはさすがに誰でも知っていますよね? これも一種の「図像学」であって、我々は現代を生きているので、当たり前に思えるけど、このカメハメ波ポーズを未来の人が見たら、多分なんのことか理解できないと思う。けれど、未来の人が「20世紀末〜21世紀初頭末にはドラゴンボールという漫画やゲームが流行っていて、手から氣が出ることを楽しむ文化があったんだよ」と説明することで「そっか〜!」と納得ができる。それとまったく同じことが古代や中世の絵画にも“当時の常識”として組み込まれていたわけです。
──めっちゃ、わかりやすいわ〜!
美術さん:あと、依頼が来ても「この展覧会を紹介してください」みたいな案件は原則としてお受けしません。そっち系のアカウントに振ることは簡単だし、「おすすめ展覧会◯選」みたいなテーマに絞ったほうが、フォロワー数もむしろ伸びるのかもしれませんが、それは自分のやりたいことじゃない。レビュー文化が必ずしも悪いわけではないのですが、鑑賞者側が受動的になりすぎることによって、「私、この作品が好きだからこれを買う!」というアーリーアダプターの感覚が失われるのは、僕の意に反するからです。
一度でも絵を購入すれば、作品への解像度が一気に深まる
最後に。アートリテラシーをアップする、もっともの早道は「絵を買ってみること」だと、美術さんは言います。その真意とは、はたして……?
美術さん:これまで10点前後の作品を購入しているのですが、僕も初めて絵を買うまでは、けっこう「人ごと」っていうか……それなりの大金を払って作品を購入するなんて行為は別世界の話だと考えていました。だから、その絵が本当にいいのか、ダメなのか……の真贋がふわふわしていた。
しかし、一度自分のお金で作品を手に入れてみると……美術館に飾ってある高価すぎて買えない──極論、ピカソとかの絵でも「これ、自分だったら買うかな?」って目線で、より丁寧に鑑賞するようになるんです。「作品に対する解像度がいっそう深まる」わけです。
──なるほど〜! ならば、いささか大袈裟かもしれませんが、絵を購入してから、なにか「人生が変わった」と感じたことは?
美術さん:決して「大袈裟」ではありません。いっぱいあります! なによりも「鑑賞の幅が広まった」というが大きい。僕は毎朝起きて必ずこのVIKIさん絵を見るわけじゃないですか。そうなったら、もうVIKIさんの世界観から離れられなくなってしまいますし、こうした環境のほうがアートの哲学へとクイックにアクセスできる。
しかも、美術館の絵って、白い壁に効率的に均一な照明が当てられている状態でしか展示されていませんよね? いっぽうで、自宅だと晴れの日・曇りの日……さらには朝も夜もあって……。光の強さや角度によって見え方がまったく変わってくる。一日中観ていても飽きない──それもまた美術館では味わえない、日常生活の中にアートがある最大の醍醐味なんです。
【美術解説するぞーさん:プロフィール】
1990年東京都生まれ。2009年に東京学芸大学入学。中学校教員養成課程で美術を専攻。卒業後、2013年から約9年間、都内の中学校で美術教員の職に就く。2020年ごろから「美術解説するぞー」のハンドルネームで「美術は“視点”がわかるともっと楽しくなる」をモットーに、SNSを中心として美術解説に特化したコンテンツを開設する。2022年には教員を辞めフリーランスに。現在は「美を授ける場所」という思いを込めた美術好きのための交流の場『Biju Art &Experience』を運営しながら、企業での講座や展覧会解説のアンバサダー、美術寄稿、アーティストステートメント考案作成、制作アドバイスなどなど多岐にわたる美術啓蒙活動を行っている。
■話題のアートが120分で制作できる!手ぶらで参加できるアート体験をお届け!
https://www.instagram.com/bijutsukaisetsu.suruzo/
■美術について聞き流して楽しめる#ビジュラジオもやってます!
チャンネル登録・高評価・コメントいただけるとやる気になります!
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