本記事は、中村英泰氏の著書『社員がやる気をなくす瞬間 間違いだらけの職場づくり』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。
社員の人生の9,800時間をムダにするシン・ブラック職場の特徴
週1回地元の大学でキャリアの講義をするときに、学生にこんな話をします。
「ブラック企業とは、以前は、残業が多くて、代休もとれない過重労働や、従業員に関する労働トラブルの隠ぺいなどの問題を抱えている企業でした。今や、それは論外で、シン・ブラック企業に気をつけなくてはなりません。それは、あなたたちが5年間働いた後で何者になっているかをきちんと説明できない企業です」
時間とは、人にとって大切な資源です。
かつては、時間を投じてお金を得る発想から「タイム・イズ・マネー」といわれていました。
近年は人生を豊かににする発想から「タイム・イズ・ライフ」の感覚が強くなっています。
シン・ブラック企業とは、人生の貴重な9,800時間(5年間〔245日/年〕×8時間)をムダにしてしまう企業のことです。
時間に目的を持って積み重ねている人と、単に浪費している人とでは、年を重ねるごとにその差は埋められないほどのものになることは容易に想像できます。
そう考えると、どこで働くか、どんな思考を持った人と働くのか、どんな風土の職場で働くのかの選択によって、その後のキャリア、人生は大きく変わることもまた想像できると思います。
社員のキャリア、人生を考えることが組織のためになる
毎年春にスイスのダボスで開催される世界経済フォーラム、通称ダボス会議には世界を代表する政治家や実業家たちが招かれ、世界経済や環境面での課題の解決に向けた議論を交わします。
その会議には年ごとにテーマがあるのですが、2021年はグレートリセット、2022年はターニングポイントでした。
日本においても、今、まさにターニングポイントを迎えています。
長らく続いた工業社会が過ぎ、情報社会を迎え、さらに今後は創造社会という、人を中心とした持続可能な社会の到来が予想されています。
さらには、急激な人口減少を迎えるなかで、より多くの成果(生活の糧とキャリアの糧)を労働者が職場を通じて生み出していく必要があります。
それが、働く時間を増やすのではなく、働く時間の密度を増やしていく「働き方改革」です。
これからは、限られた時間のなかで、個人の有する心技体をいかに注ぎ込めるのかがカギになります。
さらに、1人ではなく、職場のほかの社員とハイブリッドにつながりあい、その総和をどのように増やしていくかを考えることが大切です。
そのためには、労働に投じる総時間は同じでも、より多くの成果(生活の糧とキャリアの糧)を見出し、生み出せることに喜びを感じられる状態に、職場を大きく転換していかなければなりません。
同時に、仕事のなかの作業という領域に関しては、人の手から放して、どんどんテクノロジーにゆだねていくべきでしょう。
8時間かかっていた仕事を5時間でこなせるようになれば、残りの3時間で、社員は自分の成長のためになにをすべきかを考えられるようになります。
そうしたなかで、マネジメントの在り方も変わっていかなくてはなりません。
ひと昔前のマネジメントをみていきましょう。
部下G
「この資料って、たとえば、このように変えてみてはどうでしょう」
上司H
「いや、そんな必要はないよ。そもそもそれを考えるのは管理部の仕事。俺たち、現場がやることじゃないよ。俺たちは俺たちのやるべきことをやればいいんだから」
このように、部下Gの発想の正誤を過去の経験をもとに、
- そうは思わない
- それはおかしい
- それではダメだ
と事細かく検問することが上司の役割でした。
これまでの工業社会では、限定市場に「同じものを安定して供給する」ことが期待されていたため、間違った物をつくり出さないための検問こそが、マネジメントの最大の目的だったのです。
しかし、これからの創造社会では、世界市場に「これまでとは違う、あっと驚くものを素早く供給する」ことが期待されています。
そのためには、これまでのマネジメントの在り方にも、変化を加える必要があります。
ただ、これは業務プロセスを根本から変えたり、新たな設備投資をもとに機械化を図ったり、たくさんの人を辞めさせたりする話ではありません。
今日、隣の社員にひと言「よい職場にしたいよね」と声をかけることなのです。
つまり、職場の「関係密度」を高めることです。
GさんとHさんの関係が変化し、さらに別の部署のIさんを巻き込み、G・H・Iの3人がつながり、従来の職位職務や部署をまたいで話をする。
そこで互いの発想が重なり、職場風土が動き出すのです。
よい職場風土では、前例踏襲主義に立った単線思考ではなく、創発主義に立った、さまざまな人たちが関係しあう複線思考を持つことが大切です。
それが、人や企業の可能性を拓く種となります。
仕事に直結しないことを「ムダ話」と認定し検問してやめさせるのではなく、意味のあるムダをつくり出し、関係性をつなげてその後の変化を大切にするのです。
こうした職場風土をこれからの企業づくりの基礎として整えられれば、社員の成長や取り組みに対する動機が高まり、ひいてはイノベーションによる発展も期待できるようになります。
1976年生まれ。東海大学中退後、人材サービス会社に勤務したのち、働くことを通じて役に立っていることが実感できる職場風土を創るために起業し、法人設立。 年間100の研修や講演に登壇する実務家キャリアコンサルタント。※画像をクリックするとAmazonに飛びます