ESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組みは、投資先や取引先を選択する上で投資家だけでなく、大手企業にとっても企業の持続的成長を要因づける視点となっている。本企画では、エネルギーマネジメントを手がける株式会社アクシスの役員が各企業のESG部門担当者に質問を投げかけるスタイルでインタビューを実施。今回は、同社の宮本徹専務取締役がヤマト運輸株式会社執行役員(サステナビリティ推進担当)の秋山佳子氏にお話を伺った。
物流業界大手のヤマト運輸株式会社は、全国に約3,400拠点の営業所を構え、宅急便などの各種輸送に関わる事業を展開している。
同社が属するヤマトグループは、豊かな社会の実現に貢献することを経営理念に掲げ、サステナビリティ経営を積極的に推進している。本稿ではインタビューを通じて、ヤマト運輸のサステナビリティ経営に関する取り組みや成果、今後目指す姿を紹介する。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
1988年4月ヤマト運輸に入社。2010年CSR推進部環境推進室長、2014年関西支社副支社長、2018年執行役員中国支社長。2020年常務執行役員、営業・サービスを担当。2021年4月執行役員サステナビリティ推進担当に就任し、サステナブル経営強化に向けた各取り組みを推進している。
ヤマト運輸株式会社
1929年に日本初となる「路線」事業を開始し、その後1976年に「宅急便」を発売。
その後も、「送る」「受け取る」をより便利にするサービスや、輸配送ネットワークを活用した生活支援などのサービスを提供。法人領域では、お客さまの経営に資するサプライチェーンマネジメントの企画立案から管理・運営まで行い、ビジネスの上流から下流まで「End to End」で物流を通じた総合的な価値提供に取り組む。
1978年生まれ。東京都出身。建設、通信業界を経て2002年に株式会社アクシスエンジニアリングに入社、現在は代表取締役。2015年には株式会社アクシスの取締役、2018年に専務取締役に就任。両社において、事業構築に向けた技術基盤を一貫して担当。
株式会社アクシス
エネルギーを通して未来を拓くリーディングカンパニー。1993年9月設立、本社は鳥取県鳥取市。事業内容はシステム開発、ITコンサルティング、インフラ設計構築・運用、超地域密着型生活プラットフォームサービス「Bird(バード)」の運営など、多岐にわたる。
ヤマト運輸株式会社のサステナビリティに関する取り組み
アクシス 宮本氏(以下、社名、敬称略):株式会社アクシスの宮本です。弊社は鳥取市に本社を構える、今年で設立30年を迎えるIT企業です。システム開発を中心に事業を行い、近年は再エネの可視化のプロダクトも提供しています。本日は、御社の取り組みを勉強させていただきます。
ヤマト運輸 秋山氏(以下、社名、敬称略):ヤマト運輸の秋山です。ヤマトグループは2019年に創業100周年を迎え、翌2020年に次の100年に向けた中長期の経営のグランドデザインとして経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を策定しました。その中で「3つの基盤構造改革」として「グループ経営体制の刷新」「データ・ドリブン経営への転換」「サステナビリティの取り組み~環境と社会を組み込んだ経営~」を掲げています。サステナブル経営に本格的に取り組むため、2021年4月、専門部署としてサステナビリティ推進部を設置しました。現在は部長としてサステナビリティ経営に取り組んでいます。本日はよろしくお願いいたします。
宮本:こちらこそ、よろしくお願いいたします。はじめに、御社のサステナビリティに関する取り組みについてお聞かせください。
秋山:昨今、事業を取り巻く環境は、コロナ禍を契機に産業のEC化がさらに加速し、お客さまの消費行動の変化やニーズの多様化など、大きく変化しています。さらに、労働人口の減少や地域の過疎化といった社会変化にくわえ、気候変動への対応などが複雑に絡み合い、社会的インフラ企業としてそれらの社会課題に向き合うことは責務だと考えています。
2021年1月に発表した中期経営計画「Oneヤマト2023」では9つの重点施策を定め、その一つである「サステナブル経営の強化」に基づき、「サステナブル中期計画2023【環境・社会】」を策定しました。その中の「環境中期計画2023」では、環境ビジョン「つなぐ、未来を届ける、グリーン物流」を掲げ、4つのマテリアリティと数値目標を挙げています(下図参照)。
▼環境中期計画2023
例えば気候変動の緩和においては、当社は全国に多くの拠点や車両を保有しており、いかに温室効果ガス排出量を削減するか、ステークホルダーの皆さまも注目していると思います。2050年温室効果ガス自社排出量実質ゼロに向け、2022年5月、2030年までの中期目標として温室効果ガス自社排出量48%削減(2020年度比)目標を策定しました。これらを達成するため、EV20,000台導入、太陽光発電設備810基導入、ドライアイス使用量ゼロの運用構築、再生可能エネルギー由来電力の使用率を全体の70%まで向上するという主要施策を中心に、各取り組みを進めています。
▼2030年に向けた温室効果ガス排出量削減目標
宮本:目標に対するご進捗はいかがでしょうか。
秋山:概ね順調に進捗しています。環境面ではヤマトホールディングス取締役会の監督のもと、経営陣が実施に責任を持つ環境マネジメントシステムを本格導入し、ISO 14001の認証を取得するとともに、再生可能エネルギー由来電力の使用を10%まで伸ばすなど、気候変動の緩和対策を実行しています。低炭素輸送に関しては、電動アシスト自転車や台車を活用した集配にくわえ、EVの導入やFCVの実証実験に向けた取り組みも行っています。さらに、機械式コールドボックスの導入や、2020年に株式会社デンソーと開発した小型モバイル冷凍機「D-mobico」の導入を進め、ドライアイスを使わない配送にも取り組んでいます。
▼量産型国産小型商用BEVトラックを導入
宮本:物流会社の環境に対する施策では、「モーダルシフト」についてもよく伺いますが、御社ではいかがでしょうか。
秋山:一部の区間では以前から鉄道やフェリーを活用したモーダルシフトの取り組みを既に行っています。引き続きトラック輸送に限らない多様な運び方を推進していきます。
宮本:多岐にわたる取り組みですが、グループ・社内におけるサステナビリティ経営の推進体制はどのように構築されていらっしゃるのでしょうか。
秋山:ヤマトホールディングス取締役会の監督のもと、ヤマト運輸の執行役員と主要グループ会社の社長で構成される「ヤマトグループ環境委員会」と「ヤマトグループ社会領域推進委員会」を設置し、ヤマトホールディングスの代表取締役社長を委員長として、サステナビリティ推進体制を整えました。さらに、「ヤマトグループ環境委員会」の中にはマテリアリティごとに「ヤマトグループ環境部会」も組成しています。ここでは主要部署の責任者が、課題解決に向けた対応策や進捗の確認を実施し、結果を「ヤマトグループ環境委員会」に報告しています。各地域の執行役員を責任者とする環境委員会もあり、マテリアリティごとの目標に対して本社と連携して取り組みを進めています。
宮本:話題は変わりますが、社会領域について、「社会中期計画2023」の6つのマテリアリティの一つに「地域コミュニティ」があります。具体的な取り組み内容について教えていただけますでしょうか。
秋山:当社は、日本各地に約3,400カ所の営業所を展開し、地域に根差した事業展開を行っています。私たちが今後も持続的に成長するためには、地域の方々との共存共栄が必要不可欠と考えています。地域課題をともに解決するパートナーとして、地方自治体や地域のパートナーと連携協定などを締結し、見守り支援や買い物支援、客貨混載など、社会課題解決に向けた共創の取り組みを進めています。これまで地方自治体との協定数は、2022年3月時点で累計611件、そのうち見守りに関する協定は194件となりました。引き続き地域に根差した取り組みを進めていきます。
ヤマト運輸株式会社がイメージするサステナブル社会の将来像
宮本:来るべき脱炭素社会に向けて、御社がイメージする姿や、その中での役割についてお聞かせください。
秋山:ヤマトグループは全国に拠点があるため、気候変動による影響リスクは大きいです。一方で、今後起こりうる災害では、復旧時に物流が担う役割は大きいと考えています。そこで、環境に配慮し、さらにBCPの観点や地域のエネルギー拠点の役割を一部担うという考えのもと、グリーンデリバリーの実現に向けたエネルギーエコシステムの構築を将来ビジョンとして描いています。
▼エネルギーエコシステムの将来ビジョン
具体的には、カートリッジ式バッテリーを軸としてグリーン電力を「作る→貯める→運ぶ→使う」という運用を想定しています。着脱・可搬型のカートリッジ式バッテリーのEVを導入するとともに、当社の施設などに設置した太陽光パネルで発電した再生可能エネルギー由来の電力をバッテリーに蓄電し、そのバッテリーの輸送も行うことで、環境にやさしく、地域や運輸業界におけるバッテリーインフラの共有化にも貢献します。もちろん自社だけでは難しいので、他業界とも連携して進めていきます。自社で運用しながら、将来的には物流インフラを支えるパートナーも利用できるエネルギーエコシステムを考えています。
また、カートリッジ式バッテリーは、災害時に地域における充電拠点という役割も果たします。環境に配慮するだけでなく、防災やBCPの観点でも貢献したいと思います。
宮本:御社はホームページなどで、ESGや脱炭素に関するデータを公開されていらっしゃいますが、脱炭素社会の実現に向けた情報公開において心がけている点はありますでしょうか。
秋山:評価機関やステークホルダーの皆さま、そして社員にわかりやすく開示するよう努めています。また、日本語だけではなく英語でも開示することで、海外のステークホルダーにも理解いただけるようにしています。温室効果ガス排出量などのデータに関してはきちんと第三者機関からの認証を得ていることも重要です。
ヤマト運輸株式会社のエネルギーの可視化への取り組み
宮本:省エネや脱炭素を進めるには、エネルギーの使用量を数値として表示・共有するエネルギーの見える化が必須と言われています。弊社は電力トレーサビリティシステムの提供を通じて電力見える化に取り組んでいますが、御社ではどのように取り組んでいらっしゃいますか。
秋山:自社の温室効果ガス排出量については、システムを活用しながら集計・可視化をしています。
近年、温室効果ガス排出量の可視化は、各国・個社単位ではなく、パートナーを含めたサプライチェーン全体での可視化が求められています。現在は物流各社が様々な基準を採用して温室効果ガス排出量を算定していますが、今後は共通の算定基準の策定が求められる可能性があります。そこでヤマトグループは、2022年7月にフランスのDPDグループと物流における温室効果ガス排出量の可視化と環境分野での協力に向けた基本合意書を締結しました。両社が持つ環境分野におけるノウハウを共有することで、温室効果ガス排出量を含むエネルギーの可視化と、エネルギーマネジメントの分野に取り組んでいきます。
宮本:昨今は多くの機関・個人投資家がESG投資に関心を寄せていますが、最後にこの観点で御社を応援することの魅力をお聞かせください。
秋山:近年、気候変動のリスクは高まっており、物流業界はその影響を受けやすい業種といえます。一方で、社会的インフラとして、持続可能な物流ネットワークを維持することはとても重要です。物流業界をリードし、パートナーと連携しながら物流ネットワークの維持と環境に配慮した取り組み、地域社会に根差した取り組みを推進することで、社会課題の解決に貢献していきます。将来的には、カートリッジ式バッテリーを活用したグリーンデリバリーの実現や地域防災への貢献も目指しています。ぜひ、ご注目ください。
宮本:本日のお話で、物流業界のリーディングカンパニーによる具体的な施策を知ることができました。ありがとうございました。