経営危機下、「ナカノフドー建設」誕生
1990年代半ばから2000年代初めにかけて、バブル崩壊後の“建設動乱”の中で、準大手、中堅ゼネコンが次々に経営難に陥った。ナカノフドー建設も例外ではなかった。
当時の社名はナカノコーポレーション。2003年11月、東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)、三菱信託銀行による総額133億円の金融支援(105億円の債務免除と28億円の優先株引き受け)と合わせ、西日本地区を地盤とする不動建設の建築事業の買収を発表した。資本増強によって債務超過転落を回避するとともに、不動建設の建築事業を取り込むことで年間400億円の増収効果を見込んだ。
ナカノコーポレーションは2004年4月に現在のナカノフドー建設に社名を変更した。長年安定した業績を堅持してきたが、2022年3月期の赤字転落は新生・ナカノフドーとしてスタートして以降、初めての経験だった。
一方、当時同じく経営難にあえいでいた不動建設はテトラポッド(波消しブロック)大手、テトラの傘下に入った後、両社合併により「不動テトラ」が2006年に誕生し、今日にいたる。
ナカノフドーの歴史は140年近い。1885(明治18)、中野喜三郎が石材工事業の中野組を開業したことにさかのぼる。代表作として日本橋架橋、国会議事堂の石材工事で実績を残している。
1933年に、当時中野組の支配人だった大島義愛が事業を継承し、中野組大島事務所(1942年に中野組に改組)として独立。戦後は建築事業を主軸に、関東一円を地盤として全国展開を進めた。1974年の米国進出を手始めに海外展開に乗り出したが、現在は米国から撤退し、東南アジア市場に的を絞っている。
次のM&Aのターゲットは?
すでに述べた通り、現行の中期経営計画では国内建設事業、海外建設事業と並んで非建設事業の強化を基本方針に打ち出している。その中身は賃貸を中心とする不動産事業と太陽光発電事業だが、全社に占めるウエートは1%余りに過ぎす、経営の柱とはほど遠い。
非建設事業の拡大に向けて、いかに新規分野を探索していくのか。その際、M&Aが有力な選択肢となるのは間違いなさそうだ。
◎ナカノフドー建設の沿革
年 | 主な出来事 |
1885 | 中野喜三郎が開業し、土木建築工事を手がける |
1933 | 大島義愛が事業を継承し、中野組大島事務所として独立 |
1942 | 株式会社中野組に改組 |
1962 | 東証2部上場 |
1968 | 不動産事業に進出 |
1972 | 東証1部に指定替え |
1975 | シンガポールに子会社を設立し、東南アジア進出に着手 |
1991 | ナカノコーポレーションに社名変更 |
2004 | 不動建設の建築事業を買収 |
2012 | ベトナムに子会社を設立 |
2015 | 太陽光発電事業を開始 |
2022 | 東証スタンダード市場に移行 |
2023 | 3月、土木工事のトライネットホールディングス(長野県飯田市)を子会社化 |
文:M&A Online編集部