この記事は2023年3月19日に「The Finance」で公開された「バーゼルⅢ最終化の全体像と重要論点」を一部編集し、転載したものです。
本稿ではバーゼルⅢ最終化までの経緯やその目的を整理し、求められる今後の対応について重要論点に焦点をあて、実務的に解説する。
バーゼルⅢ最終化までの経緯と今後のスケジュール
~2023年3月末から早期適用開始、国際基準行(モデル手法採用行)では2024年3月末から、国内基準行(モデル手法非採用行)では2025年3月末からの導入に向けて準備が進む~
2008年の金融危機に端を発するバーゼル規制の見直し、所謂バーゼルⅢは、結果として資本の質・量の向上からリスク・アセット計測(以下「計測手法」という)の見直しに至り、既存のバーゼル規制の凡そすべてのパーツに及ぶ大がかりなものになった。そしていよいよ国内実施という最終局面に至りつつある。資本に関する見直しは、銀行の資本政策に大きな影響を与えた一方、計測手法の見直しはリスク・アセットの計算方法から、与信、運用業務等銀行実務への影響が相対的に大きく、それゆえリスク管理部門や内部監査部署において対応しなければならない事項が多い。そこで、本稿では、間近に迫ったバーゼルⅢ最終化(以下、規制内容自体を指す場合において「最終規制」という)の国内実施に向けてリスク管理部門や内部監査部門において今後必要とされる対応について概説する。
バーゼルⅢの最終化は、バーゼルⅡにおいて既に確立していたリスク計測手法を見直すものである。具体的には、信用リスク、市場リスク、そしてオペレーショナル・リスク(以下「オペリスク」という)の3つのリスク・カテゴリーを中心に、そのリスク計測手法を簡便化、標準化、ないしは精緻化を図るものである。本来であれば簡便化、標準化は精緻化とは真逆の方向性を持つものであり、一見すると金融危機を端緒としリスク捕捉の充実化を目指すバーゼルⅢの考え方とは相反する内容にも見受けられる。
この背景には、2010年代初頭に当初のバーゼルⅢを検討する過程において、バーゼル規制の検討を行うバーゼル銀行監督委員会(以下「バーゼル委」という)が、銀行のリスク計測の実務や結果についてバラつきがあるという問題意識を有したことが背景にある。つまりは、バーゼルⅡにおいてリスク計測手法における各銀行に自行モデルを用いた計測手法を認めた結果、計測手法における銀行の裁量を過度に認めてしまったのではないかという問題意識にもとづき、計測手法のバラつきを是正するべく資本の見直しに遅れてリスク計測手法の見直しに着手したものである。
そのため、バーゼルⅢの最終化におけるバーゼル委員会の基本的な考え方は、バーゼル規制上の各リスク計測手法において、「簡便化(Simplicity)」「比較可能性(Comparability)」そして「リスク感応度(Risk Sensitivity)」を確保するという目的に集約される。
バーゼル委における最終化案は、2017年12月に最終合意に達し(市場リスクに関しては2019年1月)、その後は各国当局における施行を待つこととなった。バーゼル委ではバーゼルⅢの最終化の実施開始時期として、2023年1月1日からの施行を定めているが、各国における実際の施行時期はより遅くなる見込みである。本邦においても、新型コロナの影響を受け当初実施予定時期の後ろ倒しがあり、現在では、国際基準行(国内基準行のうちモデル手法採用行含む)は2024年3月末から、国内基準行は2025年3月末から施行される予定である。但し、金融機関が自主的な判断にもとづき早期に最終規制を適用することは可能であり、2023年3月31日から、一部の系統中央金融機関と地域金融機関において、最終規制を早期適用している。
これらを踏まえると、モデル手法を採用している金融機関は2024年3月末にはすべからく最終規制を適用していることになり、モデル手法を採用してない金融機関はその多くが2025年3月末に最終規制を適用することになるだろう。
そのため、大まかなスケジュールとしては、多くのモデル手法採用行においては概ね計測態勢の対応が完了しつつあり、本年は内部監査を含めた計測態勢の検証が行われることになろうかと推測する。またモデル手法非採用行においては、現在計測態勢構築の準備が進められている状況かと思われる。例えば信用リスクのリスク計測態勢を例に採ると、モデル手法である内部格付手法を採用している銀行のうちすでに一部は最終規制を早期適用しており、早期適用をしていない内部格付手法採用行も自己資本比率の影響度等を把握するために一応の計測態勢を揃えつつある状況かと思われる。またそれら内部格付手法採用行においてもフロア計算の必要性から標準的手法による信用リスク相当額の計測態勢も構築しつつあると思われる。そして外部のシステムベンダーもそれらに対応するために計算ロジックの実装が完了していると思われる。そのため、モデル手法採用行の計測態勢構築の準備状況は相応の状況にあると思われ、またモデル手法非採用行においては既に市中に新手法での計測環境が提供されつつあることを踏まえると、本年度中の計測態勢構築は到達可能な水準になってきているのかと推察される。
信用リスク分野における改正と対応
信用リスク分野においては、非モデル手法である標準的手法、モデル手法である内部格付手法のそれぞれにおいて、計測手法の見直しがされている。
標準的手法の対応
標準的手法は、元来与信額に相当するエクスポージャー額に、法人向け与信やリテール向け与信などリスク・アセットの種類に応じた掛け目を掛け合わせてリスク相当額を計測する手法であったことから、見直しの内容の主だったものは、掛け目の見直しであり、それだけを見ると計測態勢準備の負荷はそれほど大きくないように見受けられる。
しかしながら、金融機関向けのエクスポージャー、住宅ローン等においては、例えばLTV(Loan to Value)などの新しいリスク・ドライバーが設定されており、単に計算式だけではなく、それらリスク・ドライバー取得のためのデータ取得方法の実現が必要な点に注意が必要だろう。
また併せて、計算手法以外の改正点としては、与信先に対するデュー・デリジェンス要件(告示第48条の2)が挙げられるが、この点については、金融庁がすでに公表しているQ&Aにある通り、一般的に銀行に求められる与信先管理がなされている限りにおいては、同要件を充足するとされており、実務上の影響はあまりないだろう。
内部格付手法採用行における対応
内部格付手法(IRB)においては、最終規制により一部パラメーターの推計に制限が課されている。また資本フロアの算出方法に一部見直しがされている。これらの対応は信用リスク相当額の変動により自己資本比率への影響が一定程度あるものの、計測態勢としてはフロア計算上必要となる標準的手法による信用リスク相当額の算出態勢構築以外は影響が小さいだろう。
市場リスク分野における改正と対応
~不算入特例の厳格化に注意。現在の市場環境においてはモデルの挙動にも注視が必要~
市場リスク分野における改正においては、まず市場リスク相当額の算出が必要な金融機関の範囲が拡大されている(厳密には不算入特例の厳格化)。従前の①特定取引勘定の資産・負債合計額1,000億円未満かつ②純資産の10%未満という不算入特例の要件に加え、③外国為替リスク・カテゴリーのネット・ポジション1,000億円未満、④外国為替リスク・カテゴリーのネット・ポジションに信用リスク相当額、オペリスク相当額の合計額×12.5倍の10%未満に外国為替リスク・カテゴリーのネット・ポジションが収まっていることが必要となる。
凡そ地域金融機関の上位行が当該閾値の境界線上のいると思われるが、これらの金融機関では、不算入特例の要件を充足しているか定期的にモニタリングが必要となるだろう。
また計算手法自体では、従前の標準的方式と内部モデル方式に大きな変更が加えられている。標準的方式では、特にクレジット系商品や株式のデフォルト・リスク相当額が捕捉対象となっている点について対応が大きく対応が必要なところだろう。
内部モデル方式については、従前のVaR方式から期待ショート・フォール方式にモデルの要件が異なっており注意が必要なところである。
この点、内部モデル方式については、モデル開発の実務に照らすと凡そ対応に問題はないと思われるが、足許の金融市場の動向等踏まえるとモデルの挙動自体にも注意が必要な状況であり、内部監査含めてモデル管理の適切性が重要視される局面かと思われる。
オペレーショナル・リスク分野における改正と対応
~内部損失データ収集態勢の構築がポイント~
オペレーショナル・リスク分野については、最もドラスティックに計測手法が変更された分野であり、最も抜本的な対応が必要な分野である。
オペリスク相当額は従前、基礎的手法、粗利益配分手法、先進的計測手法の3つの手法が認められていたが、今回の最終規制においては、標準的計測手法に一本化がされた。他方で標準的計測手法においては、主に内部損失定数(ILM)の算出において、直近10年間のオペレーショナル・リスクによる年間平均損失額を当局の承認のもとに利用できることになっており、当局承認手法は限定的だが残されている状況である。特にILMを自社で算出する場合には、適切な形でのオペレーショナル・リスク上の損失額の記録が必要となり、当該損失額に関するデータベースの整備が必要である。すでに当該データベースの整備は進んでいると思われ、データ蓄積のための業務態勢も整備されていることが想定されることから、今後は蓄積されたデータの適切性の確認や監査部門による検証が必要となるだろう。
今後の国際規制の動向
~金融市場の不安定さを踏まえた今後の規制動向に注視が必要~
上記で確認したように、今回の最終規制の実施にあたっては、計算態勢の構築がポイントとなり、特に新しいパラメーター等の収集態勢の構築が重要となるが、来年ないしは再来年の対応には準備が整いつつある状況下と思われる。他方で、足許では欧米において金利上昇等を端緒とする金融市場の不安定さが顕在化し、今後の市場の動向と更なる規制の見直しにつながらないか注視が必要である。流動性リスクや銀行勘定における金利リスク等については、すでに規制上の対応がされているところであるが、その計測手法の妥当性等については、今後の論点となり得ることから、各国規制当局の動きとバーゼル委等の議論の動向については今後注目度が高くなっていくだろう。
▼著者登壇のセミナー
金融機関における健全性(バーゼル)規制の今後の動向と2023年度の要対応事項について
~バーゼルIII最終化対応を中心とした預金取扱金融機関の健全性規制~
開催日時:2023-05-25(木) 13:30~16:30
(会場受講またはオンライン受講/いずれもアーカイブ配信付き)
代表取締役社長
プロティビティLLC プリンシパル
東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入社、オリックス株式会社、プロティビティLLC、3年間の金融庁監督局総務課健全性基準室出向。ユニゾン・キャピタルでのコンプライアンス・オフィサーを経て、2022年6月に独立。長年にわたり、リスク管理、コンプライアンス、内部監査業務及びそれらに関するコンサルティング業務に従事。特に銀行の健全性規制や金融機関各業態のリスク管理、コンプライアンス、内部監査に精通している。