本記事は、石渡英敬氏の著書『新 事業承継・相続の教科書~オーナー経営者が節税よりも大切にしたいこと』(翔泳社)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=Romolo Tavani/stock.adobe.com)

後継者に株を渡す前にすべき、大切なこととは?

相続の「持ち戻し制度」「遺留分侵害」から後継者を守ろう

税理士の松本さん(55歳)は、税理士事務所を経営する立場として悩みを抱えていました。クライアントの多くが高齢化してきていたからです。

―― 「65歳には息子に譲りたい、引退だ」と言っていた社長が、70歳を超えても社長を続けているケースがざらになってきた。もしも事業承継ができずに黒字廃業などになったら、事務所として確実に売上が減ることになる。自分の知らないところでM&A(売却)にでもなれば、確実に関与は切れてしまう。これまで通り、もう法人税の申告だけやっているわけにはいかないぞ。もっと事業承継や相続の対策に積極的に関わらないと、事務所の未来はない――。

松本さんの心配事は尽きません。

そこで、意を決し、税理士向けに行われている3時間のセミナーに参加してみることにしました。テーマに惹かれて受けてみたいと思いながら、忙しさに追われてなかなか参加できなかったセミナーでした。

リアル開催を撮影し、数日後からオンデマンド受講のできるスタイルのためなのか、会場に来ている人は10名ほど。そこには同業者と思える人だけでなく、パリッとした身なりの整った保険の営業かとおぼしき人も交じっていました。「いろんな人が来ているなぁ」と思いながらも、大手税理士法人からやってきたという講師の話に、すぐに引き込まれていきました。

顧問税理士の関わりがまずかったために、経営者ファミリーが相続でもめてしまった事例が取り上げられており、松本さんはハッとすることが多くありました。

話を聞きながら、松本さんの頭の中では、いろいろな思いが交錯していました。

―― 株価の低いうちに、計画的に後継者に株式を贈与していく。普通にいい対策に思えるけどなぁ。生前に後継者に贈与した株式が、相続の際に「相続時の時価」で持ち戻されるとは、自分も知らなかった。今まで法人税の申告を業務の中心にしてきたのだから仕方ないか。

これから株の承継に関わっていくとすれば、大変なことになりそうだけど、やりがいはありそうだ。クライアントの社長やご家族に喜んでもらえるに違いない――。

松本さんはセミナー終了後、学びを整理し、実際に自分が「70歳で元気な会長・田中さんの父」に出会ったら、どんな提案をすべきかをノートにまとめました。

202×年×月×日

  • 後継者が定まっているならば、70歳という、まだ元気なうちに株式を後継者に渡すことはぜひ勧めるべきだ。年をとるほど渡す決心がつきにくくなるし、ある日突然認知症になってしまうリスクもある。

  • 株を渡す決心がつかない場合には、遺言で「株式は長男に相続させる」と指定しておく。相続人の間で共有になったら大変。後継者がまだ頼りなければ、後継者を相続のもめごとから守ってやることはなおさら、先代としての務め。相続での会社の混乱は最小限に抑えたい。

  • 遺言は、全財産について定める必要はなく、株式についてだけ遺言することも可能。
     →これは知らなかった! 株だけの遺言だったら、すぐにでも勧めたい社長がいる

  • 「まだ後継者が頼りない、株を渡すのは早い」と思う社長は多い。会社を長く成長させてきた自分と比べてしまえば、後継者がまだまだ力不足に見えてしまうのは世の常。思い切って株式を渡してしまうことも、後継者を独り立ちさせる育成策の1つといえる。
     →なるほど! そういう勧め方もあるのか。相続専門で場数を踏んでいる人は、同じ税理士でも全然違う。

  • 「持ち戻し免除の意思表示」が重要
     →後継者に株を渡すことのできた経営者には、併せて「持ち戻し免除の意思表示」をお勧めする。

ここまで書いて、松本さんは思いました。

―― 例えば、生前に贈与された株式が相続時に3億円の評価となり、相続時の財産が3億円の場合、もしも持ち戻し免除の意思表示がなければ、相続財産は6億円となって、3人きょうだいなら3人の相続分はそれぞれ2億円ずつ。遺留分は1億円ずつ。ということは、兄は株式3億円を相続したことになるので、妹たちが相続時の財産3億円を半々で分けることになり、兄は株式以外の財産は相続できないことになる。

持ち戻し免除の意思表示があれば、相続財産は3億円。妹たちも兄も1億円ずつ相続し、妹たちの遺留分の1億円は守られたことになるし、兄も株式以外の財産を相続できる。なるほど。

しかし、相続時の株価が12億円まで高くなったこの事例の場合を考えると、状況は異なる。遺留分の算定基礎財産額が15億円、妹たちの遺留分が6分の1で2億5,000万円ずつ。仮に持ち戻し免除の意思表示がなかった場合、妹たちは相続財産である3億円を1億5,000万円ずつわけあったうえで、兄に対して1億円ずつ遺留分侵害額請求ができてしまう。

持ち戻し免除の意思表示があって、3億円の相続財産を3人で分けたとしても、妹たちは遺留分2億5,000万円と相続した1億円の差し引き1億5,000万円の遺留分侵害額請求を兄に対して起こす権利があるので、結果としては同じになってしまう、ということか。遺留分の問題は難しい……。

そもそも、うちのクライアントでご家族のことをここまで把握できているところは、どれだけあるだろうか――。そんな疑問が湧いてきたのです。

新 事業承継・相続の教科書
石渡英敬(いしわた・ひでたか)
1974年、神奈川県川崎市に生まれる。1998年、東京大学教養学部基礎科学科卒業。大手広告代理店を経て、2005年にプルデンシャル生命保険株式会社のライフプランナー(営業社員)に。2015年、ライフプランナーの最高位「エグゼクティブ・ライフプランナー」に就任。
実家は祖父の代からスーパーマーケットを経営していたが、2015年(法人設立55期目)に経営難を理由に、三代目オーナー経営者の兄から第三者へ株式譲渡。ライフプランナーとしてその実現に深く関わる。「2代目3代目経営者のブレイン」「親族承継、永続経営のサポート」という立ち位置に特化した活動を続けている。
キャリアのある営業社員が専門性の高い最新知識などを学ぶ企業内大学「POJUniversity」の企画リーダー・講師を務める。自らの体験を共有する社内研究会には、毎回100名を超える参加者を集めている。

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