この記事は2023年7月5日に「The Finance」で公開された「行動変容型保険・エンベデッドインシュアランスの普及に向けた課題と解決策のヒント ~スマホネイティブ時代のマーケティング/プロトタイピングアプローチ~」を一部編集し、転載したものです。


最近、保険業界では、健康増進型保険やテレマティクス保険などの「行動変容型保険」や、「エンベデッドインシュアランス」が注目されていますが、全体に対する普及率はまだ高まっていません。今後、普及率を高めるカギとなる、スマホユーザーの日々の生活のなかに保険をとけこませる考え方について解説します。

目次

  1. はじめに
  2. 行動変容型保険の実例
  3. エンベデッドインシュアランスの実例
  4. なぜ行動変容型保険とエンベデッドインシュアランスを結び付けて考えるのか

はじめに

行動変容型保険・エンベデッドインシュアランスの普及に向けた課題と解決策のヒント ~スマホネイティブ時代のマーケティング/プロトタイピングアプローチ~
(画像=Song_about_summer/stock.adobe.com)

いま日本国内では、ユーザーのデータを活用してさまざまな分析を行い、ユーザーが保険金を受け取る事象(=ユーザーにとって、本来望ましくない事象)を起こるのを防ぐように行動を変えることを促す保険が出てきています。「健康増進型保険」ではさまざまな運動を促すことで疾病・死亡リスクを抑えようとしますし、「テレマティクス保険」では安全運転を促すことで自動車事故リスクを抑えることを狙っています。筆者は、これらの保険を「行動変容型保険」と総称しました。
一方、保険業界では「エンベデッドインシュアランス(Embedded Insurance)」というキーワードも注目されています。エンベデッドインシュアランスとは、ユーザーが何らかの商品を購入する際に、半自動的に必要な保険を提案し、加入してもらうような仕組みをもった保険を指します。新車を買ったら自動車保険に入る、マンションを借りたら火災保険に加入するなど、これまでも購買行動に即してしかるべき保険に加入することは行われてきました。ですので、近年着目されているエンベデッドインシュアランスとは、購買行動に起因する保険加入を、デジタル技術を活用してよりスムーズに効率的に促進する保険販売方法を殊更に指しているといってもよいでしょう。
これら「行動変容型保険」「エンベデッドインシュアランス」は、それぞれいくつかの著名な事例が出てきているものの、販売されている保険全体に占める比率という観点からみると、注目されているほどにはまだまだ普及していません。しかし、「リスクに対して予防を促す」「ユーザー行動に自然に寄り添って効果的な保険を提案する」という趣旨からは、これからの保険商品の本筋を担っていくものだと十分言えると考えています。
本稿では「行動変容型保険」「エンベデッドインシュアランス」がもっと普及するための条件を考えていくうえで、両者の関係性を考察していきたいと思います。

行動変容型保険の実例

まず、健康増進型保険の代表事例としては「住友生命 Vitality」が挙げられます。南アフリカのVitality社が開発した健康増進プログラムを、日本では住友生命が取り入れて商品化しました。同社の発表では、Vitalityに加入することで、健康に対する意識が変わること、健康に資する行動が増えること、血圧・血糖値・コレステロール値などが下がることが実証されているとのことです。住友生命は2023年3月末時点の保有契約数が1300万件あまり、うちVitality累計販売件数が130万件を突破したと発表しており、全体の1/10が健康増進型保険になっています。今後もVitalityの販売に注力していく方針です。
また、テレマティクス保険の代表事例としては「イーデザイン損保 &e(アンディー)」が挙げられます。イーデザイン損保は、東京海上日動グループにおいてインターネット自動車保険に特化したビジネスを展開する会社ですが、そのなかでも「&e」は車に取り付けたセンサーからのデータを用いて安全運転アドバイスを行う新商品(新ブランド)です。2022年4月には、同社の約70万件の自動車保険契約件数のうち、2~3年ですべて&eへの切り替えを目指すと発表されています。あしもとでは&e契約件数は約20万件に達しているそうです。
このように、特色ある行動変容型保険が開発・販売されていますが、保険業界全体に占める割合としては、住友生命やイーデザイン損保の状況をみると、多く見積もっても5~10%というところではないでしょうか。行動変容型保険は、センサー類を装着・設定しないといけないなどユーザーに追加負担が生じますし、低リスク行動に応じた割引を受ける前の保険料は、一般の保険に比べて若干割高になっている場合が多いことも、普及を妨げる要因かもしれません。

エンベデッドインシュアランスの実例

一方、「エンベデッドインシュアランス」の先駆け事例として、中国の衆安保険(の返品送料保険やフライト遅延保険)を挙げたいと思います。衆安保険は2013年の創業ですが、中国のECサイトでの返品送料保険で大ブレイクしました。当時の中国ECサイトでは、購入商品の品質が十分でないため返品が相次いでいました。そこで、返品が発生した際の送料を補償する保険を、当該ECサイト上で購入する際にワンクリックで加入できるようにしたところ、同サイトで商品を購入する際にはいわば必須の行動(デファクト・スタンダード)になり、一世を風靡したものです。
さらに、同社のフライト遅延保険は、社会課題の解決にも役立った事例として有名です。この保険は、中国国内の航空券をスマホで購入した際に加入できます。もしフライトが2時間以上遅れて到着した場合、保険金の申請をしなくても自動的に保険金が振り込まれる優れたUXで好評を博しました。当時の中国国内線は、長時間遅れるのが当たり前であり、ユーザーは常に不満を抱えていました。ところがこの保険が普及することにより、フライトが遅れても保険金がもらえるため、ユーザーの不満がひとまず抑えられたのです。
日本国内でも、さまざまなエンベデッドインシュアランスが出てきています。そのなかで、従来の販売プロセスに対してデジタルなエンベデッドインシュアランスを付加した事例として旅行代理店大手「クラブツーリズム」の旅行申込ウェブ画面での旅行保険加入プロセスが挙げられます。旅行代理店のパッケージツアーの申込は、必ずしも全面デジタル化されていません。いまだに紙のパンフレットと申込書による申込が多くを占めています。一方で、インターネット経由の手続きを希望するユーザーも増えています。クラブツーリズムでは、紙だけのプロセスも残しながら、インターネット完結のプロセスも用意しています。また、紙の申し込みから入ったユーザーが、あとからインターネットで手続きをすることも可能になっています。衆安保険のように、最初からインターネット完結であるケースと比べて、こちらのほうが対応の難易度は高いはずです。
そのほかにも、レストランやホテルを予約した際のキャンセル保険など、さまざまなエンベデッドインシュアランスの事例が出てきています。しかし、これらエンベデッドインシュアランスは、一つ一つの保険商品としては保険料・保険金が少額なものであること、さまざまなシーンに応じたUXが求められることから、いわば「少量多品種」のビジネスになっており、保険業界全体ではまだ大きな分野を占めるには至っていない状況です。

なぜ行動変容型保険とエンベデッドインシュアランスを結び付けて考えるのか

ここまでで、「行動変容型保険」と「エンベデッドインシュアランス」の事例を紹介しました。本来の趣旨からみて、保険商品の王道になってしかるべきと考えているのですが、いくつかの要因のため、現時点まだまだそれほど普及をしていないのが実態です。それぞれの普及を図るうえでは、筆者としてはこの両者を結び付けてとらえるのがよいのではないかと考えています。
行動変容型保険は、保険に入ることで、ユーザーの行動を(リスクが低くなるように)変えていくことを狙った商品です。図式的に表現すれば「保険→行動」という表し方ができます。一方で、エンベデッドインシュアランスは、ユーザーが行動をしたときに自然に保険に入るものですので、「行動→保険」と表現することができます。
この両者を結び付けると、「保険→行動→保険→行動→・・・」という循環につながります。このような循環が成立するということは、ユーザーの日々の行動の中に、何度も保険が登場するということを表しています。裏返して言うと、ユーザーの日々の行動の中に何度も登場するように保険商品を作っていくことが、行動変容型保険とエンベデッドインシュアランスを普及させる際の着眼点になるのではないかと考えています。
従来の保険加入は、日々の行動とはどこか切り離された感のある、独立したイベントのようなものだったと思います。保険会社の営業のかたがやってきて、多くの難しい説明を聞き、なんとか理解して、たくさんの書類に目を通して住所・氏名を記入して・・・という一大事だったわけです。その反面、保険に加入したのちは、営業のかたはあまり訪問してくれなくなり、年に数回、保険会社からのお知らせのハガキが到着するだけで、保険に加入していること自体があまり意識に上らなくなってくる・・・という状態です。ユーザーも、保険会社の営業のかたも、コミュニケーションをとるには一定時間や手間を割かなければならないことから、こういったやりかたが効率的でもあるし、限界でもあったわけです。
ところが、ユーザーが四六時中接するスマホというメディアが普及することで、ユーザーの保険に対する接し方も、大きく変化する可能性が生まれてきました。各種の行動と保険関連の行動をあまり切り離さず、日々の一連の活動としてユーザーがこなせるようになるということです。つまり、前述した「保険→行動→保険→行動→・・・」という循環が、無理なく自然に発生する可能性が生じてきたといえます。
こういった特性に着目して、ユーザーがスマホを通じて日々どのように行動し、その過程で自然に保険について考える場面が出てくるか、また、保険加入後の情報提供のありかたによって、いかにリスクの低い行動を促していくことができるか、さらには、それらを組み合わせた一貫した循環としてユーザーに継続的に体験してもらうようにするか、つまり、行動変容型保険とエンベデッドインシュアランスを組み合わせて、いかにユーザーの生活に保険を溶け込ませることができるかを考えることは、たいへん価値のあることだと考えています。


[寄稿]南本 肇
株式会社野村総合研究所
保険デジタル企画部 未来保険研究室 チーフエキスパート
1995年4月入社。コンサルティング部門~ソリューション事業開発部門に所属。2001年4月~2004年3月大手証券会社 営業企画部門 常駐・出向。2011年5月~2016年5月中国 上海 駐在。2016年10月~2018年9月米国 シリコンバレー 駐在。2018年10月~2022年3月大手生命保険会社 イノベーション部門 出向。2022年4月より現職。