この記事は2023年10月4日に「The Finance」で公開された「2023年8月22日開催ONLINE EXECUTIVE CONFERENCE「地銀DXの真髄 〜地域人材を活かすその秘訣とは〜」<アフターレポート>」を一部編集し、転載したものです。
2023年8月22日(火)、レッドハット株式会社と株式会社セミナーインフォの共催によるONLINE EXECUTIVE CONFERENCE「地銀DXの真髄 〜地域人材を活かすその秘訣とは〜」が開催された。
地域の金融機関が金融DXを通して実現するべき最も大きな目標は「地域の活性化」だ。その為には地域の企業や人材と協働し、「地域に根ざしたDX」を推進していく必要がある。本セミナーでは、地域の金融機関がこれから担うべき「デジタル・イネイブラー」としての役割に必要な要素について探求した。これらの内容は地方銀行のみならず、アライアンスを組む他の金融機関にとっても示唆深いものとなった。
目次
「北陸銀行の地銀DX ~地域顧客DX支援と人材育成~」
コンサルティング営業部 第4グループ ITコンサルチーム
<ワークスタイル変革のポイントは業務・人事・システム>
地方銀行を取り巻く環境の厳しさが指摘されている中、北陸銀行ではビジネスモデルの転換やコスト削減、効率改善などへの取り組みを進めることで、実績効果を積み重ねている。例えば、社内IT化を促進させ、2017年度にはグループウエアを活用したペーパーレス化に着手。月間240万枚の印刷枚数を170万枚へと約30%削減、前年同月比で300~700万のコスト削減効果を果たした。
ただ、既存の業務ルールでは印刷物が欠かせないシーンもあり、単純にペーパーレス化を進めれば業務の効率化が図れるわけでもない現状が浮き彫りとなり、根本から業務の見直しや改善すべきポイントが見えてきている。
ワークスタイルの変革に取り組むには、基盤であるシステムに加えて、業務と人事も合わせた三位一体で改善に取り組んでいくことが不可欠。今はまだ道半ばと考え、今後も引き続き継続していく構えだ。
<北陸銀行の強みを生かして、取引先に価値を提供>
北陸3県を基盤に、全国に広域な店舗網を展開する北陸銀行。そのネットワークを生かすとともに、グループ内にある北銀ソフトウエア株式会社や、北陸コンピュータ・サービス株式会社との三位一体の連携を強みに、総合的なお客さまサポートを展開している。
ITサポートの一環として手掛けているのがITコンサルティングで、専門家が中立的な立場から総合的に判断し、顧客のニーズにマッチしたITツールの導入から定着まで総合的にサポートしていく体制を構築している。
顧客の中には、サイバーセキュリティやインボイス制度、電子帳簿保存法(電帳法)などへの対応を進めたいのに、IT人材を確保できないなどの理由により、思うように進まないという課題を抱えている企業が少なくない。北陸銀行では、解決のためのツールの比較検討やDX推進セミナーの開催などを通じて、顧客の課題解決に寄り添っている。
<IT支援事例1:AIを活用した需要予測のシステム構築を提案>
北陸銀行では顧客の課題解決に向けて、どのような支援を実施してきたのか、いくつかの事例を紹介する。
1つ目は、AIを活用した需要予測のシステム構築を提案した事例だ。
食品廃棄や在庫不足によるチャンスロスに苦慮していた富山市内の食品製造業者から相談を受け、グループ内企業の北銀ソフトウエアと協働し、現状をヒアリングしながら業務を分析。分析データをもとに、AIが需要予測を作成し、適切な発注や在庫管理のできるシステムを構築した。
このシステムにより食品廃棄や在庫不足といったチャンスロスに効果を発揮するのはもちろんのこと、発注担当者の負担軽減という付加的な効果も生まれた。これまで発注業務の担当者は、欠品しないように、在庫過多にならないようにするために、日常業務で大きなストレスを抱えがちだったが、需要予測が立つことにより、業務上の負担が大きく軽減された。この取り組みは「日本DX大賞2022」の支援機関部門の優秀賞に選出されるなど、対外的にも高く評価されている。
<IT支援事例2:地域の企業変革を後押しするITコンサルティング>
2つ目の事例は、富山県で50年以上続く繊維製造販売メーカーを支援した取り組み。海外製品の台頭により競争が激化している繊維製造販売業界で、地域の産業雇用を守っていくために企業の変革を決意した企業に対して、在るべき姿へと導くコンサルティングをスタート。
急激な変革は難しいために、在るべき姿として「人の力を最大化できる組織」を最終目標に据え、段階を追って取り組むべき支援の流れを整理。20年以上前の機械が今も現役として稼働するなど、機械自体には大きな構造変化がない環境の中で、足場を固めながら人の意識を変えようとする改革を進めた。
まずは製造業の職場環境改善の基本となる5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・しつけの徹底)を通じて、仕事への意識付けを実施。従業員それぞれに「前よりも良くなった」という実感を持たせるともに、「社内が変わろうとしている」という空気感の醸成に注力することで、現場の中から改善案が自然と生まれてくるような土壌づくりを目指した。
「人の手による作業とデジタルの融合」を指針としたロードマップは、年単位で目標を設定。1年目は5Sの改善サイクルを定着化させつつ、意識の改革を図った。次のステップとして2年目からITやデジタル技術の導入を検討。工場内でのPoC(実証実験)、IoTシステム導入と段階を経て、受注シミュレーションに向けたタブレットの導入まで進んでいる。
<北陸銀行の新サービス:ほくほくBiz-Management>
2023年4月から新たなITコンサル支援として、「ほくほくBiz-Management」(以降、ビズマネ)の提供を開始した。
ビズマネはクラウド型のERPサービスで、受発注業務に関するペーパーレス化、システムによる一元管理などの業務効率化を促進する。法改正により新たに制度化されたインボイスや電子帳簿保存法(電帳法)への対応に加え、売掛金の消し込み、見積書や請求書の作成、帳票の受注などの日常的な業務負担の軽減を支援するサービスになっている。
主契約の「販売ワークス」では、受発注の伝票のやり取りを電子化し、販売・仕入・在庫管理業務の流れを効率化。必要に応じてオプションを追加すれば機能が拡張され、伝票入力から月次の集計、決算書の作成など、財務会計業務を総合的にサポートする「会計ワークス」や給与計算業務を支援する「給与ワークス」なども活用できる構成だ。
<税理士向けインボイスセミナー>
企業を直接支援するだけでなく各種関係者と情報を共有したり、連携を取り合ったりすることで、幅広いチャネルからの情報発信ができ、間接的な支援体制の強化にもつながる。その一例が、税理士向けセミナーの開催だ。
中小企業などでは、経理業務を税理士がサポートしているケースも多いため、税理士を対象としたセミナーを開催し、インボイスや電帳法に関する情報提供や、新サービスの紹介などにも努めている。
<地銀DXの真髄>
地銀を取り巻く状況を見る限り、DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性は感じるものの、短期間で一足飛びに実現できるものではない。まず自分たちの現状を正しく把握し、顧客が望む姿、行員として在るべき姿をしっかりとメイクアップしていくということが重要だ。現状を理解していくことで、解決していくべき課題、課題解決に向けて必要になる取り組みなどが見えてくる。
北陸銀行におけるDXは、3段階のステップを踏んで進めてきた。第1段階が手書きからデジタルへと移行して自社内の業務を効率化させる「デジタイゼーション」。第2段階がデータの共有化により、ノウハウを蓄積し、お客さまへと新たな価値を提供する「デジタライゼーション」。こうした段階を経ることで、第3段階として新しい価値創造を図る「デジタルトランスフォーメーション」への取り組みをスタートさせてきた。まずは基盤を構築して足場を固めた上で、一歩ずつ進めていくスタイルは、銀行内部の取り組みも、顧客支援の観点も同じだ。
これからも北陸銀行は、積み重ねてきたノウハウを余すところなく活用し、失敗も一つの情報として共有しながら、顧客の課題解決に寄り添い、幅広い支援を展開していく。
「モダンアプリケーション・プラットフォームによる地域DXの可能性」
ソリューション営業本部 エンタープライズソリューション営業部 セールススペシャリスト
<次世代のITインフラを考える上で避けては通れない「コンテナ」>
Red Hatはエンタープライズでの利用に最適なコンテナアプリケーション・プラットフォーム「Red Hat OpenShift」を提供する。
「コンテナ化」はこれからのITインフラあるいはクラウドの利活用を考える上で避けて通れない技術だ。
かつてべアメタルサーバを中心にITインフラを構築・運用していた時代は、ハードウエアとソフトウエアが一体化していて、アプリごとにサーバやOSを個別に用意する必要があり、サーバリソースを柔軟に有効活用するのは困難だった。
やがて、仮想マシン(VM)が登場すると、サーバ上にハイパーバイザー(仮想化レイヤ)を置くことで、ゲストOSを複数載せてサーバリソースを有効活用する仕組みが構築された。ただし、階層構造が複雑化するので管理が煩雑になり、整合性を担保するためのアップデート対応も要する。これらを解決するひとつの手段として「コンテナ化」がある。
コンテナ化という技術は、ソースコードやミドルウエアなど、アプリケーションを動かすために必要な最小限の要素を一つのパッケージにまとめ、インフラを跨いで持ち運び、展開することができる技術である(可搬性)。また、アプリケーションやシステムを構成する各機能(ログイン機能、在庫管理機能 等)ごとにコンテナ化し、疎結合化させる事で、各機能ごとの依存関係を気にせず継続的な開発、素早い機能リリースが可能となる(マイクロサービス化)。
なお、コンテナはそれ単体では閉じた存在になるので、運用する際は、一つ一つのコンテナを管理する指揮官のような存在(コンテナオーケストレーター)が必要になる。このコンテナオーケストレーターの役割を果たすオープンソースのソフトウエアが「Kubernetes」だ。Kubernetesは事実上のスタンダード(デファクトスタンダード)となっており、この「Kubernetes」が展開されていれば、オンプレミスでもクラウドでも、ベアメタルでも仮想マシンでも、特定のインフラや技術に依存することなく、あらゆるインフラの上でコンテナをアプリケーションとして動かすことができるようになる。
開発チームと運用チームが連関しながらサービスの継続的な開発・リリースに取り組むDev/Opsにおいても、コンテナ化の技術を活用することでメリットが得られる。一例として、コンテナの開発は開発チーム側が担い、複数のコンテナを安定的に動かすための基盤の運用を運用チーム側が担うという役割分担が可能になる。
開発チーム側と運用チーム側では、それぞれに役割があるため、関心事、重視する点が異なる。開発チーム側の関心事は「機能の追加改修やPDCAサイクルの速度を上げること」だが、運用チーム側は「アプリを安定的に動かしたい、インフラ都合でアプリ運用に影響を与えたくない」という思いがある。コンテナ化という技術を活用することで、アプリケーション側とインフラ・運用側のデカップリングが可能となり、結果的に両者の間の摩擦を減らすことができる。結果として、アプリケーションのリリース速度を上げる為の体制実現が目指せる。
こうしたコンテナや「Kubernetes」などの技術、開発・運用環境を支えるITインフラ・アーキテクチャがあって、初めてDev/Opsやアジャイル開発が可能になると言っても良い。
<金融DXに必要な「デ・ア・イ」>
地方銀行が置かれている状況に鑑みると、全世界的なインフレ、中央銀行の金融政策の急速な方針転換などを受けて、米国の地方銀行への取りつけ騒ぎ、スイスの老舗銀行の破綻などがニュースになるほど、金融不安が増している。また、ビジネス環境も厳しい状況だ。IT系をはじめとした非金融業のプレーヤーが参入してきて、競争を激化させている。地銀は生き残りをかけて証券会社との連携、地域をまたいだアライアンスの強化、地域内での合従連衡などの策を講じている状況だ。こうした取り組みを通じて、地方銀行は喫緊の「PBR1倍割れ問題」への対応も含め、収益能力の向上、資本効率の向上を求められている。
この様な状況の中で地方銀行が、これまで通り地域の顧客から選ばれる金融機関で居続けるためには、地域のお客様の課題解決に積極的に関与し、顧客本位なビジネス・サービスを展開していくことが必要だ。金融庁も銀行に対して、顧客本位なビジネス・サービスへの転換を強く要請している。その実現のための中核となるのが「金融DX」だ。
金融DXの実現に必要な要素として、Red Hatが着目しているのが「デ(デジタル)・ア(アジャイル)・イ(イケてる)」である。その必要性を個々に見ていこう。
一つ目の「デジタル」はすでに多くの銀行が着手し、スマートフォンアプリやウェブサービスの展開を推進している。バンキングアプリなどはその最たる例で、自社開発したり、他社とパートナーを組んで推進したり、それぞれ手法はバリエーションがあるが、皆同じ方向を目指していると言えよう。
二つ目は、開発手法として着目されている「アジャイル」。変化に応じて、めまぐるしく変わる顧客のニーズに応えるためには、時代や要望に即して、機能を素早くリリースし、顧客からのフィードバックを得て、またそれらを反映して、という順応性が大事になる。そのためには、開発体制も、ITインフラも、組織文化も「アジャイル」を推進できることが不可欠だろう。
最後の「イケてる」が示す意味は、ユーザーエクスペリエンスの向上だ。金融業界では法律に基づいた多くの規制が働いているため、できること・やれることは決まっている。そしてそれは競合他社とも全く同じである。であれば、そうした定められた制限の中で、他社と差別化を図ろうとするには、エクスペリエンス・体験を良くするしかない。
例えばスマートフォンアプリでは、どんなに多機能であっても、操作が煩雑でユーザー体験を損ねているものより、機能はシンプルでも直感的に操作できて触っていて心地が良いアプリのほうが、より良いエクスペリエンス・体験を提供できることになる。また、「イケてる」を実現し続けるためには、「アジャイル」が欠かせない。つまり、新しい技術を取り入れてPDCAを高速で回せる環境を作り、「顧客本位」を実現し続けていくことが重要だ。
<地方銀行が主導する地域DXの世界>
なお、これまで取り上げてきた「金融DX」は地方銀行に限った話ではなく、金融サービスを提供する企業に共通するテーマだ。その上で、地方における経済、産業、人材の創出が期待される地方銀行においては、「地域の、地域による、地域のためのDX」が求められる。
地方銀行が、地域の人材や企業に対してヒト・モノ・カネ・情報・インフラなどのリソースや場を提供することで、地域のIT人材やIT企業は活性化する。活性化した地域企業は、地域の住民や企業にデジタルサービスを提供し、デジタル体験を向上しながら、地域の課題解決を進めていく。その結果が、地方銀行に還元される。こうした地域内の循環を作ることが、「真の地域DX」の目指すべき姿ではないだろうか。
この地域循環を巻き起こすための仕組みやインフラは、ITベンダーやコンサルティング企業などのサポートを得るとしても、やはり地域の金融機関、地方銀行がプロジェクトオーナーシップを持って、主体的に金融DXに関わるプロジェクトを進めていくべきだと考える。例えば、プロジェクトの企画起案に関する主導権を持っているか、プロジェクトの目的や達成したいことなどのドキュメンテーションを自ら行えているか。地域に根差した事業者に仕事を発注できているか。こうしたプロジェクトを実現する為の意思決定・実行力や、進行管理に主体性を発揮するのがプロジェクトオーナーシップだ。プロジェクトオーナーシップを持って地域のお客さまに寄り添い、ニーズを拾い上げることができれば、解決すべき課題の特定や可視化、具体的なアプリケーションの開発などのプロセスは外部パートナーの手を借りても問題ないだろう。その外部パートナーとして、地域に根ざした事業者を積極的に巻き込めることが理想である。
Red Hatはそうした地域の事業者とのコラボレーションを実現するためのITインフラを整え、またそのために必要な「知見」を提供することで、地方銀行の働きをサポートできると考える。
<特定のインフラに依存しないITプラットフォームでの開発>
特定のインフラ及び技術に依存したアプリケーションの開発・運用は、企業に制約を課し、アジリティを低下させる。地域に根を下ろした事業者とのコラボレーションという観点で言えば、独自仕様のレガシーなITインフラ・運用の仕組みは、これまで受発注の実績が無い地域のシステム開発会社やFinTech系の新興ベンダーがプロジェクトに参画する上で大きな障害になる。これは顧客本位なビジネス・サービスを実現する上でディスアドバンテージになり得る。
特定のインフラや技術に依存せず、誰もが活用できるオープンな技術を使って、効率的にアプリケーションを開発して世に出すことができる開発体制がITプラットフォームとして整っていれば、課題解決のためにしなければならないことに集中して取り組むことができる。そうした開発・運用環境を実現させるのが「オープンハイブリッドクラウド」だ。
Red Hatが提供する「Red Hat OpenShift」は、まさにオープンハイブリッドクラウドの実現を目指している。あらゆるインフラ上で一貫したコンテナアプリケーションの開発・運用体験を提供する。コンテナ技術によってアプリケーションとインフラはデカップリングされていることは、何も内製化していなくても恩恵を享受できる。例えば、地域のアプリケーション開発会社は、いつもの慣れた環境で開発、コンテナイメージの作成を行い納品する。納品先では、自社のポリシー等に応じた試験やセキュリティタスクをパイプライン上で実施し、サービスリリースまで一気通貫で実施する。
Red Hatはこうしたプラットフォームを提供するにとどまらず、コンサルティングサービスも提供している。「Red Hat Open Innovation Labs」だ。クラウドネイティブなアーキテクチャー、アジャイル開発を可能とする組織の在り方、具体的な知識と経験を提供するソリューションだ。Red Hatは、誰にでも開かれたオープンな技術から得られる恩恵を組織に蓄積させ、クラウド時代およびアジャイル時代に向けた変革をサポートしていく。
「自社サービスと受注サービス開発の違いから地域金融機関にとっての理想の開発スタイルを模索する」
エックスカンパニー カンパニー執行役員 兼 カンパニーCOO
<マネーフォワードが提唱するTech&Design>
マネーフォワードの3つの事業領域は、法人向けサービスと個人向けサービス、さらに金融機関向けサービス。そのうち、金融機関向けサービスを担っているのが、マネーフォワードXカンパニー(MFX)だ。
MFXは新たな金融サービスの創出をミッションとして掲げ、金融機関向けにFintech推進やDX支援など149のサービスを提供(共同開発担当含む)。アカウントアグリケーション基盤を活用し、個人や法人向けのSaaS形式のサービスと、金融機関とタッグを組んで新たなサービスを受託開発で共創していく形式のサービスを提供している。
マネーフォワード全社が大事にしているValuesの一つが「Tech&Design」。テクノロジーだけでなく、デザインが世界を変えることができるという認識のもと、デザインテクノロジーとデザインの力を掛け合わせて、新しい体験を創出することを目指している。
<UXデザインの5段階モデル>
デザインで届けたい体験は、使えなかったものが使えるようになる、これまで体験したことのなかった新しい体験ができるなどの「うれしい体験」。うれしいと感じてもらえる体験を増やすために、サービスに関わるメンバー全てが、UXデザインを意識した思考を持つことを大事にしている。
UXデザインに関しては、印象を左右する「Surface(表層)」、ユーザーが触れる骨組みとなる「Skelton(骨格)」、情報やデータを組み合わせる「Structure(構造)」、必要な機能の仕様に関わる「Scope(要件)」、どのような価値を誰に届けるのか狙いを定める「Strategy(戦略)」という5段階のモデルが重視されている。
デザインという言葉からは、見た目の綺麗さやスタイリッシュさなどの表層の部分を指していると思われやすいが、それはあくまでもデザインの一部。しかし、実際にはエンドユーザーの使い勝手を考えて、全体の枠組みや仕様、情報やデータの構造などを考えるところまでがデザインだ。
デザインは大別すると、UIユーザーインターフェースのデザインとUXユーザーエクスペリエンスのデザインに分かれる。より重視するのはUXの方であること、それをデザイナーだけが意識するのではなく、関わる全てのメンバーが理解してはじめて、サービス向上につながる。全員がデザインへの理解を深めれば、より良いプロダクトを生み出す環境が整うので、組織としても強化されるだろう。
<求められるデザイン人材>
デザイン人材のレベルは、個人が持っているスキル要件に応じて上がっていく。MFXではスキル要件に応じて4段階のレベルを定義している。
まず、最初のレベルは、一般的な社会人経験や論理的思考を持つ「ビジネスパーソン」。デザイン思考やUXデザインの概要を理解できるようになり、主要なUXデザイン活動を補助できるようになったら「サポートメンバー」。サポートメンバーを束ね、一人で主要なUXデザインの成果物を作れるようになれば、次の段階の「ファシリテーター」となり、最高レベルは、未知のテーマに対しても適切なUXデザインアプローチを推進できる「エバンジェリスト」だ。
ファシリテーターやエバンジェリストレベルの人がメンバー内にいれば、それだけデザイン性能が高まることは言うまでもないだろう。
マネーフォワードでは、企画・プロトタイピング・実装・運用の各フェーズで、MFSD(Money Forward Service Design)というデザインの進め方をベースにしている。ポイントはプロトタイピングフェーズで、調査、分析、アイディア展開、要件定義、評価を繰り返して、有益なサービスとして成立するかどうかを判断してから、開発に入る流れになっている。
<デザイン人材育成を支援>
こうしたデザインスキルの向上やデザイン人材育成のノウハウを活用して、マネーフォワードXではデザイン人材をどのように組織に定着化させるか、開発に役立てるかに主眼を置いて、人材育成の支援も手掛けている。
実案件のテーマを設定し、参加者を集めてチームを編成。講義形式で全体の概要を説明するブートキャンプに始まり、プロトタイピングフェーズを一緒に回しながら、一緒に手を動かしていく。最初は見本を見せながら協力して取り組み、やがては、支援がなくても自発的にデザインについて考えられるように成長を促していく仕組みだ。
3~4ヵ月ほどかけてサイクルを一回転させる頃には、全体を把握できるようになるので、「サポートメンバー」のレベルには達する。さらに3、4回サイクルを回すことで「ファシリテーター」へとレベルアップできると見込んでいる。
<デザイン人材がいる組織に起こる変化>
金融機関が社外向け、顧客向けに提供しているシステムを作成する際も、エンドユーザーとディスカッションして検討したり、フィードバックを得たりする機会は少ないが、UXのアプローチを導入することによって、仮説の正しさをユーザーとの対話で確認することができる。何が必要で何が大事なのか、リリース前の予想との答え合わせをすることで、デザインセンスが磨かれるし、楽しさを感じるようになる。
また、顧客側の理解も進み、改めて潜在ニーズの発掘や提供したサービスの価値や真価に気づくことで、次の新たなサービスやビジネスにつながる可能性も生まれる。
<自社サービスと受注サービスとの開発体制の違い>
マネーフォワードXでは、自分たちのプロダクトをSaaSとして提供すると同時に、受託開発の形式で金融機関とタッグを組んだ共創サービスも展開している。自社SaaSの開発はマネーフォワードが主体で、共創サービスの方は主にタッグを組んだ金融機関が主体となってプロジェクトを進めていく。そのため、開発体制にも違いが見られる。
一番違いの大きいところは意志決定にかける時間で、自社SaaSの開発であれば、基本的にチーム内で実装やリリースまでの意思決定を行っていく。これに対して、共創サービスの方はプロダクトメンバーが所属する組織の上長など、周辺に多くの関係者が存在するため、意思決定を下すまでに多くの時間をかけることが多い。その上でリリース頻度を高めるためには、テクノロジー面での効率化を意識する必要があるだろう。
<より早く価値を届けるためのテクノロジー>
リリース頻度を高めるためのインフラとして、アジャイル開発とコンテナの活用は欠かせない要素だ。コンテナを活用しない場合と、本番リリース後の不具合が出る可能性も大きくなり、環境づくりの工数などにも影響が出るので、コンテナ化が果たす役割は大きい。
コンテナを活用できれば、コンテナイメージを作成して配布して実行すれば、運用環境が出来上がってサービスが利用できる状態になるので、実装に向けてのデプロイメントの手間も少なくなる。特に、開発環境と本番環境との差異があっても、コンテナでラッピングすれば本番でも同じような状態でテストして提供できるので、有効な開発手法の一つだろう。
新しいプロダクトの開発には、新しい技術を積極的に取り入れることも心掛けたい。組織として、新しい技術に寛容だと、スキルの強化、リリース頻度の改善、サービスの進化につながる。パートナーを含めて優秀なメンバーが集まりやすいので、サービスやシステムのパフォーマンス効率が向上し、新たなサービス価値が生まれる可能性にも期待できる。
さらに、地域のシステム会社やフリーランスとの協働に理解があるほうが、より良いプロダクトチームを作ることができる。
ただ、金融機関のシステム開発や運用は、環境制約などで他業界と比較すると複雑な要素が多い。金融機関ならではのルールに慣れていない場合は、思わぬ障害の発生や要件定義の段階やシステム開発時の手戻りによる遅延が発生する可能性もある。それを踏まえて、地域のパートナー企業やフリーランスの方々と仕事をする際には、成果物責任を伴った請負契約ではなく、ワンチームで契約する方式にすることも重要だと考える。
リリース頻度を改善するためには開発力を高める必要がある。一方で日本では、エンジニアの採用が難しくなってきているのが実情だ。グローバルな視野で日本語はうまく話せないが、英語は使えるメンバーに間口を広げると採用効率があがる。英語でコミュニケーションをとるのは難しいところもあるが、その課題を乗り越えるとエンジニアのチームづくりは進みやすくなるかもしれない。
このように柔軟な視点でデザインとテクノロジーを開発に取り入れてくことで、より良いサービス提供につながることを願っている。