本記事は、岡崎良介氏の著書『野生の経済学で読み解く 投資の最適解』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。

インフレ
(画像=SewcreamStudio / stock.adobe.com)

インフレの体系的な理論

インフレの時代が始まった、という答えは直感的にわかっていたのですが、それを理論とデータから詳しく説明するのには、もう少し時間がかかりました。何せインフレなどという言葉は日本では死語となりつつありましたから、もう一度文献を読みなおそうと思っても、もはや本屋さんにはそうした文献は並んでおらず、結局は昔から読み続けてきた経済原論(経済学を学ぶ際に使用する、教科書です)に戻るしかありませんでした。

経済学ではインフレというものは以下の3つの要素から成り立っているとしています。

  1. 人々のインフレに対する期待の高まり
  2. 広範囲に及ぶ人手不足がもたらす賃金の上昇
  3. 石油危機や半導体不足などの供給ショック

私がセミナーで使った「4つの理由」を分類すると、〝海からのインフレは3年かけて届く〟というのは3の供給ショックに該当します。〝賃金のデフレ圧力は止まった〟と〝日本の製造業労働力は国際競争力を持っている〟というのは2に当たります。そして〝日本の住宅用不動産価格は上昇トレンドに入った〟は1に当たります。

このうち1は、期待ですから簡単に政府や日本銀行が動かせるものではありません。経済学者はこれを抽象的な概念に留め、詳しいメカニズムを分析することを諦めてしまいました。また3についても、石油危機は産油国が勝手に決めることですから防ぎようがありません。また今回のコロナ危機で発生した半導体不足も、その回復は工場がある国それぞれの事情で決まることですから、これもどうすることができないものです。このため経済学では深い分析は行なわれていません。

ただ2だけが、人手不足という経済現象に起因するものだけに、経済学者たちの分析は進みました(逆に人手が余ればデフレの方向に進むということでもあります)。わかったことは、景気が良くなり労働需要が労働の供給を上回ると賃金がインフレとなり、これに引っ張られる形で諸物価も上昇する、という極めてシンプルなものだったのですが、そうなると大事なのは景気です。結局はインフレにしろデフレにしろ、景気が諸物価の連続的な上昇・下落を生み出す原因となるというのが結論となっています。

ところが日本の場合、現実は教科書どおりには進みませんでした。インフレの逆の問題であるデフレを終わらせるために日本政府は躍起になって景気対策を打ってきたのですが、これがちっとも成果が上がらない。しまいには日本のデフレは〝日本病〟などと揶揄され、その回復は何をもってしても不可能であると、世界の経済学者もお手上げとなってしまう始末でした。いったい何が起きていたのでしょう。

インフレ期待は資産価格の長期トレンドからつくられる

この謎を解くために、長いあいだ私が考え続けたのが1に挙げられた〝期待〟という問題でした。この〝期待〟という言葉を、経済学者も、市場関係者も、実に軽々しく、抽象的に、それでいて自分の都合のいいように使います。いろんな分析をしていてどうしても答えが定まらないときに、あたかも帳尻合わせのように使うのが、この〝期待〟という言葉なのです。

しかしそのように曖昧に使われていては、いつまでたっても問題の解決にはなりません。とりわけ儲かるか損すかの瀬戸際にいつも立たされている投資の現場では、あやふやな答えならないほうがましです。

そもそも〝期待〟には様々な形があるのですが、少なくともこのインフレに関する期待とは何か、という問いに対して最終的に私が出した答えは、〝それは住宅用不動産価格や株価といった資産価格の長期的なトレンドである〟という極めてシンプルなものでした。

この答えにたどり着くきっかけとなったのは、1997年から1998年にかけて発生したアジア通貨危機です。それまで〝東アジアの奇跡〟などと称賛され、政府と民間企業との「パートナーシップ」を柱として高成長を続けていた東アジア諸国の経済が、突如として崩壊した事件です。危機に直面した国々は、例外なく通貨が下落し、金利が急上昇し、経済活動が落ち込み、株価と不動産価格が下落しました。

ここで私が注目したのが、この株価と不動産価格の下落です。当然のことながら、金利が上昇し、経済活動が落ち込めば、株価も不動産価格も下落します。しかし株価と不動産価格の下落は、銀行融資に必要な担保価値の下落を引き起こし、それがまた経済活動を低下させます。この連鎖的に際限なく発生する負のスパイラルは、以前どこかで見た気がしました。

そうです。このとき私が見ていたものは、バブル崩壊後の日本経済と同じ光景だったのです。

野生の経済学で読み解く 投資の最適解
岡崎良介
1983年慶応義塾大学経済学部卒、伊藤忠商事に入社後、米国勤務を経て1987年野村投信(現野村アセットマネジメント)入社、ファンドマネジャーとなる。1993年バンカーストラスト信託銀行(現ドイチェ・アセット・マネジメント)入社、運用担当常務として年金・投信・ヘッジファンドなどの運用に長く携わる。2004年フィスコアセットマネジメント(現PayPayアセットマネジメント)の設立に運用担当最高責任者(CIO)として参画。2012年、独立。2013年GAIAの投資政策委員会メンバー就任、2021年ピクテ投信投資顧問客員フェロー就任。『相場ローテーションを読んでお金を増やそう』(日経BPマーケティング)など著書多数。

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『野生の経済学で読み解く 投資の最適解』
  1. インフレ期待は資産価格の長期トレンドからつくられる
  2. 日本経済の潜在成長率は0%台の前半?
  3. インフレ目標の時代は、リスク値が高い資産の運用効率が良くなる
  4. 株価の絶対的価値とは何か?
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