プロダクト開発には、開発者・エンジニアの協力が欠かせない。では、ビジネスサイドと開発者が緊密な連携体制を築き、プロジェクトを成功に導くには、どのような関係性が必要になるのだろうか。
株式会社シーエーシー(以下、CAC)は、2023年にAIを用いて転倒・転落の予防を目指す『まもあい(mamoAI)』のMVP版(テスト製品)をリリース。同社でプロダクトオーナーを務めるJoyce Fam(ジョイス・ファム)と、開発を担当している金子敏幸の対談を通じて、『まもあい』が生まれるまでの苦労、実用化に向けた取り組みについて紐解く。
2014年に株式会社シーエーシーに入社後、グローバル製薬企業向けインフラシステムの構築プロジェクトに配属され、顧客の各海外拠点間のファシリテーションを担当した。2016年に海外の協業先のAIやロボティクス製品を取り扱う部門、2019年には自社開発したAI技術のソリューションを担当する部門に異動し、日本市場でのAI活用の企画、事業立ち上げ、ビジネス展開に携わった。2022年より新規事業開発本部に籍を置き、介護施設や医療機関向けの見守りシステム『まもあい』のプロダクトオーナーとしてサービスの企画、開発、事業拡大を推進する。
2000年に株式会社シーエーシーに入社後、金融部門に所属し銀行向けのシステム開発、2008年以降は銀行・信託・証券などのSI事業のプロジェクトマネージャーやトラブルプロジェクトの立て直しを担当。2022年にR&D本部に籍を置き、いくつかのR&Dプロジェクトを推進、新技術の獲得とそれらを活用した開発などの業務に従事する。
――最初にお2人の経歴と、現在担当している業務について教えてください。
ジョイス 私は2014年に新卒でCACに入社し、現在は新規事業開発本部で『まもあい』のプロダクトオーナーを務めています。新規事業開発本部では、CACの技術を用いてプロダクトを作り、広めていくことを目的に、お客さまのニーズをヒアリングしてその内容をプロダクトに落とし込み、実際に現場で使えるように導入のサポートをしています。『まもあい』には立ち上げ当初から携わり、プロダクトオーナーとしてR&D本部と連携しながら開発を進めています。
金子 入社したのが2000年で、入社後は金融系のシステム開発やプロジェクトマネージャーなどを担当していました。現在はR&D本部のフェローとしていくつかのプロジェクトを並行して見ています。その中の1つが『まもあい』で、自分でも手を動かしながらエンジニア部隊のマネジメントを行なっています。
――『まもあい』には、どのような技術が使われていますか。
金子 『まもあい』のコンセプトは、「AIを使って人を見守る」というものです。その人がどういう姿勢なのか、転倒しそうな危険な姿勢ではないかを検知し、転倒や転落のリスクがあると、現場で働くスタッフのモバイル端末に通知する機能を備えています。
技術に関しては複数のAIを組み合わせ、転倒や転落のリスクがある状態を検知してアラートを出す仕組みを構築しています。複数のAIを組み合わせ、人とベッドなどの位置関係や人の姿勢をもとに自社開発のAIによって適切なアウトプットを生み出す部分に、当社独自のノウハウが詰まっています。
――システムの開発にあたり苦労された点、誤検知を防ぐために工夫した点はありますか。
金子 カメラの角度によっては、その人が安全な姿勢なのか、危険な姿勢なのかを判断しづらく、転倒しそうだと判断できない姿勢がたくさんあります。このような誤検知になり得る姿勢の排除には、苦労しました。
例えば、1枚の画像だけを見ると転倒していると判断できる姿勢でも、時系列で次の画像(※)を見ると転倒していないと判断できるケースもあります。より精度を高めるために、いくつかのフレーム(映像を構成する1枚の静止画)を統合した上で、どういった状態なのかを判定するロジック(処理内容)を入れるなど、細かな工夫を盛り込みました。
(※)『まもあい』ではカメラで転倒前後の状況を録画しているため、時系列で画像を確認できる。
ジョイス 例を挙げると、中腰の人を映した画像が、ものを拾おうとしているのか、立ち上がろうとしているのか、それとも転倒しかけているのか、1つの画像だと判断しづらいんです。その前後にある複数の画像を組み合わせて見ないと、正確な判断ができません。
AIだったら何でも正確に判断できると思われがちですが、AIに正確な判断をさせるためには、データを集めて一つひとつ学習させる必要があります。人が転倒しそうな姿勢はたくさんあり、その中のたった1つの姿勢を「これが転倒しそうな姿勢です」と学ばせるためには、最低でも1000枚ぐらいの画像が必要です。『まもあい』では、より精度を高めるために、1つの姿勢に対して大体3000枚から4000枚ほどの画像を集めてAIに学習させました。
――それだけのデータを、どうやって集めたのでしょうか。
ジョイス CACの社員やスタッフ、それから病院にも協力いただきました。『まもあい』の開発に携わる人員でひたすら転び、それを撮影してデータを収集しました。自宅にカメラを持ち込んだり、撮影用に部屋を借りたりなどして4、5人で3日間かけていろいろなパターンで転ぶ動画を撮影する、というのを3セットほど繰り返しました。
AIの精度は『まもあい』の肝になる部分です。この精度が低ければ、転倒・転落を検知するシステムは成り立ちません。エンジニアの皆さんからも、「こういう姿勢の撮影もお願いします」「この姿勢は画像が足りない」など、リクエストをもらいながらデータを集めました。
――『まもあい』を開発する中で、特に印象に残っていることはありますか。
金子 うれしい驚きがあったのは、MVP版プロダクトの開発を経て仕上がりの精度を確認したときです。部屋の中にカメラとベッドを配置して、そこにジョイスさんや他のメンバーに寝てもらい、システムがどう反応するのかを調べました。いざ、ジョイスさんたちがベッドから転落したり転倒したりした結果、『まもあい』が検知してアラームが飛んできたときは、うれしかったですね。
思った以上にしっかりと反応したことに驚くと同時に、これだけの性能だったら人がずっと見ていなくても、AIが検知して医療や介護の現場を支援することができると実感しました。「これなら行けるぞ!」という手ごたえを感じた瞬間でもあります。
――これまでの開発を振り返り、ジョイスさんから金子さんに、金子さんからジョイスさんにあげたい、それぞれの「ファインプレー賞」はどのような点でしょうか。
ジョイス 私は、金子さんにエンジニア部隊をマネジメントしてもらえなかったら、『まもあい』はできなかったと思います。
去年まで、『まもあい』を担当する社員は私1人しかおらず、技術のことがわからず大変苦労しました。外部のエンジニアをどうコントロールしていくのか、どうやって必要なことを伝えていくのか迷い、R&D本部に行って相談をしていました。
金子さんが来てくれてからは、そのチームマネジメントのおかげで、エンジニアと適切なコミュニケーションが取れるようになり、本当に助けられました。それらを総合して、金子さんに「ファインプレー賞」を贈りたいですね。
金子 ジョイスさんへの「ファインプレー賞」は、技術を活用してプロダクトを作り上げ、ビジネスとしてまとめる力です。この力は、見ていて本当にすごいなと感じました。プロダクトを作る上で、やりたいことはたくさんあるはずですが、優先度を判断してMVPとして成り立たせることができたのは彼女のおかげです。
『まもあい』の開発に費やせる期間、現在ある技術で作ることができるシステムなど制約がある中で、「これができないんだったらこうする」「この部分は今はこうして今後こういうふうに進める」と整理し、なおかつ社内で承認を得て、そしてお客さまにとってもプロダクトを魅力ある形に仕上げたところは流石です。
――開発に行き詰まって、揉もめたり、ぶつかったりしたことはなかったのですか。
金子 もちろん、常に予定通りに開発が進んだわけではなく、何度も方向を修正したりAIモデルや開発機能の変更をしたりしました。ただぶつかる前に、何か気になることがあればすぐにジョイスさんと話をするようにしていたので、結果としてうまく行っているんだと思います。
ジョイス そうですね。「なんかまずいな」と感じたときは、すぐに連絡をとって直接話したことで、開発がスムーズに進みました。
――『まもあい』の将来の展望について教えてください。
金子 医療や介護の現場で転倒事故が起きそうな危険な状況をいち早く検知して予防につなげるためには、やはり検知の正確性が重要です。より精度を上げるためにAIモデルやアルゴリズムの工夫を継続していくことに加え、今後は画像だけではなく、音声なども活用して今よりもきめ細かく危険を事前に検知できるようにしていきたいと思っています。
現在はまだまだ、カメラが自分のほうを向いていてその映像を使ってAIが判断するということに、心理的な抵抗を感じる人も多いのではないでしょうか。より良いプロダクトを作っていくことで信頼を獲得し、AIに見守られることに対する安心や、人手不足の対策になるプロダクトだと感じてもらえるようなシステムにしていきたいと考えています。
ジョイス やはり金子さんが言うような正確性を高める必要があるので、R&D本部と協力してもっとAIの精度を磨いていく予定です。
それから、現在は高齢化が進む一方で、医療や介護の現場での人手不足が深刻化しています。現場で働く皆さんがもっと仕事が楽になる、楽しくなる、そしてその仕事をしたいと考える人が増えるという状況にすることで、人手不足の解消を目指しています。病院の患者さまや介護施設の入居者さま、そして働く人の健康と幸せを作ることができる、そんな『まもあい』にしていけたらと思います。
(提供:CAC Innovation Hub)