この記事は2024年9月30日に「The Finance」で公開された「金融業界における不正取引の実態~テクノロジーやAIを活用した対策とは?~」を一部編集し、転載したものです。


金融業界は、経済の血液とも言える資金の流れを管理し、社会の発展を支える重要な役割を担っています。しかし、その一方で、不正取引という影の部分も存在します。本稿では、金融業界における不正取引の実態を深く掘り下げ、その対策について考察します。

目次

  1. 金融不正取引とは?
    1. 金融不正取引の定義
    2. 主な不正取引の手法
    3. 例)オンラインバンキングを利用した特殊詐欺
    4. 例)外国人の銀行口座を利用した現金詐取
  2. 金融庁:疑わしい取引の参考事例
    1. 疑わしい取引の届出義務
    2. 規則改定に伴う、疑わしい取引の参考事例
    3. 預金取扱い金融機関
    4. 保険会社
    5. 金融商品取引業者
    6. 暗号資産交換業者
    7. 共通の注意点
  3. 不正取引の検知と防止策
    1. 1.法規制の強化
    2. 2.監視システムの高度化
    3. 3.内部統制の強化
    4. 4・従業員教育とコンプライアンス文化の醸成
    5. 5.国際協力の推進
  4. 最新のテクノロジーを活用した対策
    1. ブロックチェーン技術の活用
    2. ビッグデータ分析
    3. リアルタイムモニタリング
    4. AIを活用した不正取引検知
  5. 金融機関の不正取引防止策
    1. ①三井住友銀行
    2. ②みずほ銀行
    3. ③楽天銀行
  6. 今後の課題と展望
    1. 1.新たな不正手法への対応
    2. 2.プライバシーとの両立
    3. 3.規制整備
    4. 4.金融教育の推進
  7. まとめ

金融不正取引とは?

金融業界における不正取引の実態~テクノロジーやAIを活用した対策とは?~
(画像=sdecoret/stock.adobe.com)

金融不正取引の定義

金融不正取引とは、金融システムや市場を悪用して不当な利益を得たり、他者に損害を与えたりする違法または非倫理的な行為を指します。これらの行為は、金融市場の公正性と透明性を損ない、投資家や消費者の信頼を大きく揺るがす可能性があります。さらに、経済全体に悪影響を及ぼし、社会の安定を脅かす要因ともなり得ます。

主な不正取引の手法

不正取引は市場の公正性を損ない、投資家の信頼を失わせる要因となります。以下に、代表的な不正取引の手法を紹介します。

不正行為説明
インサイダー取引企業の内部情報や未公開情報を不当に利用して株式などの取引を行う行為
相場操縦株価や為替レートなどを人為的に操作して利益を得ようとする行為
粉飾決算企業の財務状況を実際よりも良く見せかけるために会計操作を行う不正行為
マネーロンダリング犯罪によって得た資金の出所を隠蔽し、合法的な資金に見せかける行為
フロントランニング顧客の注文情報を先回りして知った上で、自己売買を行い、不当な利益を得る行為
ポンジスキーム新規投資家から集めた資金を古い投資家への配当に充てる詐欺的な投資スキーム

例)オンラインバンキングを利用した特殊詐欺

2023年、東京では、オンラインバンキングサービスを使用して盗まれた金額が前年の約5倍に増加しました。犯罪者たちがインターネットバンキングシステムを悪用して、不正に資金を移動させる手口が急増しています。この種の詐欺では、被害者のオンラインバンキング情報を騙し取り、口座から資金を不正に転送します。

参照:金融庁「フィッシングによるものとみられるインターネットバンキングによる預金の不正送金被害が急増しています。」

例)外国人の銀行口座を利用した現金詐取

2023年9月までに、警察は約1,600の疑わしい口座を特定しました。このうちの2割にあたる312の口座が、外国人とみられる名義で、3年前と比べてすでに3倍近くに急増しています。典型的には、電話で被害者を騙して資金を振り込ませ、その資金をこれらの口座を通じて引き出すという手口が使われています。

参照:振込先が外国人?特殊詐欺で急増 その背景は

金融庁:疑わしい取引の参考事例

疑わしい取引の届出義務

金融機関や関連業界(保険会社、金融商品取引業者、暗号資産交換業者、公認会計士等)は、顧客からの取引が犯罪収益に係る疑いがある場合、速やかに国家公安委員会や所管行政庁に届出を行う義務があります。具体的には、顧客の属性、取引時の状況その他の情報を総合的に勘案して、疑わしい取引であるかどうかを判断する必要があります。

規則改定に伴う、疑わしい取引の参考事例

令和6年4月1日、「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則及び疑わしい取引の届出における情報通信技術の活用に関する規則の一部を改正する命令」の施行により、疑わしい取引の届出様式が変更となりましたが、同時に金融庁より、金融機関等が「犯罪による収益の移転防止に関する法律」第8条第1項に規定する疑わしい取引の届出義務を履行するに当たり、疑わしい取引に該当する可能性のある取引として特に注意を払うべき取引の類型を例示しました。

預金取扱い金融機関

カテゴリー事例
現金の使用形態に着目した事例・多額の現金や小切手による入出金、特に顧客の収入や資産に見合わない高額な取引
・短期間に頻繁に行われる現金や小切手による入出金 多量の少額通貨による入金や両替
・夜間金庫への多額の現金の預入れや急激な利用額の増加
真の口座保有者を隠匿している
可能性に着目した事例
・架空名義口座や借名口座を使用した入出金
・実体がない法人の口座を使用した入出金
・住所と異なる連絡先にキャッシュカード等の送付を希望する顧客
・多数の口座を保有している顧客
・明らかな理由がない顧客による取引
・同一のIPアドレスからアクセスされている異なる顧客の取引
口座の利用形態に着目した事例・口座開設後短期間で多額または頻繁な入出金が行われ、その後解約や取引が休止した口座
・多額の入出金が頻繁に行われる口座
・口座から現金で払戻しをし、直後に払い戻した現金を送金する取引

保険会社

カテゴリー事例
現金の使用形態に着目した事例・多額の現金や小切手による保険料支払い、特に契約者の収入や資産に見合わない高額の保険料
・多額の保険金支払いまたは保険料払戻しにおいて現金や小切手による支払いを求める顧客
・短期間に複数の保険契約に対する保険料支払いで現金や小切手による支払い総額が多額である場合
真の契約者を隠匿している可能性に着目した事例・架空名義または借名で締結した保険契約
・実体がない法人の保険契約
・住所と異なる連絡先に保険証券等の送付を希望する契約者
契約締結後の事情に着目した事例・経済合理性から見て異常な取引、例えば不自然に早期の解約
・突然、保険料の支払方法を少額の月払いから年払いまたは一時払いへ変更

金融商品取引業者

カテゴリー事例
現金の使用形態に着目した事例・多額の現金や小切手による株式、債券、投資信託等への投資、特に顧客の収入や資産に見合わない高額な取引 ・短期間に頻繁に行われる株式、債券、投資信託等への投資で現金や小切手による取引総額が多額
真の取引者を隠匿している可能性に着目した事例・架空名義口座または借名口座を使用した株式、債券の売買、投資信託等への投資
・実体がない法人の口座を使用した株式、債券の売買、投資信託等への投
投資の形態に着目した事例・通常は取引がないにもかかわらず、突如多額の投資が行われる口座
・他の証券会社等からの合理的理由のない大量の自己名義、他人名義の株式の入庫(移管)

暗号資産交換業者

着目する点事例
現金の使用形態・多額の現金により暗号資産の売買を行う取引、特に顧客の収入や資産に見合わない高額な取引
・短期間に頻繁に行われる取引で、現金による暗号資産の売買の総額が多額
真の口座保有者を隠匿している可能性・架空名義口座または借名口座を使用した金銭または暗号資産の入出金、暗号資産の売買や他の暗号資産との交換 ・実体がない法人の口座を使用した金銭または暗号資産の入出金
口座の利用形態・口座開設後短期間で多額または頻繁な金銭または暗号資産の入出金が行われ、その後解約または取引が休止した口座
・多額の金銭または暗号資産の入出金が頻繁に行われる口座

共通の注意点

カテゴリー内容
顧客の属性と取引時の状況顧客の収入、資産、職業、事業内容等を考慮して、不自然な取引を特定する
真の口座保有者や契約者の確認架空名義、借名、実体がない法人の口座や契約を使用する場合に注意
外国との取引資金洗浄・テロ資金供与対策に非協力的な国・地域や不正薬物の仕出国・地域との取引に注意
不自然な取引パターン短期間に頻繁に行われる高額な取引、経済合理性のない取引方法などに注意
顧客の協力性取引時確認が完了しない場合や、真の受益者について説明を拒む場合に注意

金融機関や関連業界は、顧客からの取引を慎重に監視し、不自然な取引が発生した場合には速やかに届出を行うことが重要です。これらの参考事例を基に、各業界が適切な監視と届出を行うことで、マネー・ローンダリングの防止に貢献することができます。

参照:金融庁「疑わしい取引の参考事例」

不正取引の検知と防止策

金融業界における不正取引の検知と防止は、業界全体の信頼性を維持するために不可欠です。現代の金融機関は、複雑化する不正手法に対処するために多岐にわたる対策を講じています。これには、法規制の強化、監視システムの高度化、内部統制の強化、従業員教育とコンプライアンス文化の醸成、国際協力の推進などが含まれます。

1.法規制の強化

金融不正取引に対する法規制は、時代とともに進化してきました。各国の金融規制当局は、より厳格な法律や規則を設け、違反者に対する罰則を強化しています。実際に日本では金融商品取引法が改正され、インサイダー取引や相場操縦に対する罰則が厳しくなっています。

2.監視システムの高度化

金融機関や取引所は、不正取引を検知するための高度な監視システムを導入しています。AIや機械学習を活用したシステムにより、膨大な取引データの中から異常な取引パターンを瞬時に検出することが可能になっています。

3.内部統制の強化

金融機関内部での不正を防ぐため、厳格な内部統制システムの構築が求められています。職務分離、権限の適切な配分、定期的な内部監査などを通じて、組織内部からの不正リスクを最小化する努力が続けられています。

4・従業員教育とコンプライアンス文化の醸成

不正取引を防ぐ上で、従業員の倫理観とコンプライアンス意識を高めることは極めて重要です。定期的な研修や啓発活動を通じて、法令遵守の重要性や不正行為の結果について理解を深める取り組みが行われています。

5.国際協力の推進

グローバル化が進む金融市場において、国境を越えた不正取引に対処するためには、各国の規制当局間の協力が不可欠です。情報共有や共同調査の枠組みを構築し、国際的な不正取引に対する監視を強化しています。

これらの対策を総合的に実施することで、金融業界全体の信頼性を高め、不正取引のリスクを低減することが期待されます。

最新のテクノロジーを活用した対策

ブロックチェーン技術の活用

ブロックチェーン技術は、取引の透明性と追跡可能性を高めることで、不正取引の防止に貢献する可能性があります。改ざんが困難な分散型台帳システムにより、取引の信頼性を向上させることができます。

<ブロックチェーン技術の活用例>

  1. スマートコントラクトによる取引の自動化と条件の厳格な管理
  2. 人間の介在の減少による不正行為やミスのリスク低減
  3. 条件が満たされるまで資金の移動を制限することで詐欺行為の抑制
  4. 複数の金融機関間でのデータ共有の安全かつ迅速な実現
  5. 異なる金融機関間での取引の追跡と監査の容易化
  6. KYC情報のスムーズな共有によるマネーロンダリングやテロ資金供与リスクの低減
  7. デジタルアイデンティティの管理による個人情報の保護と不正アクセス防止

ビッグデータ分析

大量の取引データを分析することで、不正の兆候を早期に発見することが可能になっています。パターン認識や異常検知のアルゴリズムを用いて、人間の目では捉えにくい不正の痕跡を見つけ出すことができます。

<ビッグデータ分析の活用例>

  1. 信用カード会社では、顧客の購入履歴や行動パターンをビッグデータとして収集し、異常な取引を自動的に検出するシステムを構築
  2. 通常の購買パターンと比較して異常な挙動が検出された際には、即座に顧客に確認を取るか、取引を一時停止する措置を実施
  3. ビッグデータ分析は、金融機関間での協力体制を強化するためにも活用
  4. 複数の金融機関が共有する取引データを統合し、相互に照合することで広範な不正取引ネットワークを把握
  5. ビッグデータ分析により、顧客の行動予測や将来的な不正取引のリスクを予測し、事前に防止策を講じることが可能
  6. 過去の取引データや市場の動向を分析し、特定の時期や地域での不正取引の増加傾向を警戒

リアルタイムモニタリング

取引のリアルタイムモニタリングシステムにより、不正取引を即座に検知し、対応することが可能になっています。これにより、被害が拡大する前に不正を止めることができます。

<リアルタイムモニタリングの活用例>

  1. 顧客の取引履歴や行動パターンを常に監視し、異常な動きを検出
  2. リアルタイムでフラグを立て、即座にアラートを発信
  3. 取引の一時停止や追加の確認を行い、不正取引の発生を防止
  4. 機械学習アルゴリズムと組み合わせて精度と検知能力を向上
  5. 不正取引が疑われる場合に関連部署にアラートを送信し迅速な対応を促す

AIを活用した不正取引検知

AI技術を活用した不正取引検知システムが注目されています。AI技術を活用することで不正取引検知の精度と効率を飛躍的に向上させるだけでなく、金融機関のリスク管理全体を強化することができます。

<AI活用例>

  1. 機械学習アルゴリズムを用いて大量の取引データを分析し、通常の取引から逸脱した異常なパターンを迅速に検出
  2. ディープラーニング技術を利用して過去の不正取引事例から学習し、新たな不正手法にも対応
  3. リアルタイムでのモニタリングにより異常検知の精度を高め、プロアクティブな予防策を実現
  4. 異常な取引活動が検出された場合、即座にアラートを発し迅速な対応が可能
  5. 自然言語処理技術を活用して取引に関するメッセージや通信内容を解析し、潜在的な不正行為を事前に察知
  6. 金融機関の内部統制の一環として、内部監査部門やコンプライアンス部門がAIツールを使用し、従業員による不正行為や内部情報漏洩のリスクを低減

金融機関の不正取引防止策

①三井住友銀行

  • 過去の取引データを基に異常なパターンを検出し、リアルタイムで不正取引を予防
  • ブロックチェーン技術を活用し、取引の透明性と信頼性を向上
  • 不正送金対策ソフトを導入し、ウイルス感染による不正送金を防止
  • インターネットバンキング(SMBCダイレクト)での取引時にワンタイムパスワードを使用し、セキュリティを強化

参照:
三井住友銀行のセキュリティ対策
STOP!不正送金被害

②みずほ銀行

  • 追加認証の実施:異なる環境からのアクセスには追加認証を行い、セキュリティを強化
  • 24時間365日のモニタリング:不正な取引を検知するために、常時監視を実施
  • 暗号化通信:通信内容を暗号化することで、情報の盗聴を防止
  • みずほダイレクトアプリの利用:第2暗証番号の管理や、取引利用通知メールの送信など、アプリを通じてセキュリティを強化
  • 不正アクセスの排除:不正の可能性があるアクセスや取引を確認した場合、みずほダイレクトの利用を一時停止し、被害発生を防止

参照:
不正送金被害をゼロに。 | みずほ銀行
不正送金対策 | みずほ銀行
セキュリティの取り組み | みずほ銀行

③楽天銀行

  • ブロックチェーン技術の活用:取引の透明性と改ざん防止を実現
  • AIによる不正検知:取引パターンをリアルタイムで分析し、不正の兆候を早期に検知
  • スマートコントラクト:取引の自動実行と契約内容の記録を行い、不正行為を防止

参照:
セキュリティ対策について | 楽天ウォレット
取扱暗号資産一覧 | 楽天ウォレット

今後の課題と展望

1.新たな不正手法への対応

技術の進歩とともに、不正取引の手法も巧妙化しています。暗号資産を利用した新たな形態のマネーロンダリングや、AIを悪用した高度な相場操縦など、従来の対策では捉えきれない不正に対する準備が必要です。

2.プライバシーとの両立

取引の監視を強化する一方で、個人情報保護やプライバシーへの配慮も欠かせません。適切な監視と個人の権利保護のバランスを取ることが、今後ますます重要になると考えられます。

3.規制整備

グローバルな金融市場において、各国の規制の違いは不正取引の抜け穴となる可能性があります。国際的な規制の調和を図り、一貫した対応を取ることが求められています。

4.金融教育の推進

一般の投資家や消費者に対しても、金融リテラシーの向上が重要です。不正取引の手口や危険性について広く知識を普及させることで、被害を未然に防ぐことができます。

まとめ

金融業界における不正取引は、市場の健全性と社会の信頼を脅かす深刻な問題です。しかし、法規制の強化、テクノロジーの活用、そして業界全体の努力により、その対策は着実に進展しています。

今後は、新たな脅威に対する柔軟な対応力を養いつつ、透明性と公正性を確保するための取り組みをさらに強化していく必要があります。同時に、健全な金融市場の発展を支えるポジティブな取り組みにも注力し、不正の防止と市場の活性化を両立させていくことが求められます。

金融業界に携わる全ての関係者が、高い倫理観と専門性を持って日々の業務に臨むことで、より強固で信頼される金融システムを構築していくことができるでしょう。不正取引との戦いは終わりのない挑戦ですが、それは同時に、公正で透明性の高い金融市場を実現するための道でもあります。


[寄稿]TheFinance編集部
株式会社セミナーインフォ