この記事は2024年11月8日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「ECBを惑わす景気低迷下での物価高」を一部編集し、転載したものです。
OIS(Overnight Index Swap)市場は現在、欧州中央銀行(ECB)が12月の理事会で、域内景気の低迷とそれに伴う物価の下振れなどを背景に25bpかそれ以上の幅の利下げに踏み切ることを織り込んでいる。実際、ユーロ圏の10月ユーロ圏購買担当者景気指数(PMI)は49.7と2カ月連続で拡大と縮小の分かれ目である50に届いていない。
9月のユーロ圏の消費者物価指数(HICP)は、前年比1.7%上昇と約3年ぶりにECBが掲げる2%の物価目標を下回った。ユーロ圏景気が中核国のドイツを中心に低迷が深刻化し、それが物価の下振れをもたらすことへの市場の懸念には説得力がある。
もっとも、ユーロ圏の7~9月期実質GDPは前期比0.4%増と市場予想の倍の成長率を記録。9月マネーサプライ(M3)も前年比3.9%増と2023年8月の同▲1.3%を底に加速的に伸びている。
前述した10月PMIも前月との比較では改善し、HICPは10月に前年比2.0%上昇へと加速した。そもそもHICPは、エネルギーなど変動の大きい項目を含む総合が鈍化傾向にあるが、それらを除いたコアの上昇率は前年比2%台後半での高止まりが続く。需給ギャップに連動するスーパーコアの上昇率は前年比3%近辺で高止まりしており、基調インフレ指標であるPCCIの上昇率も同2%近辺とパンデミック前の水準を上回る(図表)。
ECBチーフエコノミストのレーン理事は10月24日の講演で、PCCIが将来の物価を予測する上で優れていることを強調し、新たに入手した賃金の先行き予測などと共に物価安定の目標達成に自信を示した。ただ、ドイツ最大の産業別労組であるIGメタルが10月29日にストライキを実施し、7%の賃上げを要求。この要求は前回22年の7~8%の下限とはいえ、決して低くはない。
物価を取り巻く環境を見る限り、ECB理事会が10月に連続利下げに踏み切ったことを正当化できるほど十分な材料がそろっていたかは疑わしい。まして、一部の理事会メンバーが言及する12月での大幅利下げについてはなおさらである。
キプロス中銀のパツァリデス総裁は10月23日、景気低迷下の物価高というバランスの悪さに言及した。実際、ドイツの10月CPIは、エネルギーおよび食品を除くコアの上昇率が前年比2.9%で、6%弱の伸びだったパンデミック後のピーク時に比べると大幅に鈍化しているものの、パンデミック以前は1%台前半の伸び率だったことを踏まえれば、まだ高い。
筆者はECBが今後も景気に配慮し、利下げを継続するとみる。しかし、それは物価安定の目標達成を困難にするとも考えている。ECBはいずれ、金融政策の軸足を再び物価へ戻さざるを得ないだろう。足元の市場の利下げ見通しは最終的に大幅な上方修正を迫られる可能性が高い。
MCPアセット・マネジメント チーフストラテジスト/嶋津 洋樹
週刊金融財政事情 2024年11月12日号