本記事は、山本 御稔氏の著書『「本当にあった事件」でわかる金融と経済の基本』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。

貨幣価値を揺らがせないための日本銀行
高度な技術で偽札を根絶するということは、日本における貨幣価値を揺らぎないものにする、そして安定させるということです。偽札が多く刷られてしまう国の貨幣なんて、誰も信用しません。
そして、貨幣価値の安定性を損なうのは、現物として存在する「偽札」だけではありません。日本銀行は貨幣価値の安定性を維持するために「物価の安定」と「金融システムの安定」に力を注いでいます。
物価の安定
物価の安定とは、モノやサービスの価格が安定するということです。インフレやデフレのコントロールによって、モノ・サービスの価格が安定することを重要視しています。
目指しているのは「モノ・サービスの価格がまったく上がらない」ということではありません。モノの価格がまったく上がらない、ということは、場合によっては企業の収益が上がらないということにつながりかねません。すると、従業員の給与も上がりません。これでは人間心理として、つまらないのです。また、給与が上がっている海外の企業に劣ってしまう懸念もあります。給与が上がるという前提のもとで、物価はゆっくりと上がるというのがあるべき姿です。
ただし、物価が上がるのが先で給与が追随すること(遅行)はあまり望ましくありません。また、物価が急激に動くことも望ましくありません。物価が急激に上がる、たとえば1万円で買えていた洋服が急に10万円になったとすれば、1万円紙幣をいっぱい発行するか、新しく10万円紙幣を発行しなければなりません。
1990年前後、(1万円札を超える)10万円札など高額紙幣の発行が議論され始めている、という噂が流れました。しかし、実際に発行にはなりませんでした。
もしも10万円札が不用意に発行されたら、物価の不安定さをもたらし、ひいては「日本円は信頼できない」ということになってしまいます。1万円札の価値は、60年以上にわたって維持されています。これは日本銀行が頑張ってコントロールして、物価を安定させているからなのでしょう。
ところで「物価」と書きましたが、その定義について記しておきます。「物価」とは、個々のモノとサービスの価値を金額で表現したものです。モノとサービスのことは「財」とも言います。
モノとサービスと言っても、内容はさまざまです。衣服もあれば、食品、教育、医療もあり、それらの“価値を総合的に表わすもの”が“物価”です。
モノとサービスの価値を金額で表わす時は、「買う側」と「売る側」の合意という、いわば人と人の人間味のある判断が入り、これが「価格」になります。これらのさまざまな大量・多数のモノとサービスの価値判断の合計が「物価」で、物価が継続的に上がればインフレ、継続的に下がればデフレになります。
金融システムの安定
日本銀行だけではなく、世界中の中央銀行は「金融システム」を重要視しています。金融システムとは何でしょうか?
システムとは、「仕組み」を意味します。システムキッチンは調理場、洗い場、収納場、作業台などのさまざまな仕組みが組み合わされて、効率的なキッチンになります。
この“システム”という仕組みを金融に応用するのが金融システムです。金融には、お金を「使う」「貸す」「借りる」「外貨に換える」といったやりとりがあります。これらを実現するためのシステムが必要です。また、日本銀行と民間銀行とのやりとりや、民間銀行同士のやりとりにもシステムが必要です。海外の銀行とのやりとりにも、システムが必要となります。このようなものをまとめて「金融システム」と言います。
この金融システムは何をおいても、安定していることが重要です。
金融システムの安定は、日本銀行法第1条第2項の「信用秩序の維持に資すること」と密接に結びついており、日本銀行が物価の安定と同様に自らの目的として掲げていることです。
中央銀行として金融システムの全体像をとらえ、そこからリスクを早期に発見して改善する役割を「マクロ・プルーデンス」と言います。
“マクロ”は一国の経済全体で、“ミクロ”は企業ごとの経済と言えます。プルーデンスとは信頼性・安全性を意味します。
具体的には、1980年代の後半から起きたバブルから1990年代前半のバブル崩壊、あるいは2008年のリーマンショックといった国全体の金融危機が生じた時に、それが国際的に波及するリスクを“マクロ・プルーデンス”として、政策などを取り込みコントロールしています。
マクロ(大きな視点)があれば、ミクロ(小さな視点)もあります。
「ミクロ・プルーデンス」は民間銀行など、金融機関の個々の健全性を把握、コントロールします。金融機関は他の金融機関と連携していますから、どこか1つの銀行が不健全で問題を起こせば、あっという間に他の金融機関へ問題が連鎖してしまいかねませんので、それを、予防する必要があるのです。
日本銀行は、ミクロ・マクロ両方の視点で金融・経済を管理・監督する重要な役割を持っています。こうした役割を果たすことから、日本銀行は「銀行の銀行」と呼ばれることがあります。

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