本記事は、山本 御稔氏の著書『「本当にあった事件」でわかる金融と経済の基本』(日本実業出版社)の中から一部を抜粋・編集しています。

「本当にあった事件」でわかる金融と経済の基本
(画像=BBuilder/stock.adobe.com)

世界に広がったリーマンショック

金融機関とは、銀行だけでなく、証券会社や保険会社などを含みます。そして金融機関には、複雑な連鎖関係があります。どこかの金融機関で問題が起きれば、それは間違いなく他の金融機関にも影響します。残念ながら負の連鎖の象徴とも言える、2008年のリーマンショックを見てみましょう。

2008年9月15日、アメリカの大手の投資銀行リーマンブラザーズが倒産しました。
負債総額は6,000億ドル(2024年11月の1ドル=150円で約90兆円)と言われています。巨額の負債です。リーマンブラザーズは、アメリカの連邦倒産法第11章(「チャプターイレブン」として有名)が適用され、破綻に至りました。リーマンブラザーズの破綻は単なる破綻ではありませんでした。世界に連鎖し、世界的ショックとなったのです。

まずは、このリーマンショックの根源となった、サブプライムローンとリーマンブラザーズについて見ておきましょう。

サブプライムローンの始まり

ニューセンチュリーファイナンシャル(ニューセンチュリー社)は1995年に設立されたモーゲージ(所有不動産を担保にしたローン)に特化した金融機関です。

アメリカでは1990年頃から景気が拡大しました。日本がバブル崩壊で苦しんでいる頃、アメリカは景気が良かったのです。戸建ての住宅需要が多く、住宅ローンのニーズが高まりました。

ニューセンチュリー社はそんな時に「モーゲージ」という、所有不動産を担保にしたローンに目を付けました。
そして、戸建てを買う、その資金を借りる、借りるにあたって買った戸建てを担保にして金融機関に融資をお願いする…… といった、一連の流れにかかわる金融機関として躍進していきます。

しかし、ここでアメリカ経済に転機が訪れます。2001年9月11日にアメリカ同時多発テロが起き、2003年にはイラク戦争が起きました。アメリカ経済は景気が低迷し、その景気の回復のために、金利が引き下げられました。金利が低ければ、ローンで支払う金利が下がり、住宅が買いやすくなりますから、住宅需要は高まります。そこで、モーゲージの中でも「サブプライムローン」という、低所得者でもローンを借りて住宅が買える金融手法が使われるようになりました。

これまでのローンは「プライムローン」で、しっかりとした所得を得ていないとお金を借りられなかったのが、サブプライムローンによって、高所得者でなくともお金を借りられるようになったのです。

“プライム”とは優良を意味しており、プライムローンは優良な所得の保有者向けのローンで、一般的に金利が少し低めになります。貸す側の銀行としては確実に返済されるであろうことから、金利を低めにできるのです。“サブプライム”とは「優良性が劣る」ということです。銀行から見れば、サブプライムローンの借り手はもしかしたら返済ができなくなる可能性があるので、プライムよりは金利が高めになる傾向があります。

低所得者でもローンを借りられるというのは見方を変えれば、金融機関が貸出リスクを取り始めたと言えます。金融機関はお金の使い道(貸出先)を探してニューセンチュリー社にお金を流し込み、ニューセンチュリー社は、自社に流し込まれたお金を使うため、リスクが高いサブプライムローンという仕組みを使って低所得者に、十分なリスク評価もせずに貸したのでしょう。

こうしたローンが一般化すると、所得が十分ではない多くの人々が住宅を求めます。そして住宅価格は上昇します。2006年には住宅価格が高くなりすぎているとの情報が出始めていたのですが、金融機関はさらにまだ上がると自信を見せ、サブプライムローンによる住宅購入者には「あなたが購入した住宅の価格はまだ上がります」と言っていました。買主は、もしもローンを払えなくなったとしても、購入した住宅を売れば少なくとも損はしないと考えたのです。

この状態は、もはや投機と言えそうです。住宅購入者は知らないうちに投機に巻き込まれていたのです。投機はリスクが伴います。
そして、このリスクが現実になりました。2004年頃からインフレが起き、その抑制のために政策金利(中央銀行の金利)が上がりました。金融引締が始まったのです。それにより、サブプライムロ―ンの金利が上がり、それに対応できない購入者が破産しました。元々サブプライムローンは低所得者の利用が多かったため、購入者の多くは返済が滞り破産していました。

同時に不動産価格も下落しました。担保とは本来、「お金が返せない時は、その物を売ってお金を返します」という役割を果たすはずでした。しかし、担保の価値も下落したので、担保になっていた家を売っても貸したお金の全額が回収できず、金融機関の損失も膨らみます。2007年、ニューセンチュリー社はあっという間に破綻してしまいました。

リーマンブラザーズの破綻

ニューセンチュリー社の破綻が、大手の投資銀行であるリーマンブラザーズに波及しました。
リーマンブラザーズは、ニューセンチュリー社の持っていたサブプライムローンを買い取って、それを証券化していました。

サブプライムローンの貸し手である金融機関(ニューセンチュリー社など)が多額の貸出しである「貸出債権」を、自分自身で保有し続けるにはリスクがあります。金融機関の仕事の1つは貸出しですが、それが多すぎるとリスクが高まります。そこで、この貸出債権をまとめたうえで分割して、多くの投資家に「証券」として売却します。これを「証券化」と言います。

たとえば、売出し中の戸建て住宅(3,000万円)が100戸ある場合に、その戸建てを買う人全員が銀行から3,000万円ずつ借りるとします。銀行の貸出総額は30億円になります。この30億円は銀行にとっては、リスクです。戸建てを買った人が返済を間違いなくしてくれるかどうかに不安が残るからです。

そこで銀行は貸出総額の30億円を小口の「証券」にして、投資家に売るのです。売った段階で銀行のリスクは、投資家に移ります。

証券化された証券を買った投資家からすれば、定期的に利息(仮に3,000万円投資をしていればその10%で300万円)が入り、満期には元本が払戻されます。投資家の中には100万円だけ投資する人もいれば、1億円や10億円を投資する人もいます。こういった形で債権を証券化し、投資家に売るというのがリーマンブラザーズのような投資銀行の仕事なのです。

リーマンブラザーズは2000年頃から、大量のサブプライムローンを買い取って証券化しましたが、2006年頃からの住宅バブル崩壊で、投資家が見つからなくなってしまいました。売却できなかった証券の価値は低下します。証券が売れなくなり、その価値もなくなり、リーマンブラザーズは破綻したのです。

住宅など不動産の価格が上昇し続け、購入者が増え続け、借金してでもそれを買えば、売る時には儲かるという大前提に立ったビジネスモデルに乗ったのがニューセンチュリー社であり、リーマンブラザーズでした。

グローバルのドミノ倒し

金融機関は、互いに連携し連鎖しながら資金の貸し借りを行なっています。リーマンブラザーズはシティグループ、バンク・オブ・アメリカなどアメリカ国内の大手銀行だけではなく、イギリスやドイツなどのヨーロッパの大手銀行からも融資を受けていました。銀行間で資金の相互依存性があるのです。

金融機関は互いに連携しながら資金の貸し借りを行なっているため、アメリカのグローバル展開している金融機関に問題が起きると、たとえばヨーロッパのグローバルな金融機関に問題が波及し、現地の金融機関に影響を及ぼします。こうして銀行間でドミノ倒しが起きてしまいます。

一見、アメリカの金融機関で起きた、単なるアメリカ国内の問題に思われるのですが、それがグローバルな金融機関に波及し、世界の経済に影響を与えたというショッキングなこの一連の流れを、今では「リーマンショック」と呼んでいるのです。

信用秩序の安定がゆらぐ

「信用秩序」とは、金融取引が確実に行なわれ、金融システムに安心感があり、社会全体から認められている状況です。そのためには金融システムが問題なく働く状態が必要です。

リーマンショックの際には、大手の民間金融機関が軒並み影響を受けたことを踏まえ、各国の中央銀行が信用秩序の維持と金融システムの問題のない稼働のために動きました。同時に各国の政府も動きました。

2009年4月にG20加盟国の財務省・中央銀行・監督当局や国際機関が連携し、各国の金融機関の問題が世界中に連鎖しないよう、ドミノ倒しにならないようにするため、「金融安定理事会(FBS:Financial Stability Board)」が設立されました。

「本当にあった事件」でわかる金融と経済の基本
山本 御稔(やまもと・みとし)
コア・コム研究所株式会社取締役社長、東京国際大学特任教授、東京科学大学非常勤講師。1961年生まれ。同志社大学経済学部卒。シカゴ大学MBA。九州大学博士課程満期退学。中央信託銀行(現・三井住友信託銀行)、監査法人トーマツ(デロイト・トーマツ)にて資産運用・金融部門のパートナーを経て現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
ZUU online library
(※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます)