カンブリア宮殿,大関
(画像=テレビ東京)

この記事は2025年9月4日に「テレ東BIZ」で公開された「ニッポン“伝統の食”の革新者 第1弾 ワンカップを超えろ! 300年企業の挑戦」を一部編集し、転載したものです。

目次

  1. 日本酒離れの打開に挑む~高級志向の酒造りも
  2. ワンカップ頼みからの脱却~化学の力で商品の多角化も
    1. 知らない間に変わっていた大関1~ワンカップを超えろ!
    2. 知らない間に変わっていた大関2~化学の力で商品を多角化!
  3. 先駆けの精神で挑戦の歴史~「大関をなくしたくない」
  4. 経営危機を救えるか~古い資料にヒントが…
  5. 好調な海外販売に活路~世界でのシェア拡大は?
  6. ~村上龍の編集後記~

日本酒離れの打開に挑む~高級志向の酒造りも

東京・新宿の居酒屋「うおや一丁」新宿三光町店。新鮮な海鮮料理が売りで値段も手頃と、若者や女性を中心とした客を引き寄せている。

そんな店内で不思議な光景が。運ばれてきたのは「ワンカップ大関」。それを数回、叩いて衝撃を与えると、マジックのように日本酒がシャーベット状に変わる。

▼「ワンカップ大関」マイナス15度で冷やせばこうなるという新しい提案だ

カンブリア宮殿,大関
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命名は「みぞれ酒」。商品自体は普通に売られている「ワンカップ大関」だが、それをマイナス15度で冷やせばこうなるという新しい提案だ。

商品とともにこんな飲み方を薦めているのが大関だ。

安い・うまい・お手軽と三拍子そろった「ワンカップ大関」は1964年の発売。日本酒は一升瓶で飲むのが普通だった時代に、ふたを開けてそのまま飲めるスタイルで売り出すと大ヒット。業界を驚かす画期的な商品となった。

その後、長らく大関の屋台骨を支えた「ワンカップ大関」だったが、1990年代、吟醸酒のブームなどが起こり、日本酒は高級志向の時代へ。「ワンカップ大関」の売り上げは、ジリジリと下がっていく。

しかし今、大関の逆襲が静かに始まっている。

東京・池袋のサンシャインシティの一角で開かれた「全国新酒鑑評会 公開きき酒会」は、参加費5,000円で、全国の酒蔵が出品した約400種類もの新酒が味わえるイベントだ。そんな日本酒好きが集まる会場に大関の新酒も置かれていた。

大衆酒のイメージが強い大関だが、日本酒通からも支持される本格派の酒造りに力を入れている。

兵庫・西宮市に酒造工場とともに立つ大関の本社では、従来よりも高級志向を強めた酒造りも行われている。希少価値の高い酒米を使い、磨きを高め、これまでにない味を生み出している。

その1つが「創家 大坂屋 純米大吟醸」(3,498円/720ml)。

▼数々の金賞を受賞している「創家 大坂屋 純米大吟醸」

カンブリア宮殿,大関
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酒米の最高峰、兵庫県産の山田錦100%で作った純米大吟醸だ。華やかでフルーティーな味わいが特徴。2024年フランスで開催された日本酒コンクールなどで数々の金賞を受賞している。

高級志向の日本酒造りに力を入れるという決断を下したのは社長・長部訓子(68)。創業一族で14代目にして初の女性社長だ。

長部はその理由を「酒造りの技術が伝承されていかないのではないか、将来的に危機ではないかと思いました。将来に向けての技術の研鑽という部分で、未来に向けた新しい酒造りをしたいと思ったからです」と語る。

長部が社長となったのは2017年。そこからさまざまな面で会社を変えてきた。

ワンカップ頼みからの脱却~化学の力で商品の多角化も

知らない間に変わっていた大関1~ワンカップを超えろ!

本社の一室でリニューアル商品の試飲会が始まった。2022年に長部の発案で作った「#J(ハッシュタグジェイ)」(1,655円/720ml)は有機米を使ったオーガニックの純米酒だ。それをリニューアルして、香りを高め、ワイン感覚で味わえる日本酒に変えたいと言う。

「ワンカップが売れすぎて、皆さんに知っていただきすぎた功罪を感じました。だから、いい意味での新陳代謝をして変わっていかなければいけない。『変わる勇気が未来を作る』を2025年の会社方針にしました」(長部)

2000年代、大関の売り上げの約4割はワンカップだった。それが2024年は約33%に。ワンカップ頼みの状態から変わりつつある。

知らない間に変わっていた大関2~化学の力で商品を多角化!

勘や経験に頼っていた酒造りを化学的に行うべく1980年に作られた大関総合研究所。大学院で専門的に微生物学を学んだ人など20人が勤務。発酵段階で香りやアルコールを生み出す酵母など、酒造りに関するさまざまな研究が行われている。

▼酒造りに関するさまざまな研究が行われている「大関総合研究所」

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「味作りがすごく上手なんです」と長部が信頼を寄せる水谷泉美は奈良女子大学大学院卒。その水谷が味を作る研究の一端を見せてくれた。

味わいを左右する酵母には、アルコールやさまざまな香りを生み出す力がある。これを爪楊枝で取り出し、培養液に入れて菌の数を増やしていく。こうして育てた元気な酵母を使って「求める味」を作るのが仕事。入社6年、ずっと「おいしい」を追い求めてきた。

「嗜好品なので答えは十人十色。『おいしいって何だろう?』と、ずっと思っています」(水谷)

研究員の試行錯誤を経て生まれた商品が、本社のすぐ近くにある直営店「甘辛の関寿庵」に並んでいる。日本酒はもちろん、凍らせて楽しむ「フローズンカクテル」や、レモン、日向夏、桃、パインなどを使った「フルーツにごり酒」も。「花泡香(はなあわか)」(444円/250ml)はスパークリングの日本酒だ。

アルコール飲料だけではない。甘酒のまろやかな味わいの「発酵鍋の素」(453円)や、酒粕が入った関西の味、「肉吸いの素」(183円)といった食品も展開している。

▼研究員の試行錯誤を経て生まれた商品「肉吸いの素」

カンブリア宮殿,大関
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「ワンカップも発売から60年たって、お客様も高齢化しているので、昔からのお客様も大切にしながら、新しい世代に向けた新商品の開発に力を入れているところです」(長部)

こうした取り組みの成果は出ている。長部が社長に就任して8年、2024年度の経常利益は2017年度の約3倍となった。

先駆けの精神で挑戦の歴史~「大関をなくしたくない」

「挑戦して新しい物を生み出す」大関の姿勢は今に始まったことではない。

社長室に掲げられた社是には「魁集団への躍進」という文字が。

▼社長室に掲げられた社是には「魁集団への躍進」という文字

カンブリア宮殿,大関
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先頭に立って新しい物を生み出し、魁(さきがけ)となる。江戸中期に創業し、長い歴史の中で培われてきた精神だ。

「少し先を見ながら、お客様のニーズや社会の変化をくみ取りながら、会社として将来を見据えた組織であろうと。その気概は大切にしないといけないと思っています」(長部)

「ワンカップ大関」もいわば「魁」の1つ。発売は1964年の10月10日。東京オリンピックの開幕に合わせ、グローバルな商品にしようと商品名をアルファベットにして売り出した。

さらに、日本酒の自販機での販売を広め、大手酒造メーカーでは他社に先駆けて海外に酒蔵を建てるなど、「魁」の精神を発揮してきた。

長部はまだワンカップが出来る前の1957年、創業家の一人娘として誕生。かわいがられ、大切に育てられたが、高校2年で母の病気を理由に学校を中退している。

「私は一人娘でしたし、父は忙しくて家に帰る時間も少なかった。(中退は)全然、後悔してはいません」(長部)

その後、母は回復。長部は結婚し、IT企業に勤めながら、監査役として外から会社を見守っていた。

しかし、「ワンカップ大関」の売り上げは1993年をピークに減り始め、下降の一途。それに変わるヒット商品も生み出せず、大関の経営は厳しさを増していく。

そんな中、2015年、会長だった叔父・11代長部文治郎に「会社の中に入って見て欲しい」と頼まれ、長部は取締役に就任する。

「取締役でないと発言権もないし、1票がないので反対もできない。取締役になることで意見も言えるかなと思っていたので、『分かりました』と言いました」(長部)

▼大関の経営は厳しさを増し、なくしたくないという一心で2017年社長に就任する

カンブリア宮殿,大関
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だがその時、すでに経営は危機的状態だった。人員削減を2回行い、社員の2割に当たる約100人の人間が会社を去っていた。

「『3回目の人員削減をしなければいけない』という言葉も漏れ聞こえていましたが、会社は人で支えられています。3回目の人員削減をしたら大関が大関でなくなると思ったので、それだけは絶対にしたくないと思いました」(長部)

大関をなくしたくないという一心で、2017年、社長に就任する。

経営危機を救えるか~古い資料にヒントが…

カンブリア宮殿,大関
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しかしその3年後には、新型コロナウィルスが猛威をふるい、飲食店などに卸していた酒の売り上げが減少。一方で巣ごもり需要から家庭で気軽に飲める酒が求められた。

「生活スタイルも大きく変わってきましたし、ものづくりも変わっていかなければならない。商品開発の在り方も変えなければいけない」(長部)

そんな時、長部は社内に残っていた資料にヒントを得る。それは商品企画委員会の議事録。古いノートに記されていたのは、発売された「ワンカップ大関」をどうやってヒットさせるか、社員が集まってアイデアを出し合った際の記録だった。

そこに熱量を感じ取った長部は決断する。

「もう一度、この時代に求められるものをゼロベースで原点に戻ってやり直すべきじゃないかなと」(長部)

2023年、長部は時代にあった商品を生み出すための商品企画委員会を復活させる。

▼時代にあった商品を生み出すための商品企画委員会を復活させた

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そこには商品企画にとどまらず、営業や製造など、さまざまな部署の人間が集められ、意見を交わすことに。この会議をきっかけに、商品開発は活性化。さまざまな新商品が生まれることになった。

「造り酒屋の原点に帰るべき」という意見からは純米大吟醸の「創家 大坂屋」が誕生。「あまりお酒を飲まない人も取り込むべき」という声は、「フルーツにごり酒」の開発につながる。今では新商品だけではなく、日本酒の新しい飲み方のアイデアも出るようになった。

この日、試してみたのは、おでん店などで人気の「おでんのだし割り」から考えた「ラーメンのスープ割り」。人気ラーメン店の商品を取り寄せ、そのスープでお燗したワンカップを割るのだ。

試飲した参加者たちからは「これはいける」と絶賛の声が。特に手応えを感じたのが営業部だった。

「冬場の寒い時に、日本酒を温めてそのまま飲むのではなく、だしなどで割ると味が優しくなる。これが大々的に普及すると日本酒の新しいかたちが見えてくる。非常に可能性を感じます」(営業統括部門執行役員・松浦健一)

取引先のラーメン店などで話が進みそうだ。

好調な海外販売に活路~世界でのシェア拡大は?

2025年7月のある日、西宮本社では大関が力をいれる海外販売の商談が行われていた。売り上げが伸び悩む国内とは対照的に海外は好調。アメリカ、中国など約50の国と地域で販売している。

そこで売り出したのが、2020年に新品種のサクラ「今津紅寒桜」から酵母を採取して作った「サクラビューティー45(フォーティーファイブ)」(約5,500円(※1ドル146円換算)/720ml)。はちみつのような甘さを持つ純米大吟醸だ。

この商品をさらに売っていくために、アメリカの販売代理店の村上宜秀さんを呼び寄せた。現在、アメリカのスーパーなどでは4合瓶を販売しているが、海外事業部部長・白旗崇之は、それに加えて、レストランなどにも置きやすい300mlの小瓶を売り出したいと言うのだ。

▼はちみつのような甘さを持つ純米大吟醸「サクラビューティー45」

カンブリア宮殿,大関
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味を確認した村上さんは「今のトレンドに合っている」と言う。

現在、大関の海外での売り上げは全体の5%ほど。大関の味は世界でシェアを広げていけるか。

※価格は放送時の金額です。

~村上龍の編集後記~

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1711年、「大坂屋」を屋号として、7代目から「長部文治郎」を襲名した。その伝統を示すエピソードがある。本家代々の家長の喉仏が京都に、他の骨は「大関」の本社のある西宮の墓地にあった。京都で手続きを終え、遺骨を布袋に入れ、車で西宮に運んだ。

長部さんの膝の上にある遺骨から、歴史の重みが伝わってきた。300年の歴史だ。そんな風に伝統を感じるときって、なかなかない。1964年に「ワンカップ大関」は生まれた。革命的にカジュアルだった。そのカジュアルさを残しつつ、新しい伝統を作るというむずかしさに挑む。

<出演者略歴>
長部訓子(おさべ・くにこ)
1957年、兵庫県生まれ。1973年、母の介護のため高校を中退。2003年、大関社外監査役に就任。2017年、社長就任。
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