本記事は、秋山 具義氏の著書『こうやって、センスは生まれる』(SBクリエイティブ)の中から一部を抜粋・編集しています。
「センスがいい人」の頭の中で起こっていること
ジョブズがセンスを発揮できたのは、彼の中に「構造化された美意識」があったからです。
それは直感ではなく、観察と組み立ての積み重ねによって磨かれたものでした。
アップルのデザイン哲学は、一貫性があることと、直感的で使いやすいこと。
つまり、一度見たら忘れられないほど統一された印象と、触れた瞬間に理解できるわかりやすさ。
これはどちらも、「半歩先の配慮」によって生まれます。
たとえば、Macの操作アイコンの配置は、人の自然な目線の流れや指の動きを緻密に計算して設計されています。
その“自然さ”こそ、センスの極みなのです。
広告の逸話に見る「削る勇気」
もう一つ、ジョブズのセンスを象徴する話があります。
「iMac」を売り出す頃、彼は広告担当のクリエイティブディレクターであるリー・クロウ氏に、「30秒のCMに四〜五つのメッセージを入れてほしい」と依頼しました。
リー氏はメモ帳を破り、紙を丸めてボールを作り、一つをジョブズに投げました。ジョブズは難なくキャッチ。
「これがいい広告だ」とリー氏。
続けて、五つの丸めた紙を一気に投げます。
ジョブズは一つもキャッチできませんでした。
「これが悪い広告だ」とリー氏は言いました。
どれほど優れたアイデアがあっても、詰め込みすぎれば伝わらない。
本当に伝えたいことを一つに絞る。
この「削る勇気」こそ、センスの根幹にある“選択の力”です。
センスとは、特別な才能ではなく、「観察」と「判断」の繰り返しから生まれるスキルです。
ジョブズが世界を変えたのは、単に革新的な技術を発明したからではありません。
彼は、世の中の“普通”を知り尽くした上で、その少し先を描くことができたのです。
たとえば、スマートフォンという概念自体は、彼が最初に考えたものではありません。
しかし、電話・音楽・ネットを“一つのデザイン”に統合し、「手に収まる未来像」として提示した。
そこに“半歩先のセンス”があったのです。
そしてこの考え方は、私たちの日常にも応用できます。
仕事でも、発表でも、文章でも、「何を削るか」「何を残すか」を意識する。
そして、人が想像している“その先”を少しだけ見せる。
それが「センスあるアウトプット」につながります。
これぞまさに、ジョブズが信条としていた、レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉「Simplicity is the ultimate sophistication.(シンプルこそが最高の洗練さである)」です。
センスとはまさにその状態─ “知識と感性の調和”の先にある、静かな美しさなのです。
「削る勇気」はビジネスにも通じる
次に、「センスが生まれた」逸話の中から、私が特に好きな例をいくつか紹介していきます。
最初に挙げる例は、先ほどのスティーブ・ジョブズからつながる話です。
「何を足すかよりも何を引くかを決める力」─ つまり、“削る勇気こそ、センスの根幹にある選択の力”ということをジョブズは体現していました。
そしてこの「削る勇気」は、クリエイティブの世界だけではなく、ビジネスの現場にも同じように存在します。
その象徴の一つが、首都圏を中心に展開するディスカウントスーパー「オーケー」です。
「オーケー」には“特売日”がありません。
彼らのスローガンは「高品質・EDLP(Everyday Low Price)」─ つまり“毎日が特売日”だから、“特売日”が必要ないのです。
何年も連続で顧客満足度ランキング1位を獲得している理由は、単に価格が安いからだけではありません。
「特売チラシを作らない」という、常識から見れば大胆な“引き算”の経営判断にあります。
特売チラシをなくす勇気
一般的にスーパーは、週末の特売チラシで集客をします。
しかし「オーケー」は、そのチラシがないのです。
“毎日が特売日”だから、特別なセールを告知する必要がない。
一見、シンプルな理由ですが、その裏には徹底した仕組みと哲学があります。
数年前にテレビで見たのですが、「オーケー」では、各店舗に2〜3人の専属スタッフがいて、半径1キロ圏内のすべての競合スーパーのチラシを毎日チェックしていました。
しかもそのスタッフには、上司の許可を得ずに価格を変更できる権限が与えられている。
競合店に対抗して「値下げしました」とPOPを書き換えた瞬間、その商品は地域最安値になる。
つまり、“特売チラシをなくす”というのは、単に広告をやめたという意味ではなく、リアルタイムで価格を動かし続ける仕組みに置き換えたということです。
お客様は「この店はいつでも一番安い」と信頼しているため、チラシを見なくても自然と足を運びます。
紙を使わないデジタル戦略にも見えますが、実際には人力で集客を実現している。
それがまた、どこか人間味があって面白い。
こうした「削る勇気」は、まさに“センスのある経営”の好例だと思います。
「足さない」からこそ伝わる
「オーケー」のこの仕組みは、スティーブ・ジョブズが語った「シンプルさ」と同じ構造を持っています。
ジョブズが「ボタンをなくす」という引き算で未来のデザインを生み出したように、「オーケー」も「特売チラシをなくす」という発想で、顧客との新しい信頼関係を築きました。
どちらにも共通しているのは、「余分なものを足さない」という哲学です。
必要なのは、“情報を増やすこと”ではなく、“体験を磨くこと”。
ジョブズは「顧客が本当に求めているものは、顧客自身もまだ気づいていない」と言いましたが、「オーケー」も同じように、「お客様が求めているのは特売チラシではなく、安心して買える価格」だと見抜いていたのです。
この「引き算のセンス」は、まさに“半歩先”を読む思考です。
他のスーパーが“週末限定セール”という足し算の競争をしている中で、「毎日同様に、確実に安い」というシンプルな体験を提供する。
それは時代の変化や人の心理を正確に読んだ、洗練された“半歩先”の戦略です。
センスは「減らす」ことで磨かれる
さらに驚くのは、紙の特売チラシをやめたことで年間約3億6,000万円ものコスト削減に成功したことです。
それは単なる経費節約ではなく、経営のセンスが数値化された証拠です。
「やらないことを決める」─ ジョブズの哲学とまったく同じです。
多くの企業が、情報を増やし、機能を足し、広告を派手にしようとする中で、「オーケー」は“足さない”という選択をしました。
素晴らしい「経営センス」だと思います。
「余分なものを削ぎ落とすことで、信頼を積み上げる」
この考え方は、まさに現代の“引き算の美学”です。
センスとは、ただ新しいことを思いつく力ではありません。
それは、「本当に必要なことだけを残す勇気」から生まれるのです。
スティーブ・ジョブズがデザインの世界でそれを証明し、「オーケー」が日常の買い物の世界でそれを実践した。
どちらも、「シンプルでありながら深い体験」を提供するという点で共通しています。
センスとは、派手さではなく“選択の美しさ”なのです。
日本大学芸術学部デザイン学科客員教授。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。
1966年秋葉原生まれ。1990年日本大学芸術学部卒業。同年、株式会社I&S(現I&S BBDO)入社。1999年デイリーフレッシュ設立。広告キャンペーン、パッケージ、ロゴ、キャラクターデザインなど幅広い分野でアートディレクションを行う。
主な仕事に、東洋水産「マルちゃん正麺」広告・パッケージデザイン、日本フェンシング協会「新国章」デザイン、松竹「十八代目 中村勘三郎 襲名披露」ポスター、立命館大学コミュニケーションマークデザイン、AKB48「ヘビーローテーション」CDジャケットデザインなど。「日本パッケージデザイン大賞2017」にて「マルちゃん正麺カップ」が金賞受賞。
著書に『世界はデザインでできている』『ファストアイデア25』がある。
2016年より「食べログ」グルメ著名人としても活動。2025年『カイカイキキHidari Zingaro』にて自作の陶芸作品の個展「秋山具義の陶芸展」を開催。
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