M&A成功と失敗の基準は?


M&Aに限らず、企業の目的は株主価値(配当可能な余剰利益)を最大化させることにあります。M&Aによって統合された企業は、双方の株主価値を満足させる必要があります。よってM&A成功の判断基準になるのは「各企業が単独で経営するよりも、統合された場合の方が高いパフォーマンスを得られるか」という点です。(しかしこれは推定が難しいので、実証分析では、「産業(業界)のベンチマーク・リターン」と「統合された企業の株価のリターン」を比べるという方法で検証します。)

また統合された企業が各社単独での経営と比べて高いパフォーマンスを出すためには、何らかの付加価値がなくてはなりません。これが所謂「シナジー(相乗効果)」と呼ばれるものです。

シナジーには通常、
①会社の売り上げや成長にかかるシナジー
②会社の効率性やコスト改善のためのシナジー
の2種類、すなわち歳入と支出のへの効果を見込んだものがそれぞれ存在します。また、シナジーが株主価値の増加に寄与するためには、その効果が「市場の期待を越えること」が問われます。


M&Aの成功と失敗を分ける要素とは?


これまで定量的な側面を見てきましたが、具体的にM&Aの成功と失敗を分けるものは何なのでしょうか。

カナダのゲルフ大学准教授のKen Smith氏と、全米取締役会(NACD)の最高知識責任者Alexandra R. Lajoux氏の二人は、共著"Art of M&A Strategy" (McGraw Hill:2012)の中で、過去20年の米国の調査に基づき次のような事実を指摘しています。

”企業文化のミスマッチから、大企業による中小成長企業の買収は特に失敗しやすい”

“買収プレミアムの金額とM&Aの成功には相関関係は存在しない”(買収を適正価格とした上で、コストを上回るリターンを得るためのロジックが要である)

"コスト削減を目的とした買収は、買収価格に織り込まれた市場の期待を、削減策の成果が下回るため失敗しやすい(シナジーによるコスト削減余地の大きい案件ほど失敗する)

"M&Aの失敗は、戦略自体の失敗以上に戦略の不実行が原因である事が多い"

これらの指摘から、M&Aの成功は、
①企業文化の相性
②M&A後の組織統合
③戦略の実行
という3つの問題にかかっている事がわかります。

個人投資家にとっては①と②の評価は非常に困難なため、③の戦略面にフォーカスして買収案件を評価するのが幾分現実的と言えます。そこで以降、M&A戦略としての間違った動機と正しい動機を探ることに当てたいと思います。


疑わしいM&Aの動機とロジック


M&Aにおいて株主価値を棄損する可能性が高い動機とその理由は以下のようなものです。

×経営の多角化、リスクの分散
理由:コア事業との関連性の低い事業を掛け持ちで指揮する事は非常に困難であり、また失敗しやすいと言えます。またリスクの分散を経営者が進んでやることは、投資家の分散投資の機会を奪うことから推奨されません。

×垂直統合化・製造プロセスの内製化によるコスト削減
理由:中間マージンをなくすために企業を買収しても、「規模の拡大」と「重複した業務の削除」の二つが無い限りはコスト削減にはなりません。また被買収企業も顧客が親会社に固定された場合、競争力を失い効率性が悪化する弊害も考えられます。

×経営基盤拡大による負債の信用力向上と資本調達コストの低下
理由:統合後の企業は、実質的には互いの債務を企業内部で保証し合う形をとるため、会計上には現れない暗黙の債務保証コストが存在します。このコストは、経営基盤拡大によって低下した債務の利子率(信用スプレッド)を相殺していると考えるべきものであるため、 資本コストが実質ベースで低下するかは疑わしいのです。