低下したギリシャ危機の影響力

ギリシャの財政危機の域内他国への影響はなぜ小さくなっているのか。第1に、ギリシャの債権者の構成が変わり、金融システム危機が起こり難くなっていること、第2に、域内他国への財政危機の飛び火を防ぐ防火壁が強化されていることがある。

ギリシャの債権者の構成は、ギリシャの財政問題が発覚した当初は域内の民間銀行が過半を占めていた。国債のデフォルト・リスクは想定外であり、仮に現実のものとなれば、世界金融危機以上の混乱が生じるおそれがあった。

しかし、2012年に民間が保有する国債は損失負担を求めて再編され、国外の銀行などが保有する割合はごく小さくなった。替わって、現在は、ギリシャ向けの債権の8割を占めるのがIMF、EU、ECBという公的機関だ。仮にギリシャがデフォルトしても、銀行の損失を通じて域内に広がるリスクは小さくなっている。

第2の違いである財政危機の飛び火を防ぐ防火壁は、そもそもギリシャの問題が発覚した当初は存在しなかった。現在では5000億ユーロの支援能力を有するESMが備わっている。ECBも2012年に市場の圧力でファンダメンタルズから乖離した調達コストを求められる国の国債を条件付きで買い入れる国債買い入れプログラム・OMTを立ち上げている。

ECBは、これまでにOMTによる国債の買入れは行っていないが、今年3月から、デフレ・リスク回避の金融政策として月600億ユーロの国債等を買い入れる量的緩和を継続しており、国債利回りの安定化につながっている。

2012年にはギリシャ情勢の緊迫化の圧力で、スペインの10年国債利回りは自力調達が困難になると見られる7%を超え、イタリアも6%台に乗せた。しかし、今回は、ギリシャが資本規制に踏み切るなど情勢が緊迫した6月末の段階でもスペイン、イタリアの10年国債利回りは2%台前半と米国並みの水準を維持した。

そもそも、ギリシャ経済がユーロ圏に占める比重は1.8%に過ぎない。
6月9日の段階でユーロ圏の実質GDPを15年1.4%、16年1.7%と予測したが、現時点で、これを大きく変える必要ないと思っている。


それでもギリシャの危機的状況を放置すべきではない

第3次支援の大筋で合意したユーロ圏首脳会議に、ギリシャは、ユーロ圏への残留と債務再編を含む支援を求める姿勢で臨んだ。

これに対し支援国の中で最大の影響力を持つドイツは、厳しい改革を条件とする支援の継続と一時的にユーロ圏から離脱し、その間に債務再編を行う選択肢を用意したとされる。

多くの支援国が、チプラス政権の交渉姿勢や土壇場で交渉を一方的に打ち切ったことで態度を硬化、欧州委員会のユンケル委員長までがユーロ離脱の可能性を公然と語る、今までにない雰囲気で会議は開催された。

最終的には、フランスやイタリアなどの反対もありユーロ離脱という選択肢は排除され、ユーロ圏への残留を望んだギリシャが、ほぼ全面的に支援機関側の要求を受け入れる形で決着した。

債務の再編は、返済猶予期間や返済期限の延長の可能性は残されたが、元本削減の可能性は完全に否定された。

実質GDPで見たギリシャの生産水準は、15年1~3月期の時点でも世界金融危機前のピークをおよそ25%下回る水準で、他国に大きく遅れをとっていた[図表3]。

失業率は、14年に入って回復のペースが上がり始めたスペインを上回るようになった。6月末からの銀行休業によって生産活動の水準はさらに大きく低下、失業率は再び上昇に転じたと思われる。[図表4]

他国が影響を受け難くなったからといってギリシャの経済・社会の危機的状況を放置しておくことは望ましくない。厳しい改革を条件とする第3次支援だけでは、ギリシャのデフォルトとユーロ離脱の懸念はすぐに再燃するように思われる。

ギリシャがユーロを離脱した場合の短期的な影響は、各種の防火壁で抑え込めたとしても、「いったん導入したら離脱できない通貨」という前提が崩れる影響は、中長期的にユーロを揺さぶり続けるだろう。

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伊藤さゆり
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席研究員

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