これまでの粗放な経済発展方式は通用しない
【李克強報告のポイント③】
「経済発展方式が比較的粗放であり、イノベーション能力が不足し、生産能力過剰問題が際立ち、農業の基礎が脆弱である」
【筆者の解説】
資源・エネルギー・環境の制約が強まり、労働力のコストが上昇し、労働人口の減少が始まり、生産設備の過剰問題が続くなか、中国経済が中成長を続けるには技術革新・イノベーションにより生産性を上げるしかない。これまでの資源・エネルギー・労働力大量投入型の粗放な成長は持続不可能となっている。
また、中国の農業は基盤がぜい弱であり、天候によって生産が大きく左右される。
問題解決なしに持続可能で健全な中成長は困難
【李克強報告のポイント④】
「医療・養老・住宅・交通・教育・所得分配・食品安全・社会治安等について、大衆はなお少なからず不満足な点がある」
【筆者の解説】
貧困者向けの医療保障が、中国では十分に整備されていない。また、高齢化が急速に進むなかで、社会保障制度は建設途中である。出稼ぎ農民は都市で住宅が保障されず、劣悪な居住環境にある。都市における交通渋滞ははなはだしい。貧困農村の子供や出稼ぎ農民の子供は、義務教育を十分に受けることができない。都市と農村の所得格差は大きいままである。食品については、毒入り粉ミルクや下水に流した食用油の再利用など、悪質な事件が後をたたない。
農地の強制収用・住宅の強制立退き・環境汚染などをきっかけに、地方ではしばしばデモが発生し、最近は少数民族問題をめぐり爆弾テロも発生している。
【李克強報告のポイント⑤】
「地方によっては環境汚染が深刻であり、重大な安全事故がしばしば発生している」
【筆者の解説】
PM2.5を代表とする大気汚染の問題、8月の天津の大爆発事故はその典型例である。
このように、指導部自身が認めているだけでも、中国経済・社会の抱える問題は深刻であり、この解決なしには、持続可能で健全な中成長の実現は難しい。
【筆者略歴】田中修(たなか おさむ) 日中産学官交流機構特別研究員
1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月〜9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。2014年4月から中国塾を主宰。学術博士(東京大学)。近著に「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)、「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)、ほか著書多数。