実現すれば史上最大のIPOとなり、世界の株式市場にインパクトを与える企業が上場しようとしている。サウジアラビアの国営石油会社「サウジアラムコ」だ。
早ければ2017年にもIPO(新規株式公開)に踏み切る公算が高まっている。アラムコは1920年代にスタンダード石油カリフォルニア(現シェブロン)がサウジの石油開発を目的に設立、その後テキサコ、エクソンなども加わり、44年に社名をアラビアン・アメリカン・オイル・カンパニーに変更、その略称がアラムコ(Aramco)である。
上場したら時価総額はAppleを大きく上回る
IPOの計画はこれまでも憶測があったが、2016年3月末に同国のムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が米市場情報提供会社ブルームバーグとのインタビューで公にした。現国王の息子である同氏は国防大臣、王宮府長官、経済開発評議会議長の要職を兼務し、軍事に加えて経済・財政政策の舵取りも行う。
アラムコのIPOについては「5%未満の株式と複数の子会社株式の売却を予定」としているだけで、その規模が実際にどの程度になるかは現時点で不透明だ。
あえて推定するならば、同社の原油確認埋蔵量2670億バレル、原油生産高1日当たり950万バレルというデータが頼りとなるだろう。民間の石油会社最大手の米エクソン・モービルと比較すると、アラムコの確認埋蔵量と生産日量はそのそれぞれ10.8倍、2.3倍に当たる。これらを単純にエクソンの直近の時価総額約3600億ドル(約40兆円)にかけるとアラムコの時価総額はそれぞれ3.88兆ドル、8280億ドルになる計算。後者だとしてもAppleの時価総額5876億ドルやGoogleの持株会社アルファベットの5225億ドルを大きく上回る水準だ。
サウジアラビアは大幅な財政改革が喫緊の課題
なぜ、アラムコがIPOに踏み切るのか。それは同国財政の苦しい台所事情にある。 Jadwa Investment Saudi Chartbook によれば、歳入の8割を占める原油収入が価格急落で大きく落ち込む一方、隣国イエメンへの軍事介入で戦費がかさみ、昨年の財政赤字は3670億リヤル(約980億ドル)と14年の5.2倍に膨れあがった。緊縮財政で臨む16年予算でも対GDP比17.8%の大幅な赤字が見込まれている。
同国がこれほどの財政赤字を抱える背景には手厚い国民優遇策がある。現在、国民は2.5%の宗教税を払うが所得税はない。ガソリン価格は、昨年12月に5割引き上げられているが、多額の補助金によりまだ1リットル24セントと国際的にみて随分安い水準だ。
サルマン氏は先のインタビューで補助金の見直しや新税・手数料の導入で財政を立て直す意向も明らかにしたが、30歳以下の若者の失業率が30%近い現状で、拙速な収支改善策を強行すれば国民の反発を呼び、政情不安を招くリスクがある。
石油収入の増加も当てにできない。国際通貨基金(IMF)では同国の財政均衡に必要な原油価格は1バレル106ドルと試算しているが、直近では41ドル近辺。世界経済の現状を考えると、財政赤字を大きく減らせるほど上昇するとは考えにくい。
この赤字を埋めるために、同国は対外資産を取り崩してきた。世界4位の有数なソブリンファンドとして知られるサウジ通貨庁の純対外資産は14年8月のピーク7370億ドル(約88兆円)から15年7月には6610億ドルに10%以上減少、この「財政バッファ」も6年で底をつくとIMFは推計している。
そこで急浮上したのがアラムコのIPOとみることができる。保有株の5%を手放してもサウジ政府の絶対的支配権は揺るがない。この売却代金で財政赤字を少しでも減らして時間を稼ぎ、その間に財政改革を進めるという腹だろう。
アラムコ株の売却で財政赤字を補填
アラムコはIPOの準備を着々と進めている模様だ。つい最近もJPモルガンなどをIPOアドバイザーとして起用したと報道されている。仮に株式の5%がIPOされれば1940億ドル、414億ドルになり、過去最大のIPOであったアリババの250億ドルの少なくとも1.6~1.7倍になる計算だ。
ただ、この程度のIPOであれば世界の株式市場に与える希薄化のマイナス影響は限定的で、むしろこれで同国ソブリンファンドの売り圧力が低下すれば市場心理にはプラスに働く可能性がある。それでもエネルギー関連ファンドの投資家は注意が必要だ。MSCIやFTSEなど主要な株価指数がアラムコを採用すれば、それ以外のエネルギー関連株に売り圧力が生じるためだ。(シニアアナリスト 上杉光)