はじめに
先日、劇団四季の「コーラスライン」を観てきた。
コーラスラインといえば、米国の演劇・ミュージカル部門において最も権威のある賞である「トニー賞」で、最優秀ミュージカル賞をはじめ9部門を獲得し、ブロードウェイでは「CATS(キャッツ)」に抜かれるまで、最長のロングラン記録を保持していた名作である。
コーラスラインを観るのは久しぶりで、これが確か3回目である。1回目はもう30年以上も前だが、同じく劇団四季の公演によるもので日生劇場での公演を観た。2回目はその後本場の舞台を観たくて、ニューヨークのブロードウェイのシューバート劇場(Shubert Theater)で観た。その時に感動した場面は今も脳裏に強く焼き付けられている。今回も、名作は何度見てもよいものだ、とあらためて感じさせられた。
ところで、コーラスラインの英語の原題は「A Chorus Line」と言って、冠詞の「A」が付けられている。この理由は、新聞の劇場欄で先頭に記載されることを期待して付け加えられた、ということのようである。
今や、ミュージカルを代表する名作であるコーラスラインも、こうした逸話を有していたようである。
英語における名前・タイトル
このように、英語圏では、「A」で始まる名前やタイトルが一定程度の優位性を有しているようである。
例えば、映画のタイトルも「A beautiful mind(ビューティフル・マインド)」、「An American in Paris(巴里のアメリカ人)」、「A Streetcar Named Desire(欲望という名の電車)」のように、結構「A」が付けられている。英語の文法的には、これが正しいということだけなのかもしれないが、これ以外にも「A」で始まる「Annie Hall(アニー・ホール)」、「All About Eve(イブの総て)」、「All Quiet on the Western Front(西部戦線異状なし)」等の有名な映画もある。
実際に、米国の映画のタイトルとしては、最初のアルファベットは「T」が圧倒的に多く、これは冠詞の「The」が付けられていることによるものである。次が「S」から始まるタイトルとなるが、これは英和辞典を見てもらえればわかるが、そもそもの英単語が「S」から始まるものが多いことに関係している。「A」はどうもこれらに次ぐ3位に位置しているようである。
日本語における名前・タイトル
これに対して、日本語の場合には、50音順のトップになる「あ」(カタカナの「ア」を含む、以下同様)で始まる名前が一定程度優位性を有しているようである。
有名人の名前
例えば、有名人の人気度に関する調査では、「あ」から始まる有名人は、名前を挙げられる確率が高いようである。
これは、調査方法にもよるが、特に街角でのインタビューで「好きな有名人は」と聞かれると、突然の質問に対して、どうしても「あ」からスタートして、有名人の名前を思い出そうとする人が多いからである。男性でいえば、明石家さんま、阿部寛、女性でいえば、綾瀬はるか、浅田真央、天海祐希、といった具合である。
このように、ランキングの上位に名前が挙げられれば、さらに知名度も増すことになる。一方でこれらの上位ランキングに挙がる有名人は、既に十分な人気を有しているので、それはそれほど意味のあることではないことなのかもしれない。
会社の名前
会社名も、電話番号簿は、「50音順」となっているため、何か用事があって、関係する業種の会社の連絡先等を調査する場合には、「あ」から始まる会社にヒットする機会が多くなることになる。現在は電話番号簿ではなく、インターネットで検索する機会が多いと思うが、この場合でも、会社名は「50音順」で紹介されているケースが殆どのため、この点は変わっていない。
このため、新しく会社を設立して、その名前を付ける場合に、「あ」から始まる名前に拘るケースも結構あるようである。
実際の会社名の状況
因みに、東洋経済新報社の会社四季報(2016年2集 春号)に基づいて、その掲載会社3,934社の会社名を調べてみた。
実は最も多いのは、「し」から始まる会社で309社あった。これは、漢字の「新」や「Japan」が付いている会社が多いことに加えて、そもそも、国語辞典を見てもらえればわかるように、日本語において、「し」から始まる言葉が最も多いことに関係している。
次が、「に」から始まる会社で294社、これは言うまでもなく「日本」が付いている会社が多いことによる。「に」で始まる日本語はそれほど多くないことから、まさにこの理由によるものである。
実は、「あ」で始まる会社は292社で、これに次ぐ3位になっている。次が「と」から始まる会社が226社で、これは漢字の「東」が使用されていることによる。5位が「え」で始まる会社で219社となっているが、これは、アルファベットを会社名に使用している会社の場合、「A、E、F、H、M、N、S、X」の日本語読みが「え」から始まることが影響している。
なお、「い」で始まる会社で142社、「お」で始まる会社で138社となっているが、「あ」行の中では「う」で始まる会社は40社と少ないものとなっている。
さらに、国語辞典では、「か」から始まる言葉が「し」に次いで2番目に多いが、「か」で始まる会社数は112社となっており、特段多いわけではない。
さらに、50音のうち、実際に使用されるものは「ん」等を除いた45文字になると思われるが、会社四季報の中では「を」で始まる会社は存在しない。さらに「る」で始まる会社は5社しかない。稀少価値を目指すのであれば、こうした会社名を付けてみるのも一案かもしれない。
なお、以上はあくまでも過去からの歴史のある、東証1部上場会社等を含んだ場合の数値である。因みに、新興企業が多い東証マザーズだけに限定すると、221社のうち「あ」から始まる会社が35社で、その割合は15.8%となる。これは、掲載会社全体でみた場合の3,934社中の292社の割合である7.4%に比べて、倍以上の水準となっている。
このように、「あ」で始まる会社が相対的に多いことは間違いないようであり、その背景にはこれまで述べてきた事情が少なからずある模様である。
もちろん、会社名はこんな要素だけで決められるものではないので、あまり無責任なことを言うつもりはない。あくまでも1つの参考として考えていただければということである。
なお、今ひとつ加えるのであれば、将来のグローバル展開を考えているのであれば、アルファベット標記で「A」から始まり、日本語標記では「あ」から始まる会社名がよいのではないかということにもなる。会社四季報によるこうした会社は12社存在している。
いろは順
ここまでは、あくまでも「50音順」をベースに考えてきたが、日本には「いろは順」というものもある。かつては日本語における順番法として公用文にも広く使われていたが、現在は公用文では「50音順」を使用するように定められているので、一般的には幅広く使用される状況にはなっていない。
昔は、「日本」の名前が付くケースにおいて、「50音順」に比べて、「いろは順」の方が順番が前にくることもあり、採用されていたケースも多かったようである。
まとめ
以上、名前について、ある一面からみた場合の優位性について述べてきた。ただし、人や会社の人気度や知名度を高める上で、最も重要な要素は、あくまでもその人や会社の実力である。
有名人であれば、いずれにしてもまずは名前を挙げてもらうだけの知名度を有していなければならない。ランキングもその後の問題である。会社の場合も、特定の名前が、最初の顧客との接触を得る上でのアドバンテージを与えることになるかもしれないが、その後の取引の継続やそれに基づく会社の成長は、あくまでも会社の実力によって得られるものであることは言うまでもない。
一方で、スタート時点が極めて重要なこともまた真実である。ビジネスの世界でも、顧客である企業や個人等との接触の機会を持ち、できる限り多くの人に名前を知ってもらうことからスタートすることを考えれば、そこで一定有利な立場に立てるのであれば、そのこと自体が大きな意味を有していることになる。
「たかが名前、されど名前」であり、名前の付け方は本当に重要なことであると再認識した次第である。
中村亮一(なかむら りょういち)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部
取締役
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