まとめ~3つのジレンマからの脱却に向けて

本稿では、人材育成における課題を、「優先順位」「配分」「同質性」という3つのジレンマとして整理し、対応の方向について考えてきた。

このうち、「優先順位のジレンマ」と「同質性のジレンマ」については、進むべき方向はある程度見えている(「優先順位のジレンマ」は人材育成優先へ、「同質性のジレンマ」は人材の多様化へ)ものの、実行するのが難しいという段階にあると考えられる。

人材育成の重要性を理解しているものの、業績の維持・向上、企業全体にかかわるリスクや目の前のトラブルへの対処、といった「当面の課題」を優先せざるを得ないという「優先順位のジレンマ」に対しては、(1)育成の効果の「見える化」、(2)上司の評価基準における業績と育成のバランスを見直し、(3)業務改革や要員(定年後継続雇用の元管理職等)の補強による上司の負担(コンプライアンス等のリスクマネジメント業務等)軽減、が必要となる。

「同質性のジレンマ」においては、多様な人材の育成・活用が求められていることがわかっていながら、既に多数派である同質性の高い集団のなかに埋没させてしまい、結果として多様な人材も、多様な人材をマネジメントできる上司もうまく育てられない。この「同質性のジレンマ」に対しては、幹部候補のなかで多様な人材をマイノリティにせず、集団のなかで危機意識や競争への耐性を持たせながら幹部育成を図ることが重要となる。

また、幹部候補の選抜・育成プロセスに大きく関わる人事部や管理職が、無意識に幹部候補の同質性を高めてしまわないように、(1)人事部や管理職に多様な人材を混在させる、(2)新卒一括採用や幹部候補の選抜等において多様な人材の人数枠を設ける、等の取組が求められる。

一方、「配分のジレンマ」は、早期選抜が育成資源の効果的配分につながるとわかっていながら、選抜されなかった者のモチベーションの低下、選抜者の流出(転職等)といったリスクを懸念するあまり、全体に広く薄く育成資源を配分するというジレンマである。この「配分のジレンマ」については、どちらの方向に進むべきか、筆者自身も迷うところがあり、企業においてもより難しい決断を迫られると推測される。

大卒の増加にともなって膨らんだ幹部候補の、ある程度の絞り込みは必要だが、(1)新卒一括採用をメインとしている、(2)労働移動が制約的である、という日本の特徴を踏まえると、外資系のグローバル企業よりは若干緩やかな、幹部候補の選抜プロセスを模索する必要があるだろう。選抜をある程度緩やかにしておくことによって、第1段階では選抜されなかった社員が、その後の努力によって次の選抜で逆転登用される可能性も高まる。

人材育成が重要であることは自明であるが、人材育成の課題をいざ解決しようとすると、どちらの方向に進んでも何らかの不都合が生じるという悩ましいジレンマが立ちふさがっている。

しかしながら、だからといっていつまでもジレンマに陥っているわけにもいかない。各企業のなかで、さらには企業の枠組みを超えて、議論を尽くし、試行錯誤し、ジレンマから脱却するしかない。こうした議論や試行錯誤に向けて、本稿が少しでも参考になれば幸いである。

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松浦 民恵(まつうら たみえ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員

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