ポイント4:イタリア政府や銀行は、現在不良債権処理にどのように取り組んでいるのか?
1)不良債権処理ファンド
今年4月、イタリアでは、官民共同で不良債権証券化の仕組みがスタートした。"Atlante Fund"というファンドで、国内銀行を中心とする機関投資家が出資し、一部に政府保証が付与されている(図表7)。
なお、このように、不良債権を直接購入するのではなく、証券化ファンドを使うという間接的な支援をイタリア政府が選んだのは、後述するように、EU政府が個別銀行への支援は禁じているためである。
このような仕組みは、不良債権処理の一助にはなると思われるものの、不良債権買い取り可能額が限定的であること、あくまで時価で買い取るとしていることから銀行に損失が発生すること、今後ファンドの規模を拡大するにも、出資者であるイタリアの銀行の財務力が既に弱っていること、などから不十分である。
2)流動性供給
国内銀行に対する市場の不安を受け、6月30日に、EU委員会は、年末までの間、イタリア政府が国内金融業界に1,500億ユーロ(約17兆円)の流動性保証を付与する措置を承認した。これにより、イタリアの銀行は、万一、資金繰りに窮しても、他行からの借入を政府保証で行うことができることとなった。
ただし、これはあくまで資金繰りに窮するほどの深刻な事態に陥った場合の支援策であり、銀行の経営を改善するものではない。
3)銀行の自助努力
イタリアの協同組合銀行であるバンコ・ポポラーレとバンカ・ポポラーレ・ディ・ミラノは、4月に合併で合意した。このため、バンコ・ポポラーレは、6月に10億ユーロの増資も実施した。近々他行にも再編の動きがあるとみられている。多くの小規模銀行については、再編で破綻を回避することは十分可能だろう。
問題は大規模行だが、資産規模第3位のモンテ・パスキ(図表8)は、4日、ECBから2018年までに不良債権額を4割(96億ユーロ=約1兆円。引当金控除後ベース)削減するよう求められた。10月3日までに計画を提出する。
6月末には2.9億ユーロの不良債権売却予定も発表しているが、削減要請額に比べるとごく小規模である。基本的には削減の方向性を示すとみられるが、削減が必要な不良債権の規模は大きく、かつ、前述の通り、国の制度も不十分であるため、実行は難航するだろう。
4)預金保険機構からの支援
イタリアには、他国同様、預金保険制度があり、資本を注入することも可能な枠組みになっている。しかし、日本やアメリカのように、預金保険料を事前に積み立てる(ex-ante) 形式になっておらず、何か問題が発生した時に初めて銀行に負担を割り当てる(ex-post)という形になっていることから、現時点では、活用は想定されていない模様である。
ポイント5:なぜイタリア政府は、かつてのように、銀行を直接支援できないのか?
イタリア政府としては、かつて行ったように、早めに銀行に資本を注入し、健全化をアピールしたいところである。しかし、2016年1月から、EUのルールが変わり、これが難しくなった。
EUで進める「銀行同盟」(注) の一環で、2014年11月に単一銀行監督制度(Single Supervisory Mechanism, SSM) が出来上がり、今年1月には単一破綻処理制度(Single Resolution Mechanism, SRM)が構築された。このSRMの取決めで、銀行が経営難に陥った場合は、各国が勝手に支援するのではなく、統一のルールの下で、EU政府が決定することとされた。
このルールによれば、各国政府が自国の銀行を支援する場合、銀行の債券や大口預金の元本が一部カットされることが前提となった("ベイルイン"と呼ばれる仕組み)。
これは、これまでのように各国政府が支援してしまうと、銀行の経営難と政府の財政難のリンクが断ち切れなくなってしまうことと、ある国が支援をすると、他国の銀行も支援されるだろう、という期待を市場に生んでしまい、結局、国の財政状況に関わらず支援せざるを得なくなってしまうためである。
イタリア政府は、銀行への支援をEU政府に認めてもらうよう折衝している。しかし、次項に述べるイタリアの特殊事情により、現時点では交渉は難航している。
(注)銀行同盟:欧州ソブリン危機後にスタートした、EU域内の様々な銀行制度の統一化の動き。3つの柱で成り立っており、単一銀行監督制度と単一破綻処理制度は成立したが、残された単一預金保険制度は、各国の思惑が一致していない。
ポイント6:EUルールに基づく新たな銀行救済ルールの何が問題なのか?
EU政府は、銀行支援の為には、債権者や預金者の元本をカットするよう求めている。しかし、そのような損失を求めることは、特にイタリアでは難しい。これは、債券の所有者に占める個人の割合が大きいためである。
下記の通り、元本カット(ベイルイン)の対象となる金額は、銀行債だけで個人資産の5%超に上る(図表9)。日本を含む他の主要国では、この値は殆どゼロに近い。更に預金として預けている部分も含めると、イタリアの家計資産の1割が元本カットの対象となりうる。
昨年末には、銀行に対する与信が失われたことで年金受給者の自殺が発生し、その後一部の銀行の取り付け騒動にまで及んでいることを考えても、これらの債券や預金をベイルインするのは政治的に極めて難しいだろう。