負ける理由(2)「異常値=起きないもの」だと思い込んでいる

「100年にしか一回しか起きないと言われていたことが起きた」。世界最大手の投資銀行であったリーマンブラザーズが2008年に破綻したとき、経済評論家がこぞって使った表現である。

「100年に一回」と聞くと多くの人は「100年後に起きる」と思い込む節がある。しかし、確率とは周期の話ではない。数百年起きないこともあれば、逆に10年後に起きることもありうる。

そのことを世間に広く知らしめたのが、認識論の研究者であるナシーム・タレブ氏が書いた『ブラック・スワン-不確実性とリスクの本質』という本だ。日本でも金融工学のプロたちがこぞって読んだ名著である。彼の主張をすべて受け入れる気はないが、彼はこの本のなかで非常に興味深い指摘をしている。

それは「世の中で起きる事象は、大半の金融関係者が思っているような正規分布ではなく、レヴィ分布で起きている」ということだ(彼はこの理論を用いてノーベル経済学賞受賞者のウィリアム・シャープとハリー・マーコウィッツを「旧来の金融工学に凝り固まったインチキな薬売りだ」と痛烈に批判した)。

正規分布とは富士山のシルエットをイメージしてもらえれば良い。中央の山頂から左右に裾野が広がり、やがて水平線と同化する。一方のレヴィ分布は、一時期流行したタジン鍋の蓋のようなシルエットだ。中央の山頂部は急角度でそびえ立つ変わりに、中央を離れてもなかなか水平線と同化しない(私の説明で理解できない場合は「レヴィ分布」で画像検索をしていただきたい)。

この分布の仕方は何を意味するかというと、正規分布では「極端な異常事態は起こらない、または考慮する必要がない」と考えるが、レヴィ分布では「そこそこの頻度で起きる」と考えるということである。

インターネットの普及による情報伝達の高速化や個人投資家、外国人投資家の増加などによって、市場の不確かさ(ボラティリティ)はもはや予測不能なレベルになってきたことを考えると、「異常なことでもそこそこの頻度で起きる」という氏の意見に私も賛成である。

この後者の考え方を、レヴィ分布の左右の端が「太い尻尾」のように見えることから「ファットテール」と呼ぶ。物事のファットテール性を理解していないと「異常値はあくまでも異常値であって考慮する必要はない」と誤った解釈をしてしまう可能性が高い。

先ほど金融の本質はリスク管理だと述べたが、実際に金融機関がリスク管理として行っていることはリスクを数字(VAR=Value At Risk)に置き換え、仮に損をしてもその分を補填できるように余力を残すことだ。

しかし、その定量化にあたって今でも金融機関が重視するのはレヴィ分布ではなく正規分布である。そうである限り、金融市場がリーマンショックと同じ過ちを犯す可能性は否定できない。金融サービスの変革期にあるいま、こうした古い考え方も変えていく好機なのかもしれない。