負ける理由(3)「原点回帰」は必然だと思っている
運用で失敗する人の共通点は、何かの金融商品に投資して元本割れを起こしたときに「もう少し待てば元本まで戻るだろう」と期待することだ。しかし、そこには数学的な根拠はない。
本記事の画像に描かれているチャートを見てほしい。Y軸は価格で、0は原点(元本)。X軸は時間軸だ。このチャートだけを見ると、一時期下降トレンドにあった銘柄が、何かの報道をきっかけに再上昇をはじめたようにも見受けられるだろう。
実はこのチャート、先ほどの1/2で当たり目が出る赤いサイコロを何度も振って、当たり目が出たら1円分上昇、ハズレたら1円分下降するルールで記録を取ったものである(こうしたグラフのことを数学では「ランダムウォーク」と言う)。
ここで注目すべきは、最初の数十投では原点をまたぐことがあっても、50投以降は一回も原点に戻っていないということである。しかもこのチャートは決して異常値ではなく、逆にプラスで推移する場合でも原点に戻ることは稀なのだ。ランダムウォークのシミュレーションを行えばすぐに分かる。
値動きが1/2の確率で起きると聞くと、そのグラフはきっと原点の前後で推移するだろうと思うのがごく普通の人の感覚だ。しかし、実際、そのような事態が起きることは滅多にない。これが「ランダム性」の正体である。
ランダムですらこうなのであれば、実際の市場の値動きにおいては、元本割れしたものに対して原点回帰を期待することに合理性はない。
多くの投資家が損切りを苦手とする理由はここにある。金融市場では儲かりそうな商品を見つける才覚よりも、正しく損切りができる能力の方が圧倒的に重要であると言っても過言ではないのだ。
人間は自分の心に負けている
今回紹介したことは確率・統計のさわりである。ただ、少なくとも確率・統計の考え方が一般人の感覚とは若干異なるという事実だけは理解してもらえたはずだ。
なぜ人は機械に負けるのか?
その主たる原因は人間が確率的に不合理な判断を平気で下すからである。統計とは呼ぶに値しないデータに頼ったり、リスクの定量化で大前提を見誤ったり、チャートの動きに淡い期待を寄せたりするからである。きつい表現をすれば、自分の心に負けているのだ。
機械に対して過度の期待を寄せる前に、人間がなすべきことはまだ残されているのではないだろうか。
尹 煕元(ゆん ひうぉん)
CMDラボ代表。慶應大学院博士課程修了(工学博士、数値流体力学)。証券会社にてトレーディング業務などに従事。2007年に最先端金融工学の開発・研究を行うCMDラボを立ち上げ、金融データの分析や可視化など先駆的な取り組みを続けている。デジタルハリウッド大学大学院「
サイバーファイナンスラボ・プロジェクト
」主幹。同ラボの次回ミートアップは8月4日を予定。
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