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(画像=Webサイトより)

スズキ <7269> は中国、重慶、江西昌河(景徳鎮)、済南、江門、常州、という5カ所の生産拠点を持っている。最も古いのは、1995年に生産開始した重慶市の長安汽車との合弁企業「長安鈴木」である。これは第二工場を含む25万台の年産能力を持ち、スズキの中国進出を象徴する工場である。

その長安鈴木は、技術センターを廃止し、近い将来撤退するのではという流言にさらされていた。長安鈴木は11月3日、「虚言であり、そのような事実はまったくない」と完全否定した。

2014年危機に鈴木修会長乗り出す

噂はここ数年の業績不振に起因している。2011年に史上最高の22万台を記録、同年第二工場の新設に50億元を投資している。その後新車の投入がなく。2012年17万台、2013年15万台と下降していった。

また2013年には2つめの完成車工場「江西昌河」の経営権で紛糾するなど、スズキの中国事業は危機に陥った。販売店のスズキ離れも進んだ。

2014年には鈴木修会長が長安鈴木を訪れ、スズキから出向している副社長の降格人事と、SUV車の新規投入を申し入れた。またそれと引き換えに、出資比率を50%対50%(それまでは長安汽車51%、日本側49%)とし経営権を完全に平等とすることを提案した。

たかだか株式の1%とはいえ、長安汽車側にとってこれを受け入れた効果は大きかった。経済紙は、長安鈴木の信用は大いに増強された、と表現している。長安鈴木はスズキ中国事業の絶対的中心となり、撤退しないという強いシグナルにもなった。

元老級地位に安住し、市場対応遅れるが業績回復

スズキは1933年に長安汽車と合弁契約を結ぶなど、早期に中国進出を果たした。その結果、長安鈴木は中国自動車市場において“元老級”地位を築いた。アルトシリーズは中国の消費者に広く受け入れられ“小車の王”と讃えられた。そして中国自動車発展史上”一個時代的象征”と称された。しかし、その地位の下落兆候は以前からあった。

長安鈴木は、こうした世評の心地よさに慣れ親しみ、市場の変化に対応していなかった。変化への対応を建議するような人材はどの部門にもいなかった。そのため、車が消費者の要求に符号していたのかどうか、いきなり全面的な事業見直しを迫られることになる。時間はぎりぎりだったが、スズキ(鈴木修会長)の強力な関与を引き出し、何とか間に合った。

長安鈴木の2016年第3四半期決算では、販売店への出荷ベースで前年比△16.8%、小売りベースで△11.3%を達成した。重点車種では出荷ベース△60.7%、小売りベース85.9%だった。1.4~1.6級SUV(VITRA、S-CROSSの2車種)投入が貢献した。長安鈴木は10月末までの段階で、売り上げ、利益とも二桁伸長のダブルダブルを実現していて、通年の経営目標達成も間違いなしと発表した。

そうした数字の裏付けの上で、撤退の噂を改めて完全否定したのである。苦し紛れに表面を取り繕ったのではなかった。

今後進める3つの重点戦略

今後については3つの重点戦略を進めていくという。

1 “2016激Young計画”により若者層にターゲットをシフトする。
2 消費者へのブランド認知方法など新たなコミュケーション方式の開発
3 健全経営に向けて、経営目標の順守、既存顧客管理のグレードアップ

記事は最後に、中国市場の豊富性と複雑性は、業界の“老将”長安鈴木にもさまざま再起の機会を提供するだろうと結んでいる。まだ完全復活とは見ていないようだ。

今後SUVの売り上げが頭打ちになったときなど、同じ轍(てつ)を踏まないようにして欲しいものである。(高野悠介、中国貿易コンサルタント)

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