要旨

11月に実施された米大統領選挙では、事前の予想に反してトランプ氏が勝利し、第45代大統領に就任することが決まった。クリントン氏敗北要因の一つとして、これまで民主党が地盤としていた5大湖周辺のラストベルト(赤錆地帯)と呼ばれる地域での支持を失ったことが挙げられる。これらの地域ではかつて石炭や鉄鋼業が栄えたものの、現在は製造業の雇用が減少し、所得水準の低い他業態への転職を余儀なくされている。鉄鋼業も例外ではなく、中国鉄鋼生産の急増を背景として世界的に生産設備が過剰となる中、中国が過剰在庫をダンピング輸出によって解消している影響が否定できない。実際、米鉄鋼業界は割安な輸入品に押されて14年以降は業績の悪化が顕著となっており、15年以降は米国の労働市場が好調を維持しているのとは対照的に、雇用減少に見舞われている。

米鉄鋼業界はこれまでも米政府に対して中国の過剰生産設備の解消や、ダンピング輸出の是正を呼びかけてきたが、期待された成果が得られておらず、これまで支持してきた民主党政権に対する不満が大きくなっていた。

トランプ氏は、中国に対して45%の関税を課すと主張するなど、不公正な貿易慣行の是正や、国内インフラ投資の拡大等を通じて製造業雇用の国内回帰を訴えており、これらがラストベルトの有権者の心に響いたとみられる。

本稿では、斜陽産業としてみられがちな米鉄鋼業界に焦点を当て、トランプ氏が掲げる経済政策によって雇用が改善し、同氏が鉄鋼業界の期待を裏切らない結果をもたらすのか、検証を行っている。

結論から言えば、中国製品に45%の関税を課しても、米国鉄鋼業界の国際的競争力が劇的に改善するとは考えにくい。また、経済のグローバル化を阻止しようとする保護主義的な政策は世界経済全体を大きく減速させる恐れもあり、米国鉄鋼業界にとっても必ずしもプラスになるとは言えない。

一方で、トランプ氏の政策に含まれる法人税減税、インフラ投資拡大、規制緩和はそれぞれに米国鉄鋼業の雇用拡大につながる可能性がある。財政均衡を強く主張してきた共和党議会を納得させ、こうした政策を整然と推進することができれば、トランプ政策はラストベルトでの勝利に報いることができるかもしれない。