米大統領選でトランプ氏が次期大統領に決まった11月初旬以降、円ドル相場は大きく円安方向に振れている。これがさらに進むのか、あるいはどこかで円高に転じるのか、専門家の間でも見方が分かれているようだ。そこでここでは、円高に備えて投資家が取り得る方策をいくつか考えてみよう。

円安持続? あるいは円高に転換?

大統領選の結果が判明した11月9日の日本市場。円は対ドルで一時急伸したが、結局は前日比小幅な円安で引けた。その後は円安が加速、12月半ばには米連邦公開市場委員会(FOMC)の政策金利引き上げ決定を追い風に1ドル119円近くまで下落した。大統領選直前の約105円から1割以上の円安だ。これと並んで日経平均株価も続騰して年初来高値を更新、2万円の大台乗せが視野に入ってきた。

この円安、株高のトランプ・ラリーは、米次期大統領が確定したことで市場心理がリスクオフからリスクオンに転じ、大幅な減税・インフラ投資を掲げる「トランプノミクス」で米国経済が加速するとの思惑が先行したことが始まりである。利上げ決定後は日米間の実質金利差拡大が円安圧力になっている。

FOMCが来年3回の利上げを見込んでいることから日米の金利差がさらに拡大し、つれて円安が進むと見るエコノミストは多い。円を売ってドルを買えば高い利回りが得られるからだ。これに対し、現在の円安は行き過ぎで、いずれ円高に転じると警告する専門家もいる。

円高論者はその主な理由として円ドルの「実質実効レート」を挙げる。これは市場のスポットレートにインフレ等の物価調整を加えた理論上のレートで、「相対的な通貨の実力を測るための総合的な指標」(日本銀行)である。本記事執筆時点の日銀最新データによると、16年11月の東京スポットレートの平均は1ドル108.33円、対する実質実効レートは80.79円だった。つまり、円はその実力より大幅な円安水準にあり、ここから30円近く円高に振れてもおかしくないということだ。

実効レートで見ると円安は既に行き過ぎ

その理屈は次の通りである。例えば、2006年からの2016年までの日米のインフレ率はそれぞれ年平均で約0.3%、約2%だが、簡単に計算するために便宜的にそれぞれ0%、2%としよう。すると米国では物価が22%上昇した、つまり1ドルで買える分がそれだけ少なくなったのに対し、日本は物価、通貨価値ともに全く変わっていないことになる。06年の円ドル平均レートは1ドル116円。これは最近の水準と大差ないが、価値が22%も下がった1ドルで買えるのが116円x(1-22%)=約90.5円に減って然るべし、という計算になる。

実質金利差が広がれば円安が進むとする見方は、現在の水準が妥当という暗黙の前提に基づく。しかし「何かのきっかけ」で円安は行き過ぎとの見方が広がれば、一転して円高が急速に進むリスクがあるということだけは意識しておきたい。

では投資家は円高リスクにどう対処したらよいだろう。最も重要なのは円安を決め打ちした投資スタンスはできるだけ避けることである。株式や投資信託、外貨預金などでドル建て資産を多く持っているなら少し減らしておくという手がある。

投資資産は変えずに為替だけヘッジする方法もある。投信であれば、同じ外貨資産に為替予約をつけた「ヘッジ付き」商品を用意している運用会社が多いので、それに乗り換えることができる。ただ、一般に投信は購入時の手数料が高いため、それなりの乗り換えコストを覚悟する必要がある。

円高対策は外貨資産圧縮や為替ヘッジ

一般投資家が気軽にできる為替ヘッジはFX取引を活用する方法だ。ドル資産の一部または全部に相当する額をFXのドル売りでカバーする。ただ、マイナスのスワップ金利がかかるのでこの場合も余分なコストが発生する。それでもヘッジ付き投信の諸手数料と比較すると、FXでヘッジする方が低コストになるケースが多いだろう。

そのFX市場でドルの買い持ちが多い投資家は、「両建て戦略」を考えてみてはいかがだろう。 一定水準を超えて円安が進んだらドルを売り上がるという方法で、円安が進むほど売り玉を増やすとよいかもしれない。こうすればレート変動リスクがかかるのは、売り買いのネット持ち高分だけになる。円安が続くようなら買い持ち分を徐々に手仕舞い、円高に転じるのを待つ。ただ、両建て取引は必要証拠金が増え、業者によっては事前通知が必要なのであらかじめ準備しておく必要がある。

これらの対策は機会損失やヘッジコストを伴うため、実際に円高にならなかった場合、「もっと儲けられたのに」という残念な結果にならざるを得ない。しかし、これはリスクヘッジの宿命で、円高になればもっと大きな損失が出た可能性がある、と考えるしかなさそうだ。

前述の「何かのきっかけ」となる可能性が当面で最も高いのは、トランプ次期大統領の政策が動き出すときかもしれない。米財務省は既に16年4月の半期報告書で為替操作の「監視リスト」に日本など5カ国を指定している。一方、トランプ氏は選挙期間中、日本は輸出を増やすために為替を操作していると批判してきた。実質実効レートを盾に日本への圧力を強めるようであれば円高に転じる可能性が強まる。またトランプノミクスの進展が市場の期待を下回れば、これもドル売り=円高圧力になるだろう。期待先行の面が強かっただけに、失望売りが大きく膨らむ恐れもある。

地政学的リスクによる円買いの可能性も

「適正レート」とは別に、2017年には多くの地政学的リスクが潜んでおり、円が安全通貨として買い進まれる可能性もある。欧州では独仏など主要国の今年の国政選挙を前に極右政党が勢いづいている。もしこれらが台頭すれば、EU離脱や極端な難民排除の動きが出て、EU加盟国間の溝がさらに深まるかも知れない。英国のEU離脱の影響は未知数だが、残留を望むスコットランドが再び独立に向けて動く可能性がある。南欧にくすぶる金融・財政問題も不安材料だ。

中国は不動産バブル崩壊や人民元下落、インドは高額紙幣廃止による混乱など先行き懸念がある。最近、トルコ駐在ロシア大使が暗殺されたことで一時的とはいえ円高に振れたが、大規模なテロ発生の恐れは強まるばかりだ。

このように、今後はむしろ円高材料の方が多そうで、実効レートのファンダメンタルズ面から見ても、全面的に円安に賭ける投資はますますリスクが高まるとも考えられる。とりあえず、現在保有する資産でどれだけ円高ヘッジができるかを検討してみても損はないだろう。「備えあれば憂い無し」である。(シニアアナリスト 上杉光)